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江戸小噺
世界に誇る江戸文化の粋の一環として栄えた小噺の、伝統のユーモアを味わってください。

当会会員のご提供によるものです。お楽しみください。

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江戸小噺 その1  (風亭弥次郎 提供 2006.02.15)

 へい、風亭弥次郎でございます。
 いえいえ、「かぜてい」ではございませんですよ。
「ふうてい」ですぜ。風亭弥次郎・・・。あーた、ご存じない!? 
まァ、知る人ぞ知る、知らない人は知らないという、
この世界では結構由緒正しき名跡なンでございますよ。
 このテのものは、昔から我がの本にもございましたですよ。
 謂うところの江戸小噺というヤツ・・・。
 この弥次郎がちょっとお取次ぎをさせていただこうかと、
ま、こういうわけでございまして・・・。

★ 「へえ〜」    

 さるお殿様でございます。お城よりお帰りになりますと、
ご家臣一同をお広間にお集めになります。
「本日登城の折、面白き話を聞き及んだ。小噺とかいうもの
だそうだが、その方どもにも聞かせとらせようと存ずる」
「ありがたき仕合せに存じ奉ります」
「左様か。こう申すのじゃ。『あちらの空き地に囲いが出来
た』、『へえー』とな。どうじゃ?」
「はッ、誠に恐れ入り奉ります」
「いや、可笑しいか、どうじゃと訊いておる」
「誠にもって可笑しうござりまする」
「うむ、そうであろう。苦しゅうない、次に下がって十分に
笑え」・・・って、それほどのもンじゃない。

★ 「人作り」    (風亭弥次郎 提供 2006.02.15)

 春の日の昼下がりでございます。
 天守閣から若殿様が遠眼鏡で巷をご覧になっております。
ま、世上のご視察というところでございましょう・・・。
 おそばに控えておりますのが、若殿ご教育係り、おなじみ
の重臣田中三太夫さんという寸法で・・・。
「これ三太夫! あちらの座敷で男女(なんにょ)が重なり
おうて、何かいたしておるが、あれは何ごとじゃ?」
「ははッ、恐れながら遠眼鏡を拝借・・・」
 と三太夫さんが見てみますると、若い男女が昼間っから、
誠にけしからぬ行為に及んでおります。
「恐れながら、かの者どもは人を作っておりまする」
「おお左様か、人を作りおるのか。して人は一日に何人ほど
出来上がるのじゃな?」
「滅相もない、一年に一人が精一杯でございます」
「なに、一年に一人とな。うーむ、それにしては、えろう忙
しゅう動いておるのう・・・」

 世間知らずだが、ゆったりとした大らかさを感じさせる、
これが殿様小噺の眼目でございましょう。

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江戸小噺 その2  (風亭弥次郎 提供 2006.03.15)

★「鯛の塩焼き」   

 桜花爛漫、春酣の頃のお話でございます。
 お殿様が三太夫さんをお側に、お昼を召し上がっ ていらっ
しゃいます。お昼ったって、我々下々のように、沢 庵にお茶
漬っていうわけにいかない。ご倹約のお屋敷でも、 お殿様の
お膳には必ず鯛の塩焼きが付いたものだそう で・・・。
 もっとも鯛の塩焼きったって、毎回付いてくるの ですから、
もうお殿様も飽き飽きなさって、お箸をお付けにな ることは
まずない。ま、お飾りてェところでございましょうな。

 ところがその日、どういう風の吹き回しか、殿様がこの鯛
に一箸おつけになった。
「うむ、美味である。代わりをもて!」
「はッ」とお答えしたが、三太夫さん困りました な。いつも
召し上がらないから、お代わりの鯛のご用意がない。
「恐れながら、お庭をご覧遊ばせ。池畔の桜が見事に咲き揃
いましてございます」
「おお、満開であるな」とお殿様が桜をご覧になっている間
に、皿の上の鯛をくるッとひっくり返した・・・。
「お代わりをお持ちいたしました」
「む、大儀である」とお殿様、また一箸おつけになった。
「美味である。代わりをもて!」
 さすがの三太夫さんも、今度こそやりようがない。また引
っくり返せば、さっきお箸の跡が出てしまいますからな。
「は、はッ」と平伏したまま固まっておりますと、お殿様、
「これ、いかがいたした!? もう一度桜を見ようか?」

★「秋の夜」     (風亭弥次郎 提供 2006.03.15)

 爽やかな秋の夜のことでございます。
 お殿様はお縁側に控えております三太夫さんに、
「これ三太夫、今宵は十五夜であるな?」
「ははッ、御意にござりまする」
「お月様は出ておるか?」
「恐れながら申し上げます。お月様とは婦女子の使う言葉、
殿はご大身ゆえ、月は月とお呼び捨てになさりませ」
「うむ、左様か・・・」とお殿様もきまりが悪い。
「ならば、月は出ておるか?」
「一天隈なく澄み渡っておりまする」
「して星めらは?」・・・って、何もそんなに見下すこと
もございませんが。

 この二つの小噺、二つながら実に名作ですな。
 お殿様の出てくる落語の枕で、何度もお聞きになったと
おっしゃるお客様も、いらっしゃることでござんしょう。
 かの立川談志兄(あに)さんが名著『現代落語論』の頭
で、この二つの噺を比べて、「鯛」の方が笑いの度合いが
高く、構成も秀れていると評価しながらもですな、落語と
しての見地からするてェと『ガゼン「星めら」の方が冴え
てくる』と軍配を挙げて、『この笑いのニュアンスを理解
しているかどうかで』落語家のセンスのあるなしが決まる
とまで断じているのでございますよ。
 こりゃァ、まさに至言ざんしょうな。
 談志兄さんの芸に対する鑑識眼は実に鋭い!
 当代随一の名プロデューサー、名評論家でございますで
すよ、兄さんは・・・。その点については、この弥次郎も
一目置いているんでございますが・・・、ね え・・・!?

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江戸小噺 その3  (風亭弥次郎 提供 2006.04.15)

 口切りにお殿様の小噺を申し上げましたが、お殿様、お大
名といえば、これはもうお侍のトップでございます。
 それでは最下層のお侍は・・、てェますと、ご浪人という
ことになりますでしょうな。
 ま、主家を離れる訳はいろいろでございましょうが、一旦
お扶持を離れて浪々の身の上となりますてェと、何しろ失業
保険も生活保護もないンですからな、よっぽど金ェ貯めてい
るか、何か特技でもないてェと、たちまちその日のおマンマ
にも困るというようなことになっちゃう・・。
 しかし、そんな中でも武士は武士。何とかプライドだけは
保ちたいと、こういう訳でございまして・・。

「浪人」    

★ あるお長屋に引っ越してきた大工、隣に住んでいる浪人に
挨拶にいきますてェと、横柄な口調で、
「うむ、大工か。職人は騒々しくていかん。静かにいたせ」 
 大工もさすがにムッとして、大家に言いましたな。
「あんな横柄な面をする侍がいたんじゃ、この長屋に住む人
がいなくなりますぜ。追ン出してしまいなせえよ」
「まあ、勘弁してやんな。あの人ァ横柄な口でも利かなきゃ
乞食と区別がつかない」

★ その乞食でございますが、菰をまとったお菰、門口に立つ
お貰い・・、昔は街中どこにでもおりましたそうですな。
 雨の降る夕方、浪人の住まいの門(かど)に立った乞食、
「おあまりをくださりませ」
「あまらぬ!」

★ 街中の雑踏で、浪人と四、五人の折助仲間がぶつかって喧
嘩になるなンてことがございましたそうで・・。
 むろん折助だって、相手がまともな武士なら喧嘩なんか売
る訳ァない。見るからに尾羽打ち枯らした浪人者だから、か
らかい半分、衆を頼んで毒づくというような訳でして・・。
 浪人も腹に据えかねて、刀の柄に手をかける。
「無礼なことを申すと、下郎といえどもテは見せぬぞ!」
「おや、抜こうってェのかい? 面白れえ、斬れるもンなら
斬ってもらおうじゃねえか!」
「抜けやしめえ! 刀なんかとっくに流しちゃって、どうせ
竹光だろうよ!」
 わーッと囃したてられた浪人、
「えーいッ! もう勘弁ならぬ! 一人残らずトゲを立てて
くりょうぞ!」・・って、やっぱり竹光だったン。

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 古典落語の中には、現代では使われていない言葉が沢山出て
来ますね。蛇足ながら若い方には見慣れないと思われる用語の
説明を付け加えておきます。
用語辞書
扶持 (ふち)武士が主家から支給される給与。本来は米であった。
横柄 (おうへい)さも偉そうに威張った態度。
菰  (こも)藁を使って荒く編んだ物。お菰は乞食の意。
折助 (おりすけ)武家の使用人。
竹光 (たけみつ)削った竹を刀身の代わりに嵌めた刀。
浪人が金に困ると刀身を質に入れたり、売ってしまうことがあった。

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江戸小噺 その4  (風亭弥次郎 提供 2006.05.14)

 風亭弥次郎でございます。
 今年はゴールデンウイークを過ぎても、なかなか初夏らし
い爽やかなお天気にはなりませんですな。
 今席は趣向を変えて、季節に因んだ初鰹のお噺を申し上げ
ることにいたしましょう。

 ご案内のように、江戸の昔は陰暦でございましてな、例え
ば端午の節句5月5日は、陽暦に当てはめれば、今年は5月
31日ということになるのでございますよ。 
 陰暦の3月下旬から出始めております初鰹ですが、走りの
頃は、とてもとても庶民の手の届く値段ではないン。
 何しろウデのよい大工でも日収が4、5百文というのに、
初鰹の初値は何と3両もするのですからな。1両を約4千文
として、これは、4000×3÷400ですから、えーと、
えーと、とにかくメチャクチャに高い!
 今日5月15日は、陰暦の4月18日。そろそろ鰹の値段
も下がってくる頃ですな。下がったっていったって、庶民に
とっては、もちろん安い買いもンじゃありません。
 でも、初鰹を食わなくっちゃ江戸っ子じゃない・・。女房
を質に入れても・・っていうくらいですからねえ。

「初鰹」  

★ 「哥兄ィ(あにい)、さっきね、鰹を買おうとしたら魂消た
ねえ、三分二朱だって言いやがんの」
「初鰹だ、そのくれェはすらあな。どうだ、旨かったか?」
「いや、あんまり高かったから、買わなかった」
「なにィ!? 鰹の値を聞いて買わなかっただと・・? この
とんちきめ! 江戸っ子の面汚しめ! 俺なんざァ、初鰹と
くりゃあ、金に糸目はつけねえんだ!」
 哥兄ィが息巻いているところへ、ちょうど鰹売りが、
「鰹、鰹・・!」と呼んでまいります。
「おう、鰹はいくらでィ!?」
「へい、三分でござります」
「なにィ、三分だとォ!? 安過ぎらいッ! 一両にしろ!」
 ・・って、何も言い値より高く買うこたァない。

★  お定まりのご浪人でございます。内職か何かで銭が入った
ものか、鰹売りを呼び止めましてな。
「これこれ、その鰹、価(あたい)は如何ほどじゃ?」
「へえ、おまけしてソクガレンでございます」
「何、ソクガレンとな・・!? 符丁では相分らん。身共にも
分るよう、はっきり銭何文と言え!」
「へえ、百八十文で・・」
「何を申すか、ここな不届き者め! たった今、百五十文と
言ったばかりではないか!」
 ・・つまり、符丁もちゃんと知っていたのですな。

 ◆用語の説明

【貨幣】江戸時代の通貨の呼称は、両、分、朱、文。1両は
4分、1分は4朱。時代によって変動はあるが、1両は大よ
そ銀60匁(もんめ)、銭4貫文と同価とされる。
【哥兄】あにい。勇み肌の若者を奉る敬称。
【符丁】魚屋仲間で使う隠語で、ソクは1、10、100。
ガレンは5、50、500。ソク+ガレンと組み合わせて使
えば、この場合は150文を示すことになる。
【お定まりの】よく話しに出てくるような。典型的な。

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 江戸小噺 その5  (風亭弥次郎 提供 2006.06.15)
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 へい、風亭弥次郎でございます。
 江戸時代は、ご案内のように「士農工商」と申しまして、
身分制度がはっきり分かれておりました。
 よく連中が申し上げますように、道なんかでも、侍が七分
を歩く。あとの三分を庶民が分け合って歩く。だから噺家な
んかはドブの中を這っていた、なンてわけでしてな。
 この身分制度の埒外にあったのが、医者と僧侶、坊さんで
すな、これは別扱いになっておりましたそうで・・・。
 まず、お医者さんのお噂から申し上げましょうか・・・。

 当時、お医者さんといっても、ピンからキリまでいたそう
ですな。最高位は、将軍や大名のお脈を取る御典医というこ
とになります。このクラスの医者は、京都で本道を修めた、
長崎で蘭方を学んだという、いわば本格派ですな。
 下は? と申しますてェと、何をやってもうまくいかない
から、ひとつ医者でもやってみようか・・・という、いわゆ
る「でも医者」というヤツ・・・。
 その頃は、試験も免許も何にもないンですからな。自分で
「オレは医者だ」とカンバンをあげてしまえば、もうそれで
医者ということになっちゃう・・・。
 生薬屋の番頭が、医者に転ずるなンてことがよくあったそ
うですが、これなんかは、薬の名前と効能ぐらいは知ってい
るわけですから、まだいい方なンですな。

 葛根湯医者というのがおりましたそうで・・。
「ああ、次はお前さんかい? 一体どうしたンじゃな?」
「へえ、きのうから頭が痛ェんで・・・」
「なに頭が痛い? うーむ、それは頭痛じゃな。葛根湯を飲
めば、すぐに治る」
「わっちは腹が痛いンで・・・」
「そりゃ腹痛だ! 葛根湯をお飲み・・・。そちらは?」
「へえ、ここンところ、目がかすむンで・・・」
「眼病だ! 葛根湯をお飲み・・・」
 ってェんで、何でも葛根湯で片付けてしまう・・・。
「そこの若い人は?」
「へえ、わっちは、兄ィが眼が悪くて危ないからってンで、
付いてきたンで・・・」
「うン、付き添いか。退屈だろう、葛根湯をお飲み・・・」

 手遅れ医者というのもおりましたですよ。
 どんな患者を診ても、取りあえず「手遅れ」と言っておく。
「うーむ、誠に気の毒だが、これは手遅れじゃなあ・・・」
 と保険を掛けておけば、万一の時でも責任を取らなくて済
みます。もし間違って治りでもしようもンなら、
「あの先生は手遅れの病人を治した!」
 ってンで、名医の評判を取ることができる。どっちへ転ん
でも損はないというヤツです。
 そんなセンセイのところへ、ある日、戸板に乗せた怪我人
が担ぎ込まれましたな。
「先生! てェへんだ! 兄ィが屋根から落っこったンで、 
急いで診てくだせェ!」
「これこれ、慌てるでない! 静かにそこへ寝かせなさい。
うーむ、これは気の毒だが手遅れじゃな・・・」
「そんな訳はねェでしょ、落ちてすぐ連れてきたン・・・」
「だからさ、落ちる前に連れてこなければいかん」

 ◆用語の説明

【連中】グループの構成員。この場合は落語家仲間。
【埒外】決められた範囲の外。埒は馬場の周りの柵。
【御典医】将軍、大名お抱えの医師。御殿医とも。
【本道】漢方でいう内科。
【蘭方】西洋医学。蘭法とも。
【生薬】未調合の漢方薬の素材。この場合は漢方薬の意。
【葛根湯】葛の根を主材とした漢方薬。悪寒、発熱、下痢、
 嘔吐などに、幅広い効能を持つといわれる。
【戸板】雨戸の板。取り外して担架とした。

 以上

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江戸小噺 その6   (風亭弥次郎 提供 2006.07.15)
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 風亭弥次郎でございます。 
 引き続いてお医者さんのお噂でございますが、落語の方に
は、あンまり名医は出てまいりませんですな。

 これも流行らない薮医者のところへ、珍しく往診の依頼が
あったンですな。センセイ、このチャンスを逃しては一大事
ってンで、玄関から慌てて飛び出しましたですよ。
 昔から「医者の玄関」という譬え(たとえ)があるように
どんな医者でも格好をつけて、玄関だけは広くとってあった
ンだそうですな。ですから、流行らない医者の玄関先は子供
たちの格好な遊び場になっている・・。
 薮医者のセンセイが飛び出した折にも、女の子が「花いち
もんめ」かなんかして遊んでおりましたが、_迷ったセンセ
イ、子供たちを蹴飛ばして駆けていってしまいました。
 さあ、これを見た親が怒りましたな。
「トンでもねェ野郎だ! 医者のくせに子供を足蹴にしやが
った。けェってきたら、どうするか見ていやがれ・・!」
 そばにいた仲間が、
「おいおい、怒るな怒るな・・。足でよかったよ。あのセン
セイの手に掛かったら、命が危ない・・」

 これは草深い田舎のお医者さんでございます。
 庄屋の一人娘が急病だってェんで、往診に呼ばれたンです
が、薬を一服盛るてェと、この娘さん、急に苦しみだして、
哀れ息を引き取ってしまったン・・・。
 さあ、大変でございます。
 機を見るに敏な薮医者センセイ、慌てて逃げ出したンです
が、大勢の奉公人や小作人が、
「人殺しの医者め、生かして帰すな!」
「ぶち殺してしまえ!」
 ってンんで、鍬や天秤棒を持って追っかけてまいります。
 切羽詰ったセンセイ、小川に飛び込んだンですが、何しろ
水練の心得がない・・・。水中ででんぐり返るやら流される
やら、しこたま水ゥ呑んで、半死半生の体(てい)で、やっ
と自宅まで逃げ帰りましたンですな。
 家の窓が開いていて、息子が机に向かって、何か熱心に本
を読んでいる・・・。
「これ、息子、何をしておる・・・?」
「ハッ、父上を継いで立派な医師になりたく、傷寒論を学ん
でおります」
「傷寒論だと? ここな愚か者めが! 医者になりたくば、
まず水練を学べ!」

 ◆用語の説明

【薮医者】薮はカゼが吹けば、俄かにざわめき立つ。カゼが
大流行しなければ患者の来ないような、下手な医者をいう。
一説に「野巫医者」とも。
【水練】水泳。遊泳術。転じて水泳の練習のことも。
【傷寒論】後漢の医師張機が著した古医書で、漢方医の聖典
とされている。傷寒は腸チフスなどの急性熱症のこと。

 以上

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江戸小噺 その7  (風亭弥次郎 提供 2006.08.15)
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 風亭弥次郎でございます。
 立秋はとっくに過ぎましたのに、お暑いことですな。
 江戸の昔は、クーラーも扇風機もなかったンですから、
さぞかし暑かったろうと思いますよ、ねえ・・・?
 しかし、今のようにコンクリー造りのビルデングや高速
道路はなかったのですから、しートアイランド現象なんて
て妙チキリンなものもございませんでしたよ。
 もちろん暑かったことは暑かったンでしょうが、自然の
エネルギーを利用して涼しく過ごす知恵はいろいろあった
ようで、打ち水なんかもその一つでござンしょうな。

 ある大店(おおだな)の前でございます。
 炎天下、小僧が柄杓で水ゥ撒いておりましたが、手桶に
残っている水をぶちまけようと、左を見ますてェと、絽の
羽織を着た色っぽい年増(としま)がしゃなりしゃなりと
歩んでくる・・・。
 こりゃいけねェってんで、右を振り向くと、町内の小町
娘が夕顔柄の浴衣を着ちゃって、カラコンカラコンと駒下
駄を鳴らしてやってまいります。
 ありゃりゃ!? ってンで、もう一度左を見ると、年増が
いよいよ近づいてくる・・・。右には小町娘・・・。
 進退窮まった小僧、自分の頭から手桶の水をザブリ!

 昔は縁日の夜店かなんかで、よくヒゴで作った虫かごに
入れた虫を売っていましたですな。
 きりぎりす、鈴虫、馬追い・・・。轡虫(くつわむし)
は、ガチャガチャとうるさかったですけどねえ・・・。
 年頃の姉妹が、夜店できりぎりすを買ったというお話が
ございます。妹は評判の器量よし、姉の方はこれまた評判
の・・・、えーと・・・、不器量娘でございます。
 妹がきりぎりすを、虫かごから手のひらに出して眺めて
おりましたが、突然可愛らしい悲鳴を上げましたですな。
「きゃーァ! 姉さん、きりぎりすが手を噛んだァ!」
「まあ、この子ったら、虫に噛まれたぐらいで、そんな声
をお出しじゃないよ! どれ、こっちへ貸してごらん!」
 姉娘の手のひらに載せられたきりぎりす、上目づかいに
その顔を見て、「チョッ!」と舌打ち・・・。
 器量好みのきりぎりすってのが、可笑しいですな。

 俳句の方でいいますてェと、「打ち水」「夜店」は夏の
季語だそうですが、「虫かご」も「きりぎり」も「鈴虫」
も、みんな秋の季語なンですな。
 暑い暑いといっているうちに、暦の上だけではない本物
の秋が、もうそこまで忍び寄っているのでございますよ。
 
◆用語の説明
【大店】大商店。日本橋駿河町の三井越後屋呉服店などは
まさに大店の代表格。
【絽】一定間隔の透き目を空けて織った絹織物。風を通す
ので夏向きの着物地として使う。
【年増】婚期を過ぎた女性。江戸期の感覚では、20歳を
越せば年増。30歳過ぎは大年増(おおどしま)。
【ヒゴ】籤。竹を細く割って削ったもの。かごや提灯、模
型飛行機の翼など、細工物の骨として使う。
【年頃】結婚適齢期。こちらも江戸期の感覚では、15歳
前後から精々18歳くらいまで。

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江戸小噺 その8   (風亭弥次郎 提供 2006.09.15)
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 へい、お馴染みの風亭弥次郎でございます。
 暑さ寒さも彼岸までとはよく申したもので、朝晩少しずつ
凌ぎやすくなってまいりましたですな。
 今月はお彼岸に因んで坊さんの小噺を申し上げやしょう。
 坊さんの代表といえば、なンたって弘法大師様ざンしょう
な。ご案内のように真言宗の開祖空海上人でございますよ。
この方は単に偉いお坊さんというだけではなく、文学にも博
物学にも天文学にも医学にも経営学にも通じていたという、
今でいえば正にスーパーエリートだったのでございます。
 それだけに弘法大師伝説は、日本全国いたる所に残ってお
りますですな。弘法様が独鈷(とっこ)で地面を突いたら、
たちまち温泉が湧き出したとか、門付けをしていた大師様に
喜捨(きしゃ)を惜しんで芋を小石と偽ったら、畑の芋まで
すべて石ころになっちゃったとか・・。
 小噺にも弘法大師ネタは結構あるンでございますが、そこ
は落語のこと、ひと捻り利かせてありますですよ。

 汚い身なりの坊さんが門口に立って読経を始めましたな。
 その家(や)の子供が出てきて、
「乞食坊主! あっちへ行け!」と罵る。母親が慌てて、
「これ、何ということをお言いだい!? こんなナリをなさっ
てはいるが、もしかしたら弘法大師様かも知れないよ」
 坊さん、俄かに修(おさ)まって、
「むむむ・・、隠そう隠そうと思いしに、ついに露見をいた
せしか・・!?」と見得を切れば、奥から出てきた親父、
「つがもねェ、こいつは橋の下に住む本物の乞食坊主よ」
 坊さん、頭を掻いて、
「ホイ、また露見したわイ!」

 こちらは、本物の弘法大師様が、無礼を働いた男を懲らし
めるために馬にしてしまったというお話でございます。
 そのまま立ち去ろうとする大師様の衣の袖を掴んで、男の
女房が必死に詫びを入れましたですよ。
「お大師様、どうぞお許し下さいまし! この後は見知らぬ
他人にも必ず親切に致させます故、お情けでございます!
何卒元の人間の姿にお戻し下さいまし!」
 馬にされちゃった亭主も目に涙を浮かべ、鬣(たてがみ)
を上下に振って詫びている様子・・・。
 さすがに気の毒に思ったのか、ひとつ頷いた大師様、手に
した錫杖(しゃくじょう)で馬の頭を指しますてェと、たち
まち元の男の首に戻りましたですな。続いて肩、胸、腹、両
手と戻した大師様が、錫杖を正に股間に向けようとしたその
瞬間、女房思わず、
「あッ! そこだけはそのままに!」

 もう一つ、坊さんの小噺にお付き合いを願いやしょう。
 これには弘法大師様のような名僧は出てまいりませんが、
実はこの弥次郎が大好きなバレ噺なのでございますよ。

 若くして亭主と死に別れた女房が、旦那寺の住職の許へと
参りまして、涙ながらに訴えましたですな。
「これからは、愛しいあの人の菩提を弔って一生を送りたい
と存じます。どうか尼にして下さいまし・・・」
 住職は永いこと世間を見ておりますからな。そう簡単には
OK致しません。
「いやいや、早まるでない! そなたはまだ若くて美しい。
これからまた、どのような巡り合わせがあるやも知れぬによ
って、髪を下ろすのは止めなされ・・・」
「いいえ、うちの人がいないこの世には、もはや何の望みも
ござりませぬ。どうぞ尼に・・・」
「したが、尼になった後、若くて逞しい男がそなたに言い寄
ってきたらどうじゃな? 心が乱れるじゃろうが・・・!?」
「いいえ、私の心は乱れませぬ」
「その男が、こう手を取ったらどうじゃ・・・!?」
「いいえ、私の心は乱れませぬ」
「その男が、こう肩を抱いたらどうじゃ・・・!?」
「いいえ、私の心は乱れませぬ」
「その男が、襟元から、こう手を入れて、乳房をこうグッと
強く握ったらどうじゃーッ!?」
「うふーン・・・!」とさすがに悩ましげな吐息を漏らした
若後家、それでも気強く首を横に振って、
「いいえ、何があっても私の心は乱れませぬ!」
「ええい! 強情なッ! そちが乱れんでも、こっちが乱れ
るわい!」

◆用語の解説
【独鈷】両端の尖った鉄製、または銅製の短い棒。僧侶が煩
 悩を打ち砕くために手に持つ。とっこ。どっこ。
【喜捨】僧侶や貧しい人に自ら進んでする施し。また、施し
 をする物品や金銭のことも。
【修まって】姿勢を正して。格好をつけて。
【露見】隠し事がバレてしまうこと。
【つがもない】トンでもない。バカバカしい。
【錫杖】僧侶や山伏が持ち歩く杖。杖の頭部に数個の錫製の
 環が付いていて、山野を行脚する時、この杖を突き鳴らして
 毒蛇や害虫を追い払う。
【バレ噺】業界用語で、下(しも)ネタがかった助平な噺。
艶笑譚(・・なんていうと、余計分らなくなっちゃう?)。
【髪を下ろす】尼になるため剃髪する。
【旦那寺】菩提寺。自分の家が檀家となっている寺。

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江戸小噺 その9   (風亭弥次郎 提供 2006.10.15)

 風亭弥次郎でございます。
 陰暦の8月15日は十五夜、中秋の名月でございます。今
の暦に直しますてェと、今月6日に当たっておりましたが、
今年は残念ながら大雨でございましたな。
 しかしながら、皓々と冴え渡る秋の月を見ておりますと、
心なき弥次郎でさえ、何となく物思わしくなりますですよ。
 そこで今回は、小野小町に恋慕した深草少将の悲しいお話
を申し上げましょう。えッ! 小野小町が出てくる江戸小噺
なんてあるの? と驚かれるお客様もいらっしゃるでしょう
が、何でもあるのがこの世界なンでございますよ。

 小野小町・・・、ご案内のとおりクレオパトラや楊貴妃と
肩を並べる美女にして、六歌仙の一人に数えられるという、
まさに才色兼備の女性(にょしょう)でございます。
 当然モノにしようってンで、言い寄る男どもは多うござン
したな。ところがこの小町は、身分のある殿上人(てんじょ
うびと)にも、評判の歌詠みにも、六本木ヒルズに住んでい
るような出来星の物持ちにもなびかない。
 なびかないと聞くてェと、ますます熱くなっちゃうのが、
男の性(さが)というもンでございましょうな。

 中でも熱心だったのが、深草少将でございます。さすがの
小町も根負けしたのか、100日間一晩も欠かさずに通って
下さればお逢いしましょう、と侍女をもって言わせました。
 喜んだのは深草少将ですな。ちょうど中秋の頃から、雨の
夜も風の夜も毎晩、小町の住む山科まで通いましたですよ。
 門前まで来たという証拠に牛車(ぎっしゃ)の榻(しじ)
に毎夜疵(きず)をつけておりましたが、99日目、寒中の
大雪の夜、疲労の極に達していた少将は倒れて、哀れ凍え死
んでしまいました。これが世にいう深草少将百夜通い(もも
よがよい)」の説話でございますます。
 さて小噺の方は二連発でございます。

 明くる朝、侍女が慌ててご注進にまいります。
「大変でござりまする! 昨夜ご門前で深草少将様がお倒れ
になり、お亡くなりになったそうでございます」
 小町、顔色も変えずに、
「左様か・・・。惚れ帳から少将殿を削っておおき!」
 求愛者リストが作ってあったンですな・・・。

 99日目の大雪の夜でございます。
 深草少将が牛車の榻にマークを付けて帰ろうといたします
と、邸の中から侍女が出てまいりました。
「お待ち下さいまし少将様! このような吹雪の夜にもお通
い下さるお志、姫様が大層感じ入っておられます。一夜ばか
りはおマケ申し上げますので、どうぞお部屋にお通り下さい
との仰せにございます」
 少将、喜び勇んで邸内に駆け込むと思いきや、辺りを見回
してオロオロ、ウジウジするばかり・・・。
「どうなさいました? お早くお入り下さいまし!」
「それが・・・、わしは雇われ人だでのう・・・」

◆用語の説明
【小野小町】男嫌いとしても有名。一説に性的不能者とも。
【深草】現京都府伏見区、京阪本線の墨染駅辺りか。
【六歌仙】平安初期の名歌人。在原業平、僧正遍昭、喜撰法
 師、大伴黒主、文屋康秀、小野小町。
【殿上人】宮中の清涼殿の殿上の間に昇殿を許された貴人。
【出来星】出来たばかりのもの。成り上がり。  
【榻】牛車の牛を外した時、牽き手の部分を置く台。昇降の
 踏み台としても使う。
【雇われ人】ここでは身代わりのアルバイト。

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江戸小噺 その10   (風亭弥次郎 提供 2006.11.15)

 へえ、風亭弥次郎でございます。
 今席は11月でございますので、ひとつ泥棒の小噺を申し
上げやしょう。11月と泥棒がどうしてくっつくのかって、
ご不審に思われるお客様もいらっしゃいましょうねえ。
 実は、ほら、柴又の寅さんが言うじゃないですか、『泥棒
の始まりは石川五右衛門』って・・・。あの五右衛門が生ま
れたのが、永禄元年(1558年)の11月15日なンでご
ざいます。今日は奇しくも五右衛門誕生448周年って訳で
してな、日本各地で泥棒どもが集まって、『大盗祭』という
盛大な祝賀式典を開いているのだそうでございますよ。
 えッ!? また弥次郎のヨタだろうって・・・?
 いやいや、これはウチの親戚の泥棒に聞いた話ですから、
間違いありませんッ!
 という訳で、泥棒の小噺を2題お聴きくだされ。
 
 その石川五右衛門が捕らえられて、京都三条河原で釜茹で
の刑に処されたのは、文禄3年(1594年)8月24日の
ことでございます。この日がまた、泥棒の世界では『浜の真
砂忌』と申しまして、旗日になっておりますンですよ。

 悪人とは申せ、五右衛門はさすが大物でございます。
 グラグラと油の煮えたぎる釜を前にしても、眉一つ動かさ
ず、立会いの役人に申しましたな。
「しばしお待ちくだされ。この世の名残りに、辞世の一首を
詠みとうござる」
「おお、奇特なことよ。早う詠め!」
「されば・・・。かかる時さこそ命の惜しからめ、かねてな
き身と思ひ知らずば・・・」
「な、なんと、それは太田道灌公のお歌ではないか!?」
「ふふン、これが本当の盗み納め・・・!」

 泥棒の中にもいろンなヤツがおりましたようで、これは茶
の湯好きの風流な泥棒のお噺でございます。
 空き巣を探して、ひょいと路地を曲がってみますてェと、
洒落た黒板塀が続いていて、庭木戸が半分開いております。
「こりゃあ驚いた、凝った庭だね・・・。築山があって泉水
があって、うーむ、飛び石の据えようも本寸法だ。こりゃァ
遠州写しだな・・・。あッ! 奥に茶室がある!」
 思わず入り込んで、障子の隙間から覗き込むてェと、無人
ながら、もうすっかり支度ができていて、釜にはお湯がチン
チンと音を立てて沸いております。
「ああ、松風だ・・・。いい道具が揃っているなあ」
 我を忘れた泥棒、茶室に上がりこむと、もう夢中になって
お茶を立て始めちゃった・・・。
 物音に気づいた女中が、茶室に行ってみて驚きましたな。
「旦那様、大変でございます。お茶室に泥棒が・・・!」
「これ、騒ぐでない! すぐに頭を呼んできなさい!」
 すると茶室の方で、ポンポンと手が鳴ります。
「あれ、旦那様、泥棒が呼んでおります」
「大それたヤツだ。お前、ちょっと行ってみなさい」
 命じられた女中が、恐る恐る茶室へ行って聞きましたな。
「お、お呼びでございますか・・・?」
「勝手が騒がしいぞ。茶を立てる間は、静かにいたせ!」

◆用語の説明
【ヨタ】与太。でたらめ。ふざけた言葉。
【浜の真砂】石川五右衛門の辞世の歌は『石川や浜の真砂は
 尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ』と伝えられている。
【旗日】国の祝祭日。昔は家々の門に日の丸を掲げた。
【奇特】きとく。きどく。感心なこと。普通の人がやらない
 ことを進んで行うこと。
【太田道灌】室町中期の武将、歌人。江戸城を造ったことは
 有名。歌道に目覚めていく様は、落語『道灌』に詳しい。
【本寸法】優れた伝統や正しい規格を外さずに、キチンと守
 っていること。
【遠州】小堀遠江守政一。江戸前期の茶人。造園家、建築家
 としても名高く、遠州作の枯山水や回遊式庭園は、二条城や
 大徳寺、南禅寺など、日本各地に残されている。
【松風】茶釜の湯のたぎる音を、松に吹く風音に譬えた。
【頭】かしら。町内の鳶職の組長。

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江戸小噺 その11   (風亭弥次郎 提供 2006.12.15)

 風亭弥次郎でございます。
 師走も半ば、いよいよ年末が近づいてまいりましたな。
 ご案内の通り、江戸の昔は、店賃や行商人への支払いなど
の例外を除いて、ふだんの買い物は、ほとんどツケでござい
ました。商人(あきんど)は通い帳に受け渡しの判をもらう
だけでしてな、実際の支払いは節季払い、つまりお盆の前と
大晦日にまとめてもらおうというわけでございますよ。
 ですから大晦日は、このツケの支払い、カケの受け取りで
大変でございますな。そりゃ金がありゃアいいですよ。その
日暮らしの貧乏人の中には、どうしても金の工面がつかない
という者も出てまいります。そうかといって商人の方だって
夜明けまでに取り損なえば、また半年待たなくっちゃいけな
いンでございますからな。
 どちらにとっても死活問題というわけで、払う払わない、
取る取らない、その攻防の悲喜劇を扱った落語も沢山ござい
ますが、こちらは例によって小噺でいきやしょう。

 この暮れは、どうにもこうにも遣り繰りがつかないという
男、どこからか都合してきた棺桶の中に入って、女房に申し
ましたですな。
「俺を死んだことにして、何とか今夜をやり過ごしてくれ」
「そんなバカなことをして、アトをどうしなさる?」
「なあに、元旦に生き返ったと言えばよい」
 無責任なヤツがあったもので・・・。
 そこへ米屋が掛取りにまいりましたな。
 女房はあまりの情けなさに涙を零しながら、しどろもどろ
の言い訳をいたしますてェと、気のいい米屋、
「この暮れへきて、急に亡くなったとはお気の毒。せめてこ
れでも・・・」といくらかの銭を置こうとする。
「トンでもないことで! お借りしたものをお返しも出来な
いのに、これはいただけませぬ」
「そう言わずに取ってくだされ」
 押し問答をしておりますと、棺桶から手が出て、
「呉れるというものは、もらっておけ!」

 そんな気のいい米屋ばかりではありませんな。
 大晦日、尾羽打ち枯らした浪人が、米屋にまいりまして、
「お主のところの借財が払えぬ。拙者も侍の端くれ、申し訳
のため、この店先にて腹を切り申すが、どうじゃ・・・?」
 米屋の亭主はせせら笑って、
「お前様方のお決まりの脅し文句だ。その手には乗らぬ」
 進退窮まった浪人、肌脱ぎになりますてェと、脇差を腹へ
突きたて、臍(へそ)の際まで切りましたですな。
「どうじゃ、かくの如くだ・・・!」
「どうせ切るなら、なぜみなお切りなさいませぬ?」
「うむ、残りの半分は酒屋で切る」
 これは今でいうブラックユーモアでございましょうね。

 掛取りに回る手代の方にも、泣き落としの決まり文句がご
ざいましたそうで・・・。
「今日は大晦日、たとえ半金でも払ってくだされ。手ぶらで
帰っては、主人の手前、わしが首をくくらねばならぬ」
「すまぬが、今夜のところは、そうしておいておくれ」

 こちらは橋の下を住まいとする乞食の夫婦でございます。
「ねえ、お前さん、町中(まちなか)では、払え払えぬで大
騒ぎしているようだけど、こっちは気楽でいいねえ・・・」
「それを大きな声で言うな!」
「あれ、どうしてだい?」
「みんなが乞食になりたがる」

 では皆様、どうかよいお年をお迎えくださいまし・・・。

◆用語の説明
【落語】舞台を大晦日に設定した落語には、『掛取り万歳』
『言訳座頭』『睨(にら)み返し』『穴どろ』など、佳品が
 多い。極め付けは、人情噺『文七元結』と『芝浜』か。
【棺桶】現代のような寝棺ではなく、桶型の座棺。
【尾羽打ち枯らした】落ちぶれた、みすぼらしい姿の形容。
鳥類は死期が迫ると、羽や尾から脂っ気が抜けて、飛べなく
なるというところからの譬え。
【脇差】侍が腰に差している大小2本の刀のうち短い方。
【手代】商家で番頭と丁稚・小僧の間に位する奉公人。手代
になると、ある程度の仕事は任されるようになる。

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江戸小噺 その12    (風亭弥次郎 提供 2007.1.15)

 明けましておめでとうございます・・・、と新春のご挨拶
を申し上げるのも、ちょいと手遅れでございますが、今年も
どうか風亭弥次郎の江戸小噺を、ご贔屓(ひいき)賜ります
よう、よろしくお願い申し上げ奉ります。
 今回は初席でございますので、何かそれらしいお噺を申し
上げたいと存じますが、うーむ、そうですなァ・・・、干支
(えと)に因んで、けだものを扱ったお噺なんか、いかがで
ござンしょうか・・・?
 今年は亥年ですから、まず猪からやっつけやしょう!

「木曾の山ン中を旅していたら驚いたねえ・・・、でっけェ
猪が飛び出してきて、俺に突っかかりやがったン」
「へえッ、危ねえな。どうしたい?」
「俺ァ身が軽いからねえ、ヒラリと猪の背中に飛び乗ると、
ヤツの角(つの)につかまって・・・」
「おいおい、鹿じゃあるめェし、猪に角があるもンか!」
「う・・・!? 角がねェから、くるりと体の向きィ変えて、
尻尾(しっぽ)をつかんだ!」
「猪につかめるような尻尾があるもンか!」
「う・・・!? じゃァ、どこをつかめばいい?」

 鼠が4匹ばかり、台所の梁(はり)の上を、つながって歩
いております。それを見た男、
「おい、あの鼠を止めてみせようか!?」
「へえェ、そんなことができるのかい?」
「俺様の自慢は猫の声色(こわいろ)よ。ニャゴ、ニャゴ、
ニャーゴー!」
 鼠がピタッと止まって、こちらを窺っている・・・。
「どうだい!? うめェもンだろう!」
 と鼻高々な男を見ていた鼠たち、
「親分、もう行きやしょうぜ! あんな下手くそな声色に、
どうして立ち止まるンで・・・?」
「あれでも一生懸命やってるんだ。たまには聴いてやらなく
ちゃ、励みになるまい」

 親子の猟師が虎狩りに行きましたンですな。
 山を歩いていますてェと、突然背後の叢(くさむら)から
大きな虎が現れて、親父をくわえて走り出しました。
 親父様の一大事! 息子が慌てて弓に矢をつがえて射よう
とすると、親父は虎の口の下から、
「これ倅、足を射よ! 皮に疵がつけば値が下がるぞ!」

「この間お前が教せェてくれた、犬に喰いつかれないってい
う呪い(まじない)だけどねえ・・・」
「ああ、犬に吠えられたら、掌(てのひら)に寅と書いて見
せれば、決して喰いつかれることはねェってヤツだ」
「それがトンでもねえ! 昨日やってみたら、犬のヤツ、余
計猛りやがって、さんざん食いつかれちまったィ」
「ふーン、そりゃ、きっと無筆の犬だろう」

◆用語の解説
【初席】現在、常打ちの寄席では、1ヶ月の興行を10日ず
    つ3分し、それぞれ上席、中席、下席と呼んでいるが、正月
    の上席だけは、特別に『初席』と呼ぶ。
【声色】物真似。鳴き真似。昔、寄席で『声色』といえば、
    ほとんど歌舞伎役者の台詞まわしの物真似だった。『声帯模
    写』と名づけて、芸域を広げたのは古川緑波だった。
【虎狩り】虎はわが国にはいなかった!?
【呪い】掌に字を書く呪いはいろいろある。大勢の人前に出
    る時、掌に『人』と書いて飲み込むと、上がらないという。
【無筆】文字の読み書きが出来ないこと、あるいは、出来ない
    人。江戸後期、江戸に住む人々の識字率は、60%とも80%
    ともいわれ、世界の都市の中でもトップクラスだった。しかし
    職人などには無筆の者も多く、むしろ、それを誇りとする気風
    も残っていた。

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江戸小噺 その13   (風亭弥次郎 提供 2007.2.15)

 風亭弥次郎でございます。
 いやァ、驚きましたなァ・・・!
 何がって、この暖冬でございますよ。
 もう2月も半ばだってェのに、東京には、まだ一度も雪が
降らないンですからな。このままいきゃァ、この冬は雪なし
ってことになっちゃう・・・。
 今月は歌舞伎座で『仮名手本忠臣蔵』の通しをやっており
まして、先日弥次郎も観てまいりましたが、忠臣蔵の討入り
だって、雪がなけりゃ、サマになりませんですぜ。
「おのおの方、もう花粉が飛んでおります」なんて・・・。

 江戸の街には、よく大雪が降ったようでしてな、文成5年
(1822)2月2日には、品川で6尺余も雪が積ったとい
う記録が残っているそうでございます。今でいえば、積雪、
何と2メートルってわけですから、大変なもンですなァ。
 昔から「雪は豊年の貢」と申します。降るべき時季には、
降ってもらわないと、困るンでございますよ。
 今月は雪のお噺で、雪乞いとまいりやしょうか・・。

 いざゆかん雪見にころぶ所まで
 わがものと思へば軽し傘の雪

 雪が降りますてェと、俄然張り切るのは俳諧師でございま
すな。よき句を得ようてンで、雪見に出掛ける・・・。
 災難なのは、お供の下男でございますよ。
「こうだな寒いときに、あンだって、表をほっつき歩くだ。
こげな大雪ン中歩いているのは、泥棒と犬っころぐらいのも
んだべ・・・」とブツブツ愚痴をこぼしております。
 吾妻橋あたりまで参りますてェと、大川を隔てて、向島の
雪景色が誠に見事でございますな。
 感に堪えかねた俳諧師のセンセイ、思わず、 
「どうじゃ、権助、よい眺めだろうが・・・?」と問い掛け
ますてェと、下男、目をパチクリさせて、
「へえ、眺めはようごぜェますが、雪が邪魔でがす」

 雪の降る寒い夕べでございます。
 この家(や)の主(あるじ)が奥で休んでおりますてェと、
店から小僧が取次ぎにやってまいりましたな。
「今、伊勢屋さんからお使いがきて、あちらの旦那が、旦那
に一献差し上げたいので、ぜひお越し願いたい、と言ってお
りますが・・・」
「なに? 伊勢屋さんが・・・!? うーむ、ありがたいが、
この雪では億劫だ。他出しているとお断りしておくれ」
「へーい」と答えた小僧、店先で待っている伊勢屋の使いの
小僧に伝えましたな。
「うちの旦那は、たしゅつだとさ」
「たしゅつ? たしゅつって何のこと・・・?」
「お前、知らないのかい? たしゅつっていうのはネ、奥で
炬燵(こたつ)にあたっているってことさ」

 雪の積もった朝でございます。
 小役人が上役の邸へ、ご用のお取り次ぎにまいりました。
 お庭先に控えておりますてェと、縁側からこの家(や)の
腕白息子が飛び出てきて、真っ白に積もった雪の上へ、小便
で黄色い「の」の字を描きましたですよ。
 小役人、これをつくづくと眺めて申しましたな。
「むむ、お見事! 坊ちゃんはご器用な、よいお手でござい
ますなあ・・・!」

◆用語の説明
【通し】歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』の一段目(大序)から
    十一段目(討入り)までを通して上演する興行。
【おのおの方】かつてのNHKの大河ドラマで、大石内蔵助
    に扮した長谷川一夫の、独特の台詞まわしが評判だった。
【文成5年】18世紀後半から19世紀にかけて、わが国に
    は異常低温の年が多く、安永年間(1770年代)には、隅
    田川もしばしば氷結したという。天明や天保の大凶作、大飢
    饉も、この時期の出来事だった。
【雪は豊年の貢】大雪は豊作の前兆。雪の多く降る年は、農
    作物の出来がよい。講談や浪曲に使われる常套句。落語でも
『夢金』などに出てくる。
【雪の句】掲出句の作者は芭蕉と其角。
【大川】隅田川。
【一献】いっこん。酒を酌み交わすこと。転じて「一杯」。
【他出】モチロン「外出」のことです。念のため・・・。
【お手】手筋⇒筆跡。

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江戸小噺 その14   (風亭弥次郎 提供 2007.3.15)


 へい、風亭弥次郎でございます。
 先日、いつもこの小噺をお読みくださっているご贔屓様
から、「弥次郎くんの噺には、色気がなさ過ぎるよ。たま
には、吉原かなんかの、エッチな噺も聴かせてよ」とリク
エストがありましたンですよ。
「へえ、さいざンすか・・・。成績優秀、謹厳実直、品行
方正なケーオーの皆さん方に、廓(くるわ)のお助平な噺
なんか、お聴かせしてもいいんですかい・・・?」
 という訳で、あたかも万物陽動の春ですな。今月、来月
と続けて吉原カンケイ特集といたしましょうか、ねッ!?

 見栄坊な男がおりましてな。
 自分で自身の二の腕に喰いついておいて、仲間に、
「おい、これェ見ねえな・・・、吉原(なか)の馴染みが
焼き餅ィ焼いて、喰いつきやがったのよ」
「へえー、そいつァ羨ましいねえ・・・。おい、だけど、
この歯型、女にしちゃア、大き過ぎやしねェかい?」
「うむ、そのはずよ。笑いながら喰いついた・・・」

「お前ェ、ここンとこ、毎晩のように、吉原へ通っている
そうじゃねえか?」
「うん、それがよ、ウフフフン・・・、毎日(まいンち)
あの妓(こ)から文が来るンで、仕方なく行くのよ」
「この野郎、惚気(のろけ)やがって! その文ってヤツ
持ってるなら、見せてみねェな・・・」
「おおさ、これよ」
 手紙ィ開いてみますてェと、これが大変な金釘流。
「おい、なんだい、こりゃア・・・!? ひでえ手蹟(て)
だねえ、とても読めたもンじゃねえやな。お前ェ、これが
読めンのかい?」
「読めねえから、何ィ書いたのか、毎晩聞きに行くのよ」

 いくら男が熱心に通っても、女に振られてしまう・・・、
これは、まあ、色里の習いというヤツで、よくあることで
ございましょう。
 男を散々待たしておいて、やっと女が来たかと思うと、
これが大層酔っ払っておりましてな、いきなり布団に潜り
こむてェと、向うを向いて寝てしまう・・・。
「おい花魁(おいらん)、起きてこっちをお向きよ」
「いやだよゥ・・・、わちきは頭が痛いンだよ。寝かして
おいておくれよゥ・・・」
「しょうがねえなァ・・・」と溜め息をついた男、懐から
何やら取り出して、花魁に勧めましたな。
「花魁、頭痛の薬だ。これを飲んで機嫌を直しておくれ」
「うるさいねえ・・・、薬なんか、効きやしないよ」
 女がひょいと見るてェと、山吹色の小判をお盆にして、
その上に宝丹が一粒載っております。
「あら!? このお薬、効くのかしら・・・?」
「よく効くよ、万病に効くんだ」
「じゃあ、いただくわ」
 女はお盆を受け取って、宝丹を飲みましたですよ。
「どうだい、頭痛は?」
「不思議ねえ、一遍によくなったわ」
「そうかい、そりゃよかった。それじゃ、お盆を返しな」


◆用語の説明
【廓】遊郭。昔、多くの遊女屋が集まっていた地域。遊女
   屋が分からないシトは、自分で調べてくださいッ!
【二の腕】腕の上半分。肩と肘(ひじ)との間。
【吉原】遊女三千人御免の場所。つまり、江戸で唯一公認
    されていた遊郭。最初、今の日本橋人形町付近に
    あり、後に浅草寺裏に移転した。「なか」は吉原
    仲之町の略称か。
【馴染み】同じ遊女に久しく通い慣れた客、またはその相
     手の遊女。吉原では、1回目の逢う瀬を「初会」、
     2回目を「裏」、3回目から「馴染み」と呼ぶ。
【金釘流】折れ釘を集めたような、バラバラでまとまりの
     ない字。自己流の稚拙な字。
【花魁】おいらん。本来はその遊郭で上位の遊女の呼称。
【宝丹】上野池之端仲通りの森田屋治兵衛製の薄荷(はっ
    か)の香りの強い解毒剤。実際に売り出されたの
    は、明治に入ってからのことらしい。

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江戸小噺 その15   (風亭弥次郎 提供 2007.4.15)

 へい、風亭弥次郎でございます。
 皆様、今年のお花見はいかがなさいましたか?
 江戸の昔、桜の名所といえば、上野のお山、飛鳥山、向
島、品川御殿山といろいろございましたが、夜桜となれば
これはもう、吉原仲之町でござンした。
 何しろ、江戸っ子が「夜桜見物に行く」といえば、取り
もなおさず、「吉原に行く」ということでしてな。
 吉原に行くったって、ナニをしに行くばかりじゃござン
せんですよ。この時季は、花魁(おいらん)の道中を見物
にくる客も多かったそうでございます。
 何しろ、『籠釣瓶』の見初めの場のような、桜花爛漫の
仲之町通りを、髪を文金や立兵庫に高々と結い上げ、櫛、
笄(こうがい)を挿した花魁が、金糸銀糸に縫い取られた
裲襠(うちかけ)を着て、新造、禿(かむろ)、若い衆を
従えて、外八文字にしゃなりしゃなりと練り歩くンですか
ら、これはもう、夢のような美しさでございました。
 あなた方にも、ぜひ一度お見せしたかったですな。
 因みに、この高名な中之町の桜は、なんと、毎年、花の
時季だけ移植をしたものだそうでございますよ。花が散れ
ば、たちまち取っ払っちまう・・・。まあ、リース・プラ
ントの走りみたいなもンだったンでしょうな。
 『あすからは花が咲きんすと文(ふみ)がくる』
 では、先月に引き続き吉原特集とまいりやしょう!

 お職人ですから、まあ、中見世(ちゅうみせ)でござン
しょうな。妓楼に上がったはいいが、相方の遊女が廻しを
取り過ぎたのか、全然姿ァ見せない。
 とうとう東が白んできちゃたン。
「けッ、馬鹿にしやがって! こちとら朝早くから仕事が
あるんでィ!。もう行かなくちゃならねェが、このまンま
帰ェるのも業腹(ごうはら)だ・・・」
 部屋を見回すってェと、洗顔用の小さな金盥がある。
「おい、銅(あか)だよ、こいつは・・・。これでも持っ
ていってやろう」ってンで、着物の下に背負って、何食わ
ぬ顔で、梯子段を降りようとする・・・。
 どこにいたのか、女が慌てて飛んできて、
「お前さん、ごめんよ! 一晩中タチの悪い客に捕まっち
まって、済まなかったねえ。今度埋め合わせをするから、
またきっと来ておくれ!」ってンで、男の背中を叩いた。
 ボォーン・・・!
「あれェ! この音は!?」
「うむ、明けの鐘よ」

 礼儀正しい堅物(かたぶつ)の国侍が、勤番のお仲間に
連れられて、初めて登楼したなンてェお噺がございます。
 いよいよお床入りとなって、花魁が、
「殿はん、もう寝なまし・・・」と誘うと、
「率爾(そつじ)ながら、同衾仕る」と一礼してから、
蒲団に入るという堅苦しさでございます。
 花魁もどうなることかと案じておりましたが、これが、
存外の大物持ちで、しかもテクニシャン・・・。
 花魁が堪らず喜悦の声を上げる。
「あ、あ、あーッ! いきんす、いきんす!」
「暫時お待ちあれ、せ、拙者も同道いたす!」

 天狗のお噺もございますですよ。
 空を飛行していた天狗が、廓の賑わいに見とれて神通力
を失い、仲之町通りにドーンと墜落しちゃたン。
 勢いってヤツは恐ろしいもンですな。あの長い鼻が地中
深くめり込んでしまいましたですよ。
 さあ大変! 吉原(なか)の若い者(もん)が大勢集ま
って、何とか鼻を抜こうと引っ張ってもビクともしない。
 客として登楼していた江戸相撲の大関、竜田川を呼んで
力づくで持ち上げようとしても、まるで動きません。
 さすがの天狗も、顔を真っ赤にして苦しんでおります。
もっとも天狗の顔は、苦しまなくても真っ赤ですな。
 そこへ道中をしてきましたのが、全盛の花魁、高尾太夫
でございます。訳を聞きますてェと、
「わちきに、まかせておくンなまし・・・」と天狗の傍ら
にひざまずきましてな、お付きの禿から受け取った小菊を
手にすると、天狗の鼻の根元を軽く摘んで、
「主(ぬし)、もう抜きなんし・・・」とニッコリ笑うと
すっぽり抜けた!

◆用語の説明
【上野のお山】江戸随一の花の名所だが、東叡山寛永寺が
 あるため、三味線などの鳴り物は禁止、暮六ツ(日没時)
 には閉門し、夜桜見物はできなかった。飛鳥山、御殿山に
 桜を植え、庶民の行楽の場を造ったのは、八代将軍吉宗。
【花魁道中】盛装した花魁が行列を組んで、置屋から客の
 待つ揚屋(あげや)まで練り歩くこと。
【籠釣瓶】歌舞伎狂言『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさと
 のよいざめ)』。佐野の絹問屋の主(あるじ)次郎左衛門
 が、満開の桜の下で遊女八つ橋を見初めるのが発端。
【新造】しんぞ。花魁付きの若い遊女。
【禿】かぶろ。かむろ。花魁など上位の遊女について、雑
 用をする見習いの女児。
【若い衆・若い者】客の呼び込み、勘定の取立て、花魁の
 お供その他、廓の雑用一切を受け持つ男衆。トシには関係
 なく、頭の禿げた中年の「若い者」もいた。
【中見世】中程度のランクの店。吉原には、客が懐具合や
 社会的階級に応じて選べるように、角海老、佐野槌、品川
 楼などの大見世(おおみせ)から、羅生門河岸の異名のあ
 る最下級の切見世(きりみせ。一切り百文)まで、いろい
 ろのランクの店があった。
【廻し】一人の遊女が、一晩のうちに複数の客の相手をす
 ること。上方の廓には廻しの習慣はない・・・そうです。
【業腹】腹が立って我慢できない様子。
【国侍】参勤交代のあった時代、江戸藩邸ではなく、大名
 の領国に留まって勤務する侍。転じて田舎侍。
【勤番】国侍とは逆に、江戸藩邸に交替勤務すること。
【殿はん】サラリーマンを「社長」と呼ぶ類の敬称。
【率爾】突然で失礼な行動。軽率な様子。
【同衾】男女が一つの蒲団に寝ること。寝るったって、お
 となしく並んで寝ているだけでは、同衾とは言わない。
【いきんす】花魁独特の廓言葉(さとことば)。直訳すれ
 ば「行きます、行きます」だが、一体全体、どこへ行くの
 か・・、これは皆さん、ご自分でお考え下さい。
【竜田川】落語『千早振る』に登場する伝説の大関。千早
 太夫と神代太夫に振られ、故郷に帰って豆腐屋になった。
【高尾太夫】「高尾」は吉原の大見世三浦屋専用の太夫名
 で、初代から11代続いたという。有名なのは、初代子持
 高尾、2代目仙台高尾、5代目紺屋高尾など。天狗の鼻を
 抜いたのは何代目高尾だか、記録に残っていない。
【小菊】楮(こうぞ)を原料にした手漉きの高級な塵紙。

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江戸小噺 その16   (風亭弥次郎 提供 2007.5.15)

 風亭弥次郎でございます。
 よく連中が『小児(しょうに)は白き糸の如し』などと
申し上げますな。子供は親の育て方、まわりの環境によっ
て、どんな色にも染まるてェわけでございます。
 今席は、ちょいと後出しですが、子供の日に因んで、親
と子の出てくる小噺を申し上げることにいたしましょう。

 子供衆(こどもし)の出てくる落語は、『桃太郎』『初
天神』『真田小僧』『雛鍔(ひなつば)』といろいろござ
いますが、たいてい、こまっしゃくれた悪童が出てきて、
大人に一ト泡吹かせるという筋立てになっておりますな。
 修身タイプの感心な少年が出てまいりますのは、まあ、
『子は鎹(かすがい)』『薮入り』、講釈ダネの『蜆(し
じみ)売り』ぐらいのもンでございましょうか・・・。
 それでは親子の小噺、どうかお聴きくださいまし。
「ちゃん、戦(いくさ)って、どうして起こるの?」
「戦ってェヤツはな、相手の言い分を聞かねえで、てめえ
に都合のいいことばっかり言うから起こるのよ」
「ふーん」
「例えばだな、清盛公が『平家でなければ人ではねえ』と
言い出してよ・・・」
 繕い物(つくろいもの)をしていた神さんが笑って、
「バカだねえ、お前さんは・・・。子供にそんな難しいこ
とを言ったって、分かりやしないよ」
「何だと、バカとは何だ!? てめえは何にも知らねえくせ
に、黙ってろい! このすべため!」
「へん、すべたで悪かったね、能無し男!」
「言いやがったな、この女(あま)、これでも喰らえ!」
 子供が中に入って言いましたな。
「ちゃん、もう分かったよ。戦って、くだらないことから
起こるんだね」

 自分は無筆の大工だが、息子には字を習わせて、大店へ
奉公させようてェんで、寺子屋へ通わせたところ、鳶が鷹
を生んだというのか、この倅が実に利発でしてな。
 特に天性字がうまい。教える師匠も舌を巻くというぐら
いのもンで、町内でも評判でございます。
 ある寄合いで旦那衆が、その子の書を見てみたいという
ことになりましてな。さあ、親父は鼻高々で、息子を連れ
て行きましたですよ。

 息子はまだ年端もいかぬ子供ですからな、どんな席でも
臆することを知りません。大きな紙いっぱいに一ト文字、
墨黒々と書き上げました。
「おッ! これは見事だ!」
「菅公も跣(はだし)で逃げるわ!」
「しかも書いた字がいい! 親父さんの大好物じゃよ!」
 首尾は上々、息子はご褒美をもらって大喜びです。
 ところが、親父の機嫌がよくない。外へ出るといきなり
息子を怒鳴りつけましたな。
「やい倅め! 俺の好物だからといって、よくもまア、人
中であんな字を書いて、親に大恥を掻かせおったな!」
「えッ!? お父っあんが喜ぶと思って、『酒』と書いたの
に、いけなかったかい?」
「何ィ『酒』か!? 俺ァまた、お前ェが『女』って書いた
のかと思った・・・!」

 こちらは年頃の娘と親父でございます。
 真夜中に、表で犬がやかましく吠え立てております。
 眼を覚ました親父が、隣に寝ている娘を起こしまして、
「おい、犬がバカに騒いでいるよ。何かあったんじゃない
か・・。お父っあん、腰が痛いんだ。お前、ちょっと起き
て、外ォ見ておくれ・・・」
 娘が雨戸を開けて見ますてェと、野犬の群れが乱交パー
ティーの真っ最中・・・。キャンキャン、キャンキャン、
鳴きながら、雄雌つながっております。
 顔を赤らめた娘は、慌てて雨戸を閉めましたな。
「どうだったい?」
「別に何でもないわ・・・」
「おいおい、こんなに犬が騒いでいるんだ。何でもないこ
とはないだろう。よく見なくちゃいけませんよ」
 小言を言いながら起き上がった親父、雨戸を開けて外を
見るてェと、「えへへん」と咳払いを一つして、
「なるほど、別に何でもないわな・・・」

◆用語の説明

【連中】グループの構成員。この場合は落語家仲間。
【講釈ダネ】もともとは講釈(講談)用に作られた噺を、
落語用に改作した演目。『井戸の茶碗』『阿武松(おうの
まつ)』『三方一両損』『三井の大黒』など。
【ちゃん】「お父っちゃん」の略称。
【繕い物】衣類の破れやほつれを縫い合わせたり、端切れ
でツギを当てたりする補修作業。一ト昔前の家庭では、母
親や女房がフツーに行なっていたンだけどなあ・・・。
【すべた】元はスペードを意味するポルトガル語らしい。
カルタで役立たずの札。転じて、醜い女を罵る言葉。
【無筆】文字の読み書きが出来ないこと。または出来ない
人。『その12』の説明をご参照ください。
【利発】頭がよく、飲み込みが速いこと。
【天性】生まれつき。
【菅公】菅原道真。学問の神様。僧空海、小野道風と共に
書の三聖と奉られている能筆家。
【跣】玄人跣(くろうとはだし)。その道の専門家が驚き
慌てて逃げ出すほど、アマチュアの技量が高い例え。
【年頃】江戸時代では、15歳から精々18歳まで。
【雄雌つながって】これも昔は、街頭でよく見掛けた光景
でしたが、今はゼンゼン見られなくなりましたですな。

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江戸小噺 その17   (風亭弥次郎 提供 2007.7.15)

 へい、お馴染みの風亭弥次郎でございます。
 前席で親と子の登場する小噺を申し上げましたが、今席
はその続きでございます。
 子供がだんだん成長して、色気づくようになってまいり
ますてェと、親子の関係もまた新たなステージを迎えると
いうような訳でしてな、小噺の世界でも、いろいろな切り
口のものが伝えられておりますですよ。

 中には、まあ他愛のない噺もございます。
 親子共々、大変に酔っ払いましてな。
「おやッ? 倅め、お前は頭が三つも四つもあるじゃない
か!? そんな化け物に、この家は譲れないぞよ!」
「てやんでェ! こんなグルグル廻る家なんか、誰が貰う
もんか!」

「お前はね、もう少しおとッつあんと、おッかさんを大事
にしなくちゃいけませんよ。生まれながらにして、親を知
らない子供だっているんだ。親は金では買えないンだよ」
「その代わり、売ろうと思っても売れない・・・」

 放蕩のドラ息子と堅物のガンコ親父の対立というのも、
落語の一つのパターンでしてな、小噺にもいくつか名作が
残されておりますですよ。
 その中から、究極の親不孝噺を一つ・・・。

 ある大店(おおだな)の息子でございます。生来の遊び
好きで、たびたび店の金を持ち出しての廓通い・・・。
 怒った親父が、すんでのところ勘当しようというのを、
親類一同の取りなしで、一度は何とか収まったンですな。
 ところがいけません・・・。
 少しほとぼりが冷めるてェと、この息子、一晩ぐらいは
分かるまいってンで、また吉原へ遊びに行っちゃったン。
 朝帰りというヤツですな。店の前まで来るてェと、親類
の者が慌しく集まっている様子・・・。
 南無三! いよいよ勘当か・・・!? と観念した息子、
店の小僧を手招きで呼び寄せて、聞きましたな。
「おい、親父は怒っているかい?」
「若旦那様、それどころではありません。大旦那様が今朝
ほど、急にお亡くなりになりました!」
「何ッ!? 親父が死んだ!? ああ助かった・・・!」

 おしまいは、ちょいとバレがかったお噺です。
 親子といっても、親父と倅の関係だけではござンせん。
 ある男が養子に行ったンですが、その家の父親が急に死
んでしまい、義理の母親が後家として残されたンですな。
 母親といっても、まだ四十そこそこ・・・。色香ムンムン
の女盛りでございます。女房の留守に、男が実に何ともけし
からぬ了見(りょうけん)を起こしましてな。
「おっかさん、さぞお淋しいことでしょう。お淋しければ、
この私めが、ちとお慰めいたしましょう・・・」
 ってンで、衿元からグッと手を差し入れたン。
「あれェ! 何をしやるか、この親不孝者めッ!」
「す、すみませぬ! これは冗談、冗談でござります!」
 男が慌てて手を引っこめようとする・・・。
「お待ち! その手を抜けば、なお親不孝ぞ!」

◆用語の説明
【ドラ息子】道楽や遊びに耽ってばかりいる息子。一説に、
「金を使う⇒金が尽きる」という言葉が、「鐘を突く⇒銅鑼
(どら)を打つ」に語呂合わせ的に転化して、「ドラ」とい
う接頭語が生まれたという。
【勘当】親が子の悪事や失敗をとがめて、親子の縁を切り、
追放してしまうこと。正式の勘当は、久離(きゅうり)切っ
ての勘当といい、該当人を当時の戸籍簿である人別帳から除
籍して、無宿者にしてしまうものだった。
【南無三】南無三宝(なむさんぼう)の略。仏教でいう仏、
法、僧の三宝にすがり、救いを求める言葉。転じて、失敗を
悔やんで発する歎声⇒しまった!
【後家】未亡人。独り身の性的体験者として、世の男性の目
にさらされるケースが少なくなかった。
【色香】美しい花の色と香り。転じて、美貌とかぐわしい体
臭を合わせ持った成人女性の魅力。
【了見】考え。あまり良くない考えを指す場合が多い。

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江戸小噺 その18   (風亭弥次郎 提供 2007.6.15)

えー、風亭弥次郎でございます。
 そろそろ梅雨も明けようという頃合いでございますな。
 梅雨が明ければ、いよいよ本格的な夏がまいりますが、夏の
寄席の定番といいますてェと、これはもう、昔から怪談と決ま
っておりますですよ。
 ご通家(つうか)のお客様は、先刻ご承知でござンしょうが、
怪談には幽霊噺と化け物噺の二タ通りがございます。
 幽霊噺は人間の執念を、化け物噺は狐狸妖怪(こりようかい)
の悪戯を、それぞれテーマにしたお噺・・・と、まあ、取りあ
えず、そう申し上げておきましょうか・・・。
 では、幽霊と化け物の違いをハッキリと区別した、この小噺
で、怪談特集の幕を開けやしょう・・・!
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 死んでからも、なお嫉妬深い女房がおりましたな。
 この女、閻魔大王の前へ出て、こう訴えましたですよ。
「大王様! 娑婆に残した亭主は、私の百ヶ日も済まぬのに、
もう後添いを貰ったんでございますよ。何とまあ、不実な男で
しょう・・・。私は幽霊になって、この怨みを思い知らせてや
りとうございます。どうか幽霊にして下さいまし!」
「何ィ!? お前が幽霊とな・・・?」
 閻魔大王は、女の顔をつくづく眺めて、嗤いましたな。
「その面(つら)で幽霊とは厚かましいわい! お前を幽霊に
しては、地獄の面汚しじゃ。ならぬ、ならぬ!」
「お願いでございます、お願いでございます!」
 女は泣きながら、地べたに頭ァこすりつけて訴えます。
 傍(そば)で見ておりました青鬼、つい同情して、
「これこれ、幽霊はあきらめて、化け物を願え・・・」

 地獄のスタンダードは、よく存じませんが、幽霊といえば、
そりゃまあ、器量がよくてスリムで、か弱く若い女性であって
欲しいと、弥次郎だって、そう思いますですよ。
 そのイメージにピッタリの幽霊小噺がございます。

 こちらは、一緒になったばかりの若い女房を、ふとした病で
亡くしてしまった男・・・、夢でもいいから、恋女房にもう一
度会いたいと、日夜念じております。
 その願いが通じたのか、ある夜ふと目覚めると、枕元に女房
の幽霊が、ふんわりと座っておりましたですよ。
「お前さん、会いに来ましたよ!」
「おお、遠くから、よう来てくれたなァ!」
 と抱き合った途端、コケコッコーと暁を告げる鶏鳴・・・。 
 何といっても幽霊ですからなァ・・・。夜が明けては、この
世には居られません。アッという間に、女房の姿は掻き消えて
しまいましたな。
 次の夜、男はもう、宵から寝ないで待っておりましたが、女
房の幽霊は、やはり夜明け近くに出てきて、抱き合った途端、
コケコッコーで消えてしまう・・・。
 3日目には、さすがに男が怒りましたな。
「お前ェ、何だってもっと早く出ねぇンだ! 幽霊なら幽霊ら
しく、丑三つ時に出て来いよ!」
「だってェ、お前さん、そんな真夜中じゃ怖いもン・・・」

 これが、廓の女の幽霊となりますてェと、こう可愛らしくは
いきませんですよ。
 ある男のところに、馴染みの女から文が参りましてな。
《訳あって、この晦日までに二十両の金子が揃わねば、生きて
いられぬ仕儀と相成り候。唯々おん前様ばかりが頼りにて候。
何卒何卒お助け下され度、お願い申し上げ候。かしく》
 おん前様ばかりが頼りといわれた男、何とか金を工面しよう
としたのですが、二十両はおろか、五両の金もまとまらないう
ちに、期限の晦日は空しく過ぎてしまったン・・・。
 男もさすがに気が咎めて、女はどうなったか、まさか本当に
死にやしめえ・・・、いや、もしかして・・・、と思い悩んで
おりますてェと、ある夜、女の幽霊が現れましてな、
「お前さんだけが頼りでありんしたに、ようもようも裏切って
おくんなましたな・・・!」と恨み言を言う。
「悪かった、悪かった、許してくれ!」
 男は慌てて謝りましたですな。
「でも、俺の言い訳も聞いてもらいてェ・・・。そんな妙チキ
リンな手つきをして、ボーッと立っていねェで、お前ェもここ
にお座りよ・・・!」てェと、女はツンと横を向いて、
「座っている訳には、まいりんせん。まだこれから、怨みを言
いに行く先が、たんとありんす・・・!」

◆用語の説明
【ご通家】その世界の表裏の事情を、すべて理解している人に
対する尊称。いわゆるツウのお方。
【閻魔大王】えんまだいおう。閻魔の庁に常駐、地獄に堕ちて
きた亡者の生前の行ないを裁いて、罰を与える。この弥次郎は
ご幼少の砌(みぎり)、親から『嘘をつくてェと、お閻魔様に
舌ァ抜かれるよ!』と教えられて育った。
【百ヶ日】死んだ日から100日目。卒哭忌(そつこくき)。
近親者が集い、法要を行なう忌日。
【後添い】後妻。
【不実】ふじつ。誠意がない。約束を守る意思がない。
【嗤う】嘲笑する。馬鹿にして、鼻先でフフンと笑う。
【青鬼】青鬼、赤鬼は、地獄の番卒(下級役人)として、閻魔
大王の下で働いていた。
【鶏鳴】江戸時代とはいわず、昭和三十年代ごろまでは、東京
の街中でも、夜明け、鶏の鳴き声が聞こえてましたね。
【丑三つ時】丑の刻を4分割した、その第3刻。今の時刻でい
えば、午前2時〜2時半ごろ。昔、無声活動写真時代の弁士が、
チャンバラの場面に、『草木も眠る丑三つ時、突如起こる剣戟
の響き!』などと慣用的に使っていた(・・・らしい)。

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江戸小噺 その19   (風亭弥次郎 提供 2007.8.15)

 風亭弥次郎でございます。
 暦の上では、もうとっくに秋なんだそうですが、まあ、毎
日お暑いことじゃござんせんか・・・。
 暑気払いには、寄席へお越しいただき、怪談で涼をお取り
いただくのが一番でございますよ。
 ・・・という訳で、先月お約束したように、今席は、怪談
は怪談でも、化け物をテーマにした小噺を、申し上げること
にいたしやしょう。

 まずは、武者修行のお侍でございます。
 ある村を通りかかりまてェと、村外れの無住の荒れ寺に化
け物が出て、村人が難渋しているという噂・・・。
「よしよし、拙者が退治してつかわそう!」ってンで、この
お侍、本堂に座り込みましてな。村人から届けられた一升徳
利を傾けて、茶碗酒をグビリグビリやっております。
 子の刻、いきなりガタガタと家鳴り震動がいたしました。
 ふと背後を見ますてェと、板の間に一つ目小僧が座って、
ニタニタニターッと笑っております。
 お侍、驚くと思いきや、カンラカラカラと笑いましてな。
「一つ目小僧とは古いのォ! 出直せ、出直せ!」
 悔しそうな目をした一つ目小僧がパッと消えると、今度は
三つ目の大入道でございます。グワーッと大口を開いて脅か
しますが、お侍は一向に動じません。
「今度は三つ目か。目が増えただけだ。ますます古いぞ! 
古い、古い! 出直せ、出直せ!」
 のっぺらぼう、ろくろっ首、骸骨踊り・・・、何が出ても
「古い、古い」の一言で片付けてしまう。

「おッ、今度はドラキュラーだ!」
「欧米か!?」って、このギャグも古い、古い・・・!

 丑の刻を過ぎますてェと、化け物はパタッと出なくなりま
したな。お侍は豪胆なもンですなア、大鼾(おおいびき)を
掻いて寝てしまう・・・。
 鴉(からす)カアで夜が明けます。
 本堂から出てきたお侍、お堂を振り向いて、
「評判倒れの古い化け物よのう・・、これに恥じて、二度と
出るでないぞ!」と豪快に笑いながら山門を潜る・・・。
 途端にパッと真夜中に戻って、辺りは真の闇・・・!
 中天より声あり、
「これでも古いか・・・!?」

 眉唾(まゆつば)という言葉がありますですねえ・・・。
 狐や狸が人を騙そうとするとき、まずその人の眉毛の本数
を読み取るといいます。それを防ぐために、何か怪しいこと
に出遭ったら、眉毛を読まれないように、唾で眉を濡らして
おく、というのが元の意味だそうですな。

 お次は、幇間(たいこもち)の一八でございます。
 旅の仕事の帰り道、人気のない箱根山を歩いておりますてェ
と、杉並木の間から、またまた、三つ目の大入道がぬーッと
出てまいりましたですよ。
 普通の旅人ならキャッと魂消るところですが、そこは海千
山千の幇間のこと、とっさに、《こいつを江戸に連れて行っ
て、見世物に出せば大儲け!》とソロバンを弾きましたな。
「ヨオヨオッ、三つ目の旦那ッ! お久しぶりで! いつ見
てもご様子が粋(いき)でいらっしゃいますなア・・・!」
 三つ目もつい釣り込まれて、
「う? お前、俺を知っているのかい?」
「何をおっしゃいますか、三つ目の旦那!? 一八をお見忘れ
でございますかい? お見忘れとは情けなや、情けなや!
幇間の一八でございますよッ!」
「う? お、おう、一八どんかい・・・」
「早く江戸へ帰ェって、また芸者でもあげて、ワッと騒ぎま
しょうよ。ねえ、三つ目の旦那・・・!」
 取り巻きながら、一八がひょいと見るてェと、脇を向いた
三つ目入道、眉毛に唾を塗っていました・・・!

 これは、若い男の旅人でございます。
 ある日道に迷って、果てしもない広い野ッ原(のっぱら)
の真ん中で、行き暮れてしまいました。
 辺りを見回すてェと、遥か遠くにポッツンと灯りが見えま
す。こりゃ助かったってンで行ってみると、一軒のあばら屋
で、驚いたことに、三十前後の美形(びけい)の大年増が一
人で住んでいるンですな。
 一夜の宿を乞うと、一部屋しかないので、並んで寝ること
を承知なら・・・、と快く泊めてくれましたよ。
 そして真夜中でございます。
 旅人がふと目覚めると、な、なんと、その色香ムンムンの
年増が、自分に寄り添うように寝ている・・!
 若い男ですから、こりゃあ、堪りませんな。
 グッと引き寄せると、女も抱きついてきます。
 ありがてェってんで、コトに及ぼうとすると、どういう訳
かうまくいかない・・。ホンのちょっとのところで、擂粉木
(すりこぎ)がナニから外れてしまいます。
 男が焦って何回トライしても、どうにもいけません。
 疲れ果てて、ついトロトロっとまどろんでしまった男が、
ハッと目を覚ますと、あばら屋はすっかり朽ち果てていて、
傍らに一本の壊れた唐傘・・・。
「あッ、破れ傘(やれがさ)の精か!? どうりで差せそうで
差せないわけだ!」

◆用語の説明
【武者修行】武術の鍛錬を目的として、諸国の武芸者を訪ね
歩くこと。仕官を求める浪人が行なうことが多かった。
【無住】寺を維持する住職がいないこと。
【子の刻】当時は1日24時間を2時間ずつ刻み、十二支の
呼称を当てていた。子の刻は夜中の12時頃、丑の刻は午前
2時頃。正午(しょううま)の刻は、今も正午という。
【カンラカラカラ】いわゆる豪傑笑い。昔、講釈でよく使わ
れた表現。『これを見るや、塙團右衛門、カンラカラカラと
打ち笑い・・・』といった具合。
【入道】出家するために頭を剃ること。転じて、坊主頭をし
た人。更に転じて、坊主頭の化け物。
【欧米か!?】売れっ子の若手漫才コンビ、タカアンドトシの
持ちネタ。テレビで毎晩やってますよ。
【鴉カアで夜が明ける】夜明けを表現する落語の常套句。
【幇間】ほうかん。たいこもち。取りあえず、『宴席などで
客の機嫌を取り結ぶ男の芸人』と説明しておきます。一八は
落語に登場する幇間の代表的人物。
【海千山千】海に千年住み、山に千年住んでいたのかと思う
ほど、経験豊富で世知に長けて(たけて)いること。
【ソロバンを弾く】損得計算をする。
【美形】美人。顔かたちが美しいこと。
【年増】江戸時代は、20歳を過ぎれば、もう年増。
【コトに及ぶ】あるコトを行なおうとする。えッ!? コトっ
て何ァに、ですって・・・? コトはコトですよッ!
【擂粉木】一種の棒。
【ナニ】一種の穴。
【唐傘】竹の骨に紙を張り、油を塗った雨傘。唐傘張りは、
定収のない浪人の内職でもあった。

 以上

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江戸小噺 その20   (風亭弥次郎 提供 2007.9.15)

 お馴染みの風亭弥次郎でございます。
 今更申し上げるのもナンでございますが、この夏のお暑
さ・・・、酷でェもンでしたな。
 弥次郎ンちの温度計なんか、40度までしか目盛りがな
い安もンですから、爆発炎上してしまいましたですよ。

 ところで、先日あるお座敷で、弥次郎が、
「こう暑くちゃ堪りませんな。箱根にでも別荘があれァ、
夏中涼しく暮せるでしょうなあ・・・!」
 と申しますと、お客様の株屋の重役さんが、溜息まじり
に、しみじみとおっしゃいましたな。
「いや、弥次郎君、それは違うぞ・・・! 昔から別荘と
妾(めかけ)は持つもンじゃないという。両方とも手間や
金が掛かる割りには、利用価値がないもンなのだよ」
 ・・・という訳で、今席は「お妾特集」です。
 何だかテーマの取り方が、強引過ぎるような気もいたし
ますが、ま、残暑お見舞いも兼ねてということで、お許し
いただきやしょう、ねッ!?

 大店(おおだな)の旦那衆の集まりがございましてな。
「越後屋さん、あなたは近頃、別宅を構えられたというお
噂ですが、誠ですかな?」
「おや、伊勢屋さん、さすがにお耳がお速い・・・」
「いかがですな、後学のために、ひとつ、その女性(にょ
しょう)なるものを、拝見させていただけませぬか」
「うーむ、他ならぬ伊勢屋さんからのお頼み・・・、実は
いま、この足で別宅に行こうと思っておりました。よろし
ければ、お伴(とも)いたしましょうか・・・」
「おッ!? それはありがたい!」
 てンで、一緒に妾宅(しょうたく)へまいりましたン。
 座敷へ座りますてェと、いかにも山出しの太った下女が
茶を持ってきたっきり、誰も出てまいりません。
「越後屋さん、いかがですかな、そろそろお手活けの花を
拝見させていただきたいものですな」
「それなら、先程お茶を持ってまいりましたよ」
「あははは・・・、トンだご冗談を・・・!」
「冗談ではありませんよ。あれが私の囲った女です」
「これは驚きました! ご本宅のご内宝は、本町小町と評
判のお美しいお方・・・。それに引きかえ、こちらは失礼
ながら、山出しの醜女(しこめ)・・・。誰が見ても、月
とスッポンでございましょう!?」
「うふふふ・・・、伊勢屋さん、あなたは、そのスッポン
の味をご存知ないのです」

 旦那がお妾と二人、酒を飲んでおります。
 お肴に慈姑(くわい)の煮物を食べようとすると、お妾
が肩をよせて、旦那の手を押さえましたな。
「旦那、慈姑はお止しなさいましな。慈姑は精を涸(か)
らすといって、毒でございますよ」
「むむ、そうか、毒なら食わずにおこう・・・」
 丼鉢に戻された慈姑、女をジロリと睨んで、
「毒はお前だろうが・・・!」

 江戸時代のお坊さんの多くは、仏教の戒律を守って、妻
帯をせず、アルコールも飲まなかったそうですな。
 しかし、それは表向き・・・、中には「大黒」と称して
お妾を置いたり、「般若湯(はんにゃとう)」とごまかし
て酒を飲む、不逞の和尚もいたようでして・・・。

 ある和尚が檀家から帰ってまいりますと、大黒が、
「お留守に、お国元の勘右衛門さんというお方が見えまし
て、また出直してくると申されてでした」
 和尚は慌てて問い返しましたな。
「な、なに、勘右衛門とな!? して、お前のことを、何ぞ
訊いたか・・・?」
「ご安心なされませ。お前は誰じゃと訊かれたので、いつ
ものように、妹と答えておきました」
「南無三! 勘右衛門はわしが兄貴じゃ・・・!」

◆用語の説明
【お座敷】芸者や幇間が呼ばれる宴席。ごくタマーには、
噺家にも口が掛かることがあるのです。
【後学】後になって役立つ学問や知識。
【別宅】常時住まっているのが本宅。それ以外の住居はす
べて別宅ということになるのだが、ワケありの女性を住ま
わせているのが、本来の別宅。
【この足で】出先から、自宅や勤め先へ戻ることなく、そ
のまま別の目的地に向かうこと。
【山出し】田舎から出てきたばかり。垢抜けない。
【手活けの花】自分の手で、自分の流儀に合わせて活けた
花。転じて、芸者や遊女を身請けして、自分固有のものと
した妻やお妾。さらに転じて、お妾の単なる美称。
【囲う】密かに個人の所有とする。転じて、お妾とする。
【内宝】他人の妻への尊敬語。内室、令閨とも。
【月とスッポン】天と地ほどの差があることの譬え。落語
『やかん』のご隠居によれば、正しくは「月と朱盆(しゅ
ぼん)」だそうな・・・。
【慈姑】水生の多年草。里芋に似た球根を、煮物やきんと
んにして食べる。慈姑のきんとんは、落語『百川(ももか
わ)』にも、華々しく登場する。
【精を涸らす】昔から、慈姑は体内の水分を減らし、精力
を衰えさせる作用があるという。
【妻帯】妻を持つこと。明治5年「自今僧侶の肉食妻帯、
勝手たるべきこと」という太政官布告が出されたが、これ
は政府の富国強兵策に基づく便法で、仏教の戒律を云々す
るものではなかった(・・・とされているらしい)。
【不逞】法を守らず、けしからぬこと。図々しいこと。
【南無三!】まずい! しまった!『その17』参照。

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江戸小噺 その21   (風亭弥次郎 提供 2007.10.15

 風亭弥次郎でございます。
 十月も半ばとなりますてェと、さすがに朝晩は冷え冷えと
してまいりましたですな。あの夏の暑さが、まるで夢のよう
に感じられる、今日この頃でございます。
 秋の味覚といえば、昔も今も、まず松茸でござンしょう。
 そのまま裂いて焼くもよし、飯に炊き込むもよし、むろん
土瓶蒸しにしてもよい・・・。
 味も香りも結構ですが、あの形が、ウフフン、何ともよろ
しいじゃござンせんか・・・。
 という訳で、今月は松茸特集といたしやしょう。

 柿と栗、これも秋の代表的な味覚でございますな。
 この2人が、・・・2人というのもおかしいですが、隣り
合った木に実った柿と栗が、話をいたしております。
「栗どの、あなたは実に羨ましい。薄物、厚物と着物を2枚
も重ねている上に、毬(いが)の鎧(よろい)まで着ていら
っしゃる・・・。私などは単物(ひとえもの)一枚・・・、
この寒さに顔を赤くして、震えておりまする」
「いやいや柿どの、そなたは単物でも着ていらっしゃるから
まだよろしい・・・。あの松茸などは、あんなに大きくなっ
たのに、褌(ふんどし)さえしておらぬ」

 三島由紀夫センセイは、ご自分が生まれた時の様子を記憶
されていたそうですな。『仮面の告白』というご本に書いて
ある、と伺ったことがございます。
 江戸にも、母親の胎内にいた時分のことを憶えている、と
言う子供がおりましたそうで・・・。
 いろんな人が面白がって、話を聞きに来ますですな。
「おい、坊や、お袋のお腹の中は、狭くて暑かったろう?」
「うううん、暑くも寒くもなかったよ」
「ふーん、それじゃあ、春か秋みてェなもんだな・・・?」
「秋だよ! 時々、下から松茸が生えてくるもン!」

 長患いをなさっておりました大家(たいけ)のお嬢様が、
涼風と共に、ようやく快方に向かわれましてな。
「竹庵先生、ありがとうございます。先生のお蔭様で、娘も
だいぶ元気になりました・・・」
「うんうん、よかったのう・・・。これからは滋養のある物
を食べて、精をつけることじゃな」
「はい。早速ですが、季節でございますから、松茸のような
ものは、いかがでございましょうか?」
「いかん、いかん! それはまだ毒じゃ!」
「おや、松茸はいけませぬか?」
「む、松茸か・・・? 松茸ならばよろしいが、松茸のよう
なものは、まだいかん!」

◆用語の説明
【薄物】紗(しゃ)や絽(ろ)など薄手の織物で作った夏用
    の着物。羅とも書く。絽⇒『江戸小噺 その7』参照。
【厚物】冬用の厚手の着物。
【単衣】裏地のついていない、夏から初秋用の着物。
【竹庵】藪井竹庵。落語に登場する代表的な町医者。
【精をつける】精といっても、この場合はセックス用の精力
       ではなく、元気、活力の意味。

 以上

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江戸小噺 その22   (風亭弥次郎 提供 2007.11.15)


 風亭弥次郎でございます。
 暦の上ではもう冬ということになりましたですが、この季
節は昔から、灯火親しむの候とか申しましてな、書を繙(ひ
もど)くにも、勉学に勤(いそ)しむにも、誠によろしいの
でございます。
 そこで、無学菲才の弥次郎が申し上げるのも、烏滸(おこ)
がましき次第ではございますが、今月は、ご贔屓のお客様方
にも、ちょいとおベンキョウをしていただこうと、ま、こう
いう訳でございましてな・・・。

 落語の大元(おおもと)になった本はなんだろう、という
お話になりますてェと、「そりゃ竹取物語だよ」「いや今昔
物語さ」と、これはまさに諸説紛々でございましてな。
 しかし、大方の説は、元和年間(1620年頃)安楽庵策
伝(さくでん)というお坊さんが編んだ『醒睡笑(せいすい
しょう)』をもって、落語本の祖としております。
 『醒睡笑』には、室町から安土桃山時代を中心に、巷で収
集した滑稽話、風流話一千余話が残されておりましてな、中
には、落語『子ほめ』『寝床』『宗論』『てれすこ』などの
元になった小噺も載っておりますですよ。

 今席は、この『醒睡笑』から、ごく分かりやすいお噺を数
話選び、仮名遣いのみ新かなに直して、原文のまま、ご披露
することにいたしましたン。
 お客様方のごベンキョウのために、今回は【用語の説明】
を一切つけませぬ。ざっとお読みいただいて、分からないと
ころは、ご自分でお調べ下さいまし・・・。
 えッ! 弥次郎の手抜きだろうって!? トンでもない!
灯火親しむの候ですぞ! おベンキョウ、おベンキョウ!
 では、まず『巻之一の一』から申し上げやしょう・・。

 そら言をいう者を、などうそつきとは言いならわせし。さ
ればにや、うそという鳥、木のそらにとまりいて琴をひく縁
によせ、そらごとをうそつきというよし。

「わらんべは風の子」と、知る知らず、世にいうは何事ぞ。
ふうふの間のなればなり。

 小僧あり。小夜ふけて長棹(ながざお)をもち、庭をあな
たこなたと振りまわる。坊主これを見附け、「それは何事を
するぞ」と問う。「空の星がほしさに、うち落さんとすれど
も落ちぬ」と。「さてさて鈍なるやつや。それほど策がなう
てなる物か。そこからは棹がとどくまい。屋根へあがれ」と
いわれた。お弟子はとも候え、師匠の指南ありがたし。

 ある人銭(ぜに)を埋む時、「かまえて人の目には蛇に見
えて、わが見る時ばかり銭になれよ」というを、内の者聞き
居て、銭を掘りてとりかえ、蛇を入れて置きたり。くだんの
亭主、後に掘りて見れば蛇あり。「やれ、俺じゃ、やれ、見
忘れたか」と幾度もなのりつるこそ聞き事なれ。

 客来るに亭主出て、「飯はあれども麦飯じゃほどに、いや
であろうず」という。「われは生得(しょうとく)、麦飯が
好きじゃ。麦飯ならば三里も行きてくおう」という。「さら
ば」とてふるまいけり。またある時くだんの人来る。「そち
は麦飯好きじゃほどに、米の飯はあれども出さぬ」という。
「いや、米の飯ならば五里行こう」とてまた食うた。

 旅人、在所の者に、「この川をば何とかいう」。「あいそ
め川」と答う。「さらば、これを染めてたべ」とて手拭を出
す。すなわち受取りて水に入れ、ひろげわたす。「何とも色
はないの」。「いや、水色に染まりて候」と。

 ◆角川文庫『醒睡笑/上巻・下巻』より抜粋しました。

 以上

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江戸小噺 その23   (風亭弥次郎 提供 2007.12.15)


 風亭弥次郎でございます。
 こりゃ、驚きましたですなあ・・!?
何がって、あなた、もう師走半ばでございますですよ。
 ついこの間、「明けましておめでとうございます」って
ご挨拶したばかりですのにねえ・・。
 月日(つきひ)の経つのは、速いものですなあ・・。
 そうそう・・・、そう言えば、「月日の経つのは速い」
という小噺があるンでございますよ。
 今席はまず、そのお噺から申し上げやしょう・・。

 お日様、お月様、それに雷様、三人揃って旅をいたしま
してな、最初の夜、宿を取って一つ部屋に寝たン。
 するてェと、雷様の鼾(いびき)がすごい・・・。
 ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロゴロッ! ガガーン!
 夜っぴて家鳴り震動ってな塩梅で、お日様とお月様は、
それこそ一睡もできない・・・。
「月さん、こりゃ堪りませんな」
「日ィさん、雷公と一緒の旅は、御免蒙りましょ!」
 てンで、二人は早々に出立してしまう・・・。
 後に残された雷様、お昼近くにやっとお目覚め・・・。
「これ、番頭さん、連れの二人は、どこにいるんだい?」
「お二人様は、とうにお発ち(おたち)になりました」
「なに、とうに発ったとな・・・!? うーむ、月日のたつ
のは早いものじゃなあ・・・!」

 噺のオチを解説するてェのも、誠にヤボなことですが、
このオチは、「発つのが早い」と「経つのが速い」を掛け
た駄洒落になっているのでございます。
 ご通家のお客様は先刻ご承知でしょうが、落語界では、
この言葉のもじり、駄洒落によるオチを『地口(じぐち)
オチ』と呼んでおりますンですよ。
 地口オチの落語や小噺