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「エリート教育のすすめ」
同社取締役、専務、ブリジストンサイクル(株)代表取締役会長を経て、
目次 ご紹介
はじめに
第1章 エリート教育の阻害要因とその対応策
低下する一般教養を向上させるには
競争原理に欠ける教育現場の活性化対策
疑問点の多い受験競争
死にかけている教育委員会を蘇生させるには
第2章 エリートのための国語とは
これほどひどい明治以降の「国語改革」
国語教育に残る敗戦後遺症
(補章)知っておきたい日本語の生い立ちと特色
第3章 小学校児童の基礎学力を向上させるための「特別コース」私案
古典に親しむ基礎をつくるための「国語特別コース」
国際舞台で戦える人材を養うための「英語特別コース」
第4章 世紀の発明を支えた「一般教養」の役割
エリート教育に恵まれた北里柴三郎
漢籍を究めた長岡半太郎
湯川秀樹の発明を導いた東洋哲学
演劇、落語を愛した朝永振一郎
自然とのふれあいによって養われた福井謙一の直観力
アガベー(愛)から生まれた西澤潤一の研究
美を追求する数学者たち
東洋思想にかけられる世界の期待
第5章 エリートにとっての「反戦平和」とは
小学校教科書にみる「反戦平和」の怪
反戦映画にみるおさだまりの戦争観
エリートに求められる平和建設活動とは
戦争の引き金になる民族の移住
第6章 道徳教育は可能か
「修身」から「道徳」へのおぼつかない足どり
宗教的情操の涵養は可能か
他人の目をおそれる現代人
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人生の複雑さに耐えるということ
--このたび明成社から「嵐の中の灯台」が発刊の運びとなりました。これは道徳教育が欠落
している今日の教育の現場ー家庭や学校ーの状況に対して教材を提供し、世に一石を投じよ
うと企画されたものと伺っています。そこで本日はこの本の監修に当たられた石井先生、小
柳先生になぜ、今、この「嵐の中の灯台」なのかーその発刊の経緯あるいは背景と内容のポ
イント等についてお話いただきたいと思います。
石井 道徳は人間形成の道標と成るものですが、戦後は親も教師も道徳を教え込むのに熱意
を欠く風潮になっています。また、現行の教科書をみると、道徳形成に大きな役割を持つ国
語や歴史の教科書の内容に問題があります。たとえば、日本の国柄や国民性を正しく教えよ
うという意図に欠けており、「反戦平和」をテーマとしたものでは、「怨恨」が主題になっ
ている。すなわち、過去の戦争では自分は被害者で、振りかかってきた不幸を呪う、という
ような内容で、そこには何のドラマもない。
--戦争観がいびつになるとともに子供たちの精神形成にも悪い影響を及ぼすわけですね。
石井 精神構造が告発型になるんですね。自分を哀れな被害者において怒りと怨みをいつま
でも募らせる。自分は一切悪くない。悪いのは他者であり社会であり国である、と。
これではまるで左翼の革命兵士を生み出す教材といわざるをえません。
小柳 おっしゃるような思想的な偏向は目にあまるものがありますが、それと共に私はそ
の単純さが許せないんです。自分だけが正義で他を悪として告発するというのは、人間ある
いは人生を善悪二つに単純化し抽象化しすぎている。これはまさに全体主義の温床となる思
考方法ですね。
しかし、現実の具体的人間一人一人の人生は決して単純なものではない。実際の人生は複雑
そのもので単純に割り切れるものではない。その人生の複雑さに耐えること、これこそ人間
の成長のバロメーターといえますが、そのことを的確に指摘なさったのが皇后陛下でした。
陛下は平成10年の「橋をかける」(原題)「子供時代の読書の思い出」というご講演の中
で、子供たちに読ませるべき文章の在り方の基本をお示しになりました。
「読書は私に、悲しみや喜びにつき、思いを巡らす機会を与えてくれました。本の中には様
々な悲しみが描かれており、私が自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く
傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした」と述べて、「読書は人
生のすべてが決して単純ではないことを教えてくれました」とおっしゃっています。
つまり読書を通じて人生のいろんな喜び悲しみに触れて「こんな人生があるんだ」というこ
とを子供たちに経験させることが大切なのですね。
教えるべきは血の通った人間の物語
--今のお話で思い起こすのは昨今の凶悪犯罪を引き起こしているいわゆる十七歳の少年たち
のことです。「人生の複雑さに耐える」という訓練がなにもなく、衝動的行動に走ってしま
う。まさに人間や人生に対するイメージが単純すぎるという気がします。
小柳 今の教育は個人の自由ということが強調されて、一人一人の生き方は自分で決めなさ
いという教育です。本当は人間の生き方は人類の歴史文化の積重ねを吸収した上に成立つも
のであって、そういう土壌がなかったら個性なんて花が咲きようがないわけです。しかしそ
れを教えないで最初から個人の自由で、といわれる。当然子供はどうしていいかわからない。
その結果、考えられないような衝動的行動に走ったりする。つまり”十七歳”の背景には歴
史を失った戦後日本というものが色濃くある。日本人としての生き方に自信を失ってしまっ
たというのが、すべての問題の根本にあると思いますね。
石井 巨視的にみると、これからの時代はものによって満たされない、広くいえば心の時代
に入っていくと思いますね。人々が精神的な充足を求める時代になってくる。そういうとき
にあって、人々の感動を呼び起こすような物語というものは教育的に大きな意味をもってく
ると思います。
とくに小学校段階では、「物語日本史」のような人間ドラマを教える必要があると思います。
人の心を打つような物語を教えて、そこに居合わせたような臨場感というか、胸がわくわく
するような歴史と出会う。そういう歴史教育が小学校で行われなくてはならない。戦前はそ
うだったんですよ。ところが、戦後、GHQの指導で物語はノーで、実証的な歴史でなけれ
ばならなくなった。その結果、小学校の歴史の授業はつまらない暗記物になってしまった。
血の通った人間の物語としての歴史をしっかり教えるべきです。
小柳 この本の中には「五人の庄屋」「通潤橋」「稲むらの火」など、いわゆる庄屋
さんの話が出て来ますが、戦後の教育では、階級史観が幅を効かせてしまって、庄屋は百姓
から年貢を搾り取る悪だというような図式でしか人間を見なくなってしまった。実際にはこ
れらの話に出てくるように自らの使命に生きた立派な庄屋さんもおられたのにそれを見よう
ともしなかった。これでは人間がわからなくなるのは当然です。
「歴史を美化するのは危険だ」というような人がいるけれども、決してそういうことではな
い。現実にあった美しい人間の姿を子供たちにそのまま伝えたいということなのです。その
ことによって、いままでまったく見えなかった世界が見えてくるのです。
--自分に自信がもてず、かつ人間を信用できない、という青少年が多いように思われますが、
こういう文章に触れることで、人間って大したものじゃないか、とか、感動するべき人間が
いるんだなあというような何かが、”信”を取り戻すことにつながるような気がしますね。
小柳 これは今回は取り上げていませんが、先日のロシアの潜水艦事故の報に接してすぐに
思い出したのが、佐久間艇長の話でした。明治43年に海軍の潜水艇が訓練中事故に遭って
沈没します。引き上げられたとき、乗員は皆整然として部署についたまま絶命、艇長の佐久
間大尉は薄れゆく意識の中で事故に至る詳細な経過を手帳に記録していた。という世界中を
驚嘆せしめた事件です。その崇高な死に感動して書かれたのが夏目漱石の「文芸とヒロイッ
ク」という文章です。
人間は愚かで醜い存在だけどもー漱石の小説はそのことを追求したともいえるわけですがー
一方に自分の命よりももっと大事なものに命を捧げることができる、すばらしい存在である。
そういう人間の美しさを確認させてくれた感動とよろこびを漱石は書いている。
人間には醜さと美しさの両側面がある。ところが、今の教育では一方のエゴイストとしての
醜い側面からしか人間をみない。そういう矮小化された人間観によって歴史が歪められてし
まっている。もう一方の崇高な人間の生き方を示した歴史に光を当てる契機にこの「本」が
なればと思います。
道徳律ではなく、味わい経験することこそ大切
--歴史は理解することではなく、味わうものである、と小柳先生は御著書のなかで言ってお
られますが、とこのところをちょっと。
小柳 たとえば、この「本」の冒頭に「嵐の中の灯台」という話が載っていますが、この話
から使命感に生きるというようなテーマが読み取れたたとします。しかし、それを道徳律と
して捉えてしまうとだめなんですね。そうではなくて、この物語の中の女の子やお父さんの
心の動きを辿っていってこそ感動はあるわけです。その感動が感動を呼んでいくのです。
--今の若い親や教師たちが反発するのはそこなんですね。道徳を何か特定の価値観の押し付
けというふうに捉えてしまう。しかし、そういう徳目を教えるというのではなくて、文章を
子供たちと一緒に味わう中で感得していくということが大切なわけですね。
小柳 感動を抜きにした道徳律の提示ではそれこそ押し付けとなってしまうでしょう。そこ
にドラマがなくてはならない。そのドラマを経験することによって、子供たちは人間の生き
方というものを感じるわけです。つまり頭で理解するのではなくて、心に浸透していくとい
うような形が理想なのではないでしょうか。
石井 その意味ではやはり味わうに値する文章が必要です。今回の「本」は明治の半ばから
終戦直後までの「修身」と「国語」の教科書から題材を選んだわけですが、そのなかには、
修正を加えないと分りにくいものもいくつかありました。
小柳 題材はいいとしても文章がよくない。教科書にはもっと美しい文章で書かれた教材が
欲しいですね。
石井 教科書の執筆者のなかに、明治中期以降の文語文軽視の影響を受けた人が少なくなか
ったからでしょうね。美しい文章を書くには文語文の素養が必要です。口語文というのは文
語文の素養があってこそしっかりしたものになるのです。
---中略---
親子三代の断絶を埋めよ
小柳 子供たちはそういう言葉の力というものに敏感なんですね。何が真実で何が嘘か、見
分ける能力をもっている。
石井 戦後は偽りの言葉、偽りの世界観が跋扈した。その実例が現行憲法や教育基本法の前
文ですが、その虚構性を多くの人が感じているのではないか。青少年の心の空虚感は根本的
にはそこに由来していると思われます。
小柳 偽りの言葉によって私たちの心が縛られてしまっている。そういう偽りの言葉を断ち
切って自分の言葉で話す人間になろう、ということなんですね。
今日、「平和」とか「自由」とかいう言葉が宙に浮いた薄っぺらなものに聞こえるのは、真
心から出たものではないからなんですね。自分自身の経験に裏打ちされた言葉でない。です
から今回の「本」では真心の、ありのままの心というものが読み取れるような題材と表現に
気を付けたわけですが、自分の言葉を取り戻すんはそういう真実なものに心が触れたときに
起ってくる感動を大事にしなければなりません。
それには周囲の大人がそれに感応する姿勢でいることが必要です。ことに家庭では母親の役
割が大きい。母親が自信をもって子供に語りかけてやることです。
-- この本の事務方の担当の話では、作品の選定や文章を練る過程で実際に家庭で試しても
らうモニターを何件か行ったところ、母親が子供に読ませようとする意識ばかりが働いてい
るような場合には子供は興味をもたないのですが、母親自身がまず感動して「ああ、これは
いいな」と思って声を出して読んでやれば子供たちも興味をもって一緒に読んだというよう
な事例が沢山あったようです。
石井 子供たちは物語が大好きなんです。今、小学校六年で教えている日本史は、無味乾燥
の社会史だから歴史好きの子供は育たない。私が子供のころは名物教師がいて、講釈よろし
く歴史物語を語って、終業の鐘が鳴るのが惜しいくらいでしたよ。
小柳 結局はいま石井先生がおっしゃった教師の情熱ですね。それが子供たちの心を揺さぶ
ったのです。そういうドラマを取り戻したいというのがこの「本」の目的の一つです。
石井 家内が孫たちに神話や歴史物語の絵本を読んでやると興味津々で聞いています。だか
らこの本も世に広く受け入れられるのではないかと思います。
小柳 問題は教える側の姿勢ですね。先生の奥さんのように自信をもってお孫さんたちに思
いを込めて語って聞かせればきっと効果があると思いますね。膝の上に載せて抱きながら語
ってやるとか、添い寝しながら読んでやるとか....。
石井 そういう光景が家庭内で日常になったら、変な少年の事件など起こりっこない。
小柳 ですから問題は子供ではなく親や教師にある。
石井 戦争に負けて歴史が断絶し、世帯をつなぐ絆がとぎれてしまったことが問題です。
小柳 この本の副題には「親子三代で読める」とありますが、その断絶を乗り越え共感の世
界が蘇ること。それこそ日本の精神復興の核となると思います。
-- この本の装幀や挿絵に、童画などで有名な西島伊三郎先生のお力添えをいただいたと伺
っております。西島先生のほのぼのとした美しい挿画はこの書物を手にしていただいた方々
にきっと喜んでいただけることと思います。本日はまことにありがとうございました。