『歴史は繰り返す』 2008.08.07 小野 喜也 (昭33経)
2007年9月の安部の政権投げ出しの後、福田内閣が発足しましたが、この内閣の
本音は小泉内閣とは正反対の性格を持つ事はは当初から明らかでした。したがって
以後は、演説館での愚見表明は休載していました。
以来10ヶ月、短命を取り沙汰させながらも福田内閣は幾つかの危機を乗り越えて、
内閣改造に踏み切りました。来2009年の衆議院選挙を戦うための備えであり任期満
了に先立つ解散権の行使のタイミングを巡る、与党内および野党との駆け引きは、
これから大詰めへと向います。
現在の日本は民主主義国家であり、国民の選んだ代表者が政治を行い、行政を指
導する建前になっていますが、実際には政策の立案は公務員が行い、国会審議を不
要とする政令・省令などを通じても公務員が国を支配をしています。
内閣の閣僚は本来、所轄の省を指揮監督する立場ですが、部下はすべて公務員で
すから、公務員の書いた脚本の通りに演ずる役回りとなっています。
敗戦後、長期政権を担った吉田内閣から公務員出身の総理大臣が続いていた間に、
公務員組織は拡大強化され、閣僚は短期間で入れ替わることが続いていたために、
今ではマイナス面が大きい構造が続けられています。
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」とのジョン・アクトンの有名な
格言の通り、民主主義国家では主権者である国民へ行政サービスを行うべき公務員
は、自己権益の拡張を行動原理とするよう次第に堕落して、年金の管理すらまとも
には行われていなかったことも明らかになりました。
小泉内閣が突破口を開いた行政改革は、安部内閣の腰砕けから福田内閣の後戻り
へと続いて、公務員集団と族議員が息を吹き返しているのが現状でしょう。
昨年7月の参議院選挙における自由民主党の大敗と民主党の躍進には、米の値段
を国際価格と懸け離れた高値に押し上げて来た農業政策を、国際環境の変化から維
持出来なくなって一気に値下げとした大失敗への、農村部の自民党離れが大きく影
響しています。 WTO会議を見れば明かですが、日本の農業保護政策はとうの昔
に世界の非常識となってしまっています。 では、日本の農業生産性を高め、食料
自給率を高め、国土利用率を向上させる施策は考えられているのでしょうか?
農産品の輸出などの努力は散見されますが、高齢化して後継者の少ない農業危機
に対する、根本的な構造改革案は見えていません。
前例の無いことが、公務員組織の中から生まれることは期待出来ません。
1991年ソビエト連邦の崩壊から18年近くを経過して、国際環境は大きく変化しま
した。ユーロ統一は進み加盟国は増加を続けています。中国・インドの経済発展は
大きく前進しました。それぞれの国が国益の増大のための大きな変革に努めていま
す。この変化にチャレンジする指導者が日本でも必要とされています。
1993年の細川内閣以来、公務員出身の内閣総理大臣は現れなくなりましたが、
公務員出身の政治家はまだ多く、大臣の中にもいます。公務員組織は省庁統合はじ
め各種改革をくぐり抜けて依然として強大であり健在です。
江戸時代の末に、西欧の帝政諸国の植民地争奪戦の中で、極東の島国「日本」は
それまでの鎖国政策の転換を迫られていました。
産業革命による蒸気機関を中心とした技術革新で、軍事力を増大させた欧米諸国
は、中東、アフリカ、南アジア、東南アジアと植民地化を拡大し、中国大陸では清
国政府と紛争を起こして、香港・マカオを長期租借し不平等条約を結び、遂に徳川
幕府は1854年鎖国政策を大転換し開国しましたが、1868年には崩壊しました。
戊辰戦争を経て成立した明治政府は、国際環境に適応して植民地化を避け、独立
国家として存続するための、大改革を行いました。
それまでの支配階級であった武士は大量失業となり、命がけで守って来た藩は
「廃藩置県」、魂とも思われていた日本刀は「廃刀令」で禁止され、チョンマゲは
断髪へと、先祖代々からの習慣風俗も大きく変えたのです。 23年かかりました
が、国会を開き憲法を定めて近代国家となりました。
これからの日本が必要としている改革は、これほどのものではないでしょう。
しかし、これまで通りでは済まないことも確かでしょう。変化を怖れていたのでは、
じり貧となり世界ランキングは様々な分野で低下を続けることは明らかです。
日本を覆っている閉塞感の原因はここにあります。
国家公務員33万人のうち21万人は地方勤務で国の事務・権限の執行等を行っ
ていることをご存知でしょうか? 国の出先機関見直しについての中間報告「出先
機関の実態把握」を地方分権改革推進委員会は8月1日金曜日に決定しました。
日本国の研究 不安との訣別/再生のカルテ 編集長 猪瀬直樹
http://www.inose.gr.jp/mailmaga/index.html 508号をご覧ください。
自民党では各省の政策棚卸し作業が始まり、河野太郎さんが議長を勤めていて
文部科学省の政策棚卸しの結果が公表されました。 何が問題なのかご覧下さい。
http://www.taro.org/policy/post_3.php
どの道をどの様に進むのか? 衆議院議員選挙で国民の一人一人が誰に投票する
かで決まります。 物価上昇、賃金停滞と家計が圧迫されている状況の中で、どう
せ投票をしても何も変わらないさという、ノンポリ型は減少しているかと思われま
すが、さて、どうでしょうか?
政権が交替すれば、すぐに難問が解決するとは限りません。選挙結果によっては
既存政党の再編成が起る可能性は、早くから取り沙汰されています。
ここから1年の間に、選挙権を持つ全員が、私たちの将来を左右する決断を迫ら
れます。一人でも多くの人が、視野を世界へ大きく拡げ、歴史と将来へ考えを巡ら
せて、最良の判断をすることを願っています。
「亀の甲より年の功」 2007.08.25 小野 喜也 (昭33経)
この言葉にご記憶にある方は、私どもの世代には多いと思います。
子供の時分の世の中には、敬老の日などありませんでしたが、年寄りへの敬意は
日常のものであり、「長幼の順」という社会の秩序が存在していました。 若さ
は経験と知識の不足による未熟さを意味し、年寄りの積重ねられ練られた経験と
考えに価値を置いていた社会であった時代でした。
このことは、人類の歴史を手前から辿ってみても、世界共通の普遍的な社会の
在り方ではないかと思われます。生まれてから一人前として認められるまでの間
は、保護され教えを受ける立場に置かれる人間が、社会に役立つ仕事を持つよう
になっても、少なくとも10年の経験を積まなければ、先人を越える仕事をこな
せないのが通例であると考えられます。
戦争に負けてからは、占領軍の日本骨抜き政策が6年間続いて、憲法・民法は
がらりと変わり、財閥解体、農地改革、公職追放、婦人参政権などなど戦争前の
社会を根こそぎ変える政策が進められたことはご承知の通りです。この流れの中
で古い世代への敬意は薄れて、若さを礼賛する風潮が強められたと考えられます。
明治維新もまた大きな社会変化の境目でしたが、この様な変化に適応すること
は年寄りは苦手で、若い世代が新しい流れに乗って活躍する時期であることは世
界共通です。占領が終わってからも、経済復興に注力し高度成長政策により二桁
成長を続け、人口の大都市への大移動により、地縁・血縁と離れた大量の日本人
は、古さよりは新しいことを追いかけることに熱中していたと思われます。
平和の到来で一気に増えた子供たちは、団塊の世代としてこの風潮を歓迎して、
成長するにつれ次々と社会変化の中核の地位を占めて来ましたが、彼らも次第に
還暦を迎えようとしています。
バブルを生み出し、はじけた後の対応のまずさで長期低迷状態に落ち入ったこ
とで、多くの人々は、世の中がこれまでの流れとは変わりつつあることに気付い
て来ました。
社会情勢が混乱して、それまでの価値基準への信頼が薄れ、将来が見えなくな
ると、何処の国でも必ず過去を振り返えることで、新しい進路を見つけようとす
る動きが始まります。
「昭和レトロ」という呼び名で高度成長時代の入り口を振り返ることが起きたの
には驚きました。その辺りは自分の社会人としてのスタートをした時期ですから、
古いこととは思えませんが、その後に生まれた人たち40歳以下の人たちにとっ
ては歴史的なことなのです。
社会に出てから不況の中だけで10年以上を過ごして来た人たちもいます。
就職の時には夢にも思わなかった、大会社のリストラと称する人員整理や合併が
多発しています。
今では、公務員や大会社への就職が一番人気から滑り落ちて、資格を取得して
組織に支配されない人生を歩みたいという指向が、若い世代に広がりました。
しかし、中高年世代には惰性で生きる層は常に存在しますし、体験からしか思考
をしない層も少なくありませんから、このような変化は緩やかに進むでしょう。
経済成長率が一桁しかないことは、これからも長く続くと考えられますし、そ
れは世界中を見回せば珍しいことではありません。そのような変化率の低い社会
では、どのような変化が起きて来るのでしょうか。
過去の経験と幅広い知識が役立つことになりますので、「亀の甲より年の功」
との評価が甦る可能性があります。ただし、その評価を得るためには中高年層は
世界的な情報革命であるインターネットを使いこなす必要があります。
コンピューター自体は機械に過ぎませんが、その操作の仕方を身に付けて組織
と社会全体の変化をリードする気概と能力がないと、「年の功」として蓄積され
ている知識と体験を活かすことと伝えることが難しく、宝の持ち腐れになってし
まいます。
機能を理解すれば、操作は補助者に委ねても良いのですが、操作が出来ないた
めに、機能を理解し使い方を考えられないというケースは無数にあります。
残念ながら歴代総理大臣も、三選を果たした東京都知事も大企業経営者の中に
もIT戦略の重要性は認識しながらも、自らが操作し機能させ方を把握していると
は言えないのが現状でしょう。
財政を再建するためにも経済成長率を高める必要がありますが、国際競争の激
しい中では、工場生産において到達している生産性の高さに比べて、オフィス部
門の生産性はかなり見劣りする状態に留まっています。
オフィス部門の生産性向上を妨げているのは、税務をはじめ所管官庁による許
認可制度により義務づけられた膨大な報告義務であり、ファイリング・システム
の常識を身に付けていないまま、コンピューター利用も徹底出来ていない管理体
制にあります。
社会保険庁のような職務怠慢は論外ですが、全員が使用するべく配置されてい
るパソコンを操作したがらない人たちは、公務員にも民間企業にもまだまだ多い
と観測しています。衆参両院の議員には国家予算でメール番号が与えられていま
すが、使おうとしていない人がいます。
このことは、個々人の生産性向上だけではなく、全員が使いこなすことによる
生産性向上がどれほどの大きなものか、イメージが出来ないリーダーが多いこと
を示しています。
「亀の甲より年の功」の活用にもコンピューターの活用が不可欠です。
「呉善花 ヨンソンファ」さんの著作を読みましょう。
2007.06.02 小野 喜也 (昭33経)
拉致問題が小泉前首相の北朝鮮訪問で明らかにされて以来、それまで拉致はあり得ない
として来た日本の社会主義者とその同調者は、一斉に批判攻撃の対象となりました。その後、
北朝鮮による長距離ミサイル発射実験、さらには核開発問題と、日本の安全を脅かす行為が
次々と行われて、北朝鮮問題への国際的な関心も高まりましたが、その後の六カ国協議の場
では、日本の主張は後退を余儀なくされています。
その第一の理由は、米国ブッシュ政権がイラクにおける戦後処理が進展せず死傷者が増え
るばかりで、イラク政策への批判が高まり、中間選挙でも民主党に敗北して議会の主導権を
奪われた事態を背景に、政権誕生以来の北朝鮮への強硬姿勢を一気に軟化させたことにあり
ます。テロ支援国家の指定からも解除しようということですから、拉致問題の解決への道は
厳しくなっています。
この間、六カ国協議を報じるニュースの中で、韓国政府の姿勢が日本の主張を支持するよ
りも、中国や北朝鮮寄りの発言をしていることに、お気付きの方は多いと思います。
しかし、韓国のノムヒョン大統領が2002年の当選以来進めている国策が、北朝鮮との統一
であり、「反米、反日、親北朝鮮路線」を突き進んでいることを、かっての拉致問題と同様
に日本のマスコミが報道していませんから、朝鮮戦争以来の親米親日の路線が継続している
と誤解している日本人が数多くおられます。
その韓国から大東文化大学と東京外国語大学に留学し、現在、拓殖大学国際開発部教授
である「呉善花 ヨンソンファ」さんの名前をご存知でしょうか? 小生は恥ずかしなが
ら知らなかったのですが、過日、交詢社の例会で講演があり、その講演録が会報に掲載さ
れたことなどから、学友と先輩から教えられました。
韓国人として成人され、日本に長く滞在して日本についての知識も深い「呉善花」さん
の在学中に発表した韓国人ホステスに関するルポルタージュ『スカートの風』が最初に話
題を集め、著作はその後毎年多数が刊行されていて、『攘夷の韓国 開国の日本』は山本七
平賞を受賞しておられます。
その文化人類学的な韓国国民と日本国民の古代から連なる民族感情や習慣などを深く研究
された見地からの著作は、これまでのマスコミの報道は元よりのこと、学校教育でも日本人
の著作でも知らされることのなかった、韓国への理解を深めさせてくれるものだと思われま
す。ウィキペディアの著作紹介をご覧ください。http://ja.wikipedia.org/wiki/呉善花
小生は『韓国の暴走』小学館文庫(533円+税)をまず読みました。2004年に発表され
たものですが、韓国のノムヒョン政権が誕生した当時の状況と、ノムヒョン政権が何を目指
しているのか、日本人総てが発刊時点で読むべきであったと感じました。
日本の安全保障の上からも国際社会の常識からも、とんでもない方法で、南北統一によ
る朝鮮民族の国際的地位の向上強化へ向けて、金小日主席を礼賛しているのです。これで
は拉致問題も核開発問題も追求しない姿勢は当然です。
金大中政権以来の北朝鮮への太陽政策を継続しているのかと思ったら、とんでもない間
違いで、ノムヒョン政権は親北朝鮮の社会主義者の政権です。韓流ブームなどと浮かれて、
韓国の政府までもが親日だなどと思っている人たちには是非読んで頂きたい本です。
社民党、共産党以外の国会議員の方々には必ず読んで頂きたい本です。外務省をはじめ
公務員の方々は読んでいる方々の多いことを願いますが、民主主義国家にとっては歴史的
な諸問題を含めて「情報公開」が極めて重要であることへの認識を深めて頂きたいと願い
ます。 米国に飛び火した慰安婦問題など国際社会で堂々と反論し論破しようとしないの
は何故なのでしょうか? 河野元官房長官談話が歴史的事実を解明せずに、韓国の騒ぎに
対して頭を下げたのが不思議です。中国と韓国がことあるごとに「歴史へ認識」問題を日
本批判の種にしていますが、二つの国でどのような歴史教育が行われているかを伝える報
道はほとんどありません。戦後の韓国歴代政府は徹底した反日教育を行っていて韓国人は
その影響下で育っていることが書かれています。
「韓国の暴走」をリードしているノムヒョン政権は幸いにして、経済政策の破綻を主たる
理由として、国民からの支持は大きく後退し低迷して、与党ウリ党は今年12月に迫った
大統領選挙での後継候補すら未だ定められない状態にあります。野党ハンナラ党は李明博
・前ソウル市長と朴槿恵・前党代表が有力候補ですが、良い形で連携して大統領の座を占
めてくれるでしょうか。いずれにせよ来年の2月から新大統領の打ち出す政策で韓国は進
むことになりますので、重大な関心を持って推移を見守る必要があります。
一方、米国大頭領選挙はブッシュ政権の支持率低下により、常になく予備選挙の前哨戦
からの報道が増えています。共和党は苦しい戦いとなる可能性が高いと見られています。
米国の政権が強固なものとなり、中東の諸問題を解決して北東アジア政策を新たに展開
することが出来るか否か、国際社会の中で日本は今後どのような方向へ進むべきであるの
か、深く考えるためにも、「呉善花 ヨンソンファ」さんの著作を読みましょう。
「適齢期とは?」 2007.05.31 小野 喜也 (昭33経)
「適齢期」という言葉は、「結婚適齢期」として使われることが一般的です。
元来は結婚をすることを認められる年齢に達した女性を指すように使われていましたが、
社会状況の変化に伴い、晩婚化が広まり高齢未婚者の増加によって「結婚適齢期」は死
語と化しつつあります。
結婚についての意識が変化していることには、様々な背景があると思われますが、
人間という生き物も他の生き物と同様に、生まれてから死ぬまでの期間はおおよそ限ら
れています。「結婚適齢期」という社会的認識は希薄化しても、生物学的な「出産適齢
期」は厳然としてあります。また相当な体力を必要とする「育児適齢期」もあるでしょ
う。
人間の細胞は生まれる前から時々刻々と、老廃と再生を繰り返していますが、次第に
成長しやがては病い、いずれは死を迎えます。「生老病死」その人生の過程の中には
年齢に応じた「適齢期」が沢山あって、それらの「適齢期」を積重ねていると考える
ことが出来ます。
その意味において「適例期」とは、その期間の中ですることが最良の時であり、後か
らでは間に合わない、あるいは上手く出来ないことを指す言葉でもあります。
「三つ子の魂、百まで」と古くから言われていますが、人間の大脳の根幹の部分は、
三歳までに形成されるそうですから、この期間を親がどの様に育てるかによって一生
が左右されるということになります。後からの手直しは不可能なのです。
人の一生の中で、どの期間に何をするべきか? 「適齢期」を考えることは大切だと
思います。
「基礎能力育成/適齢期」
始めは本人にとっては記憶の無い期間であり、自己責任はありませんが、人間は
自立して生きて行けるようになるまで、長い期間が必要です。
保育園、幼稚園と送り迎えをされている間は「基礎能力育成適齢期」と言えるで
しょう。家庭内での教育を中心として、これから生きて行く社会に適応出来るような
体力と人間関係についての基礎的な能力を身につける「適齢期」です。この時期から
音楽やスポーツの訓練も行われていますが、中心として親の指導が必要です。
「基礎学力・体力構築/適齢期」
小学校へ進むと学問が始まります。読む書くための国語は考える能力の基礎でもあ
ります。その他すべての科目は文字で読み、言葉で説明を受けますから、国語は最重
要科目です。算数も自立するために必要不可欠な学力です。1〜3年の低学年で基礎
学力を築くことは重要です。基礎が弱くては建物は高く作れません。
4〜6年には学内の友人との交際も変化して来て、親から自立しようとする「反抗
期」でもあります。近年では中学受験のための塾通いが広がっていますが、学力と同
様に体力も基礎作りの「基礎学力・体力構築適齢期」です。
子供は次第に周囲の環境を眺め、自分の環境と比較をし、自我を形成していきます。
ここまでの基礎を築く期間は全体として、親が直接指導をする責任が最も重たい期間
でしょう。過保護と甘やかすだけでは、自己中心で我慢も辛抱も出来ない人間となり
後からの修正はほとんど出来ません。近年は「猫っ可愛がり」を戒める言葉が聞かれ
なくなり、我慢と辛抱の出来ない人が増えています。
「自立養成/適齢期」
中学生は子供から青年への移行期間です。江戸時代には10歳で奉公に出ました、
親元を離して生きるための業を身につけるための訓練を他人に任せました。武士社会
では男は15歳で元服という儀式があり、以降は髪型も変え刀を腰に差して一人前と
して扱われました。中学生は一人前として扱れることを好み、自分なりに考えたり表
現が出来るようになる期間です。一人前扱いをして自立を促す「自立養成適齢期」です。
教育の基本は子供が一人でも生きていけるようにするための訓練です。自立したが
る自然の意欲を大切にして、少しづつ自己裁量の幅を拡げて自分で考え判断し行動を
する訓練を行います。放任するのではなく、少し離れて見守りながら危険は警告し、
困難にはアドバイスを与える、難しい舵取りの期間です。
「自己確立/適齢期」
高校生ともなると、男女で違いはありますが、身体的には大人並みに成熟し、精神
的には未成熟な幼さが残るバランスの良くない期間となります。早く大人になりたく
て背伸びをする期間ですが、学力も思考力もまだまだ情報の蓄積量が少ないのです。
この期間に熱中して獲得した、学力と知識は生涯の持続が可能であり極めて重要です。
部分的には大人の水準を越える力も出て来ますので、指導の最も難しい期間でしょう。
「自己確立適齢期」と言えます。
高校までは殆どの子供が進学するようになっている日本ですが、これから先の進路
の選択は別れます。少子化で大学へは誰もが入れる状況にはなりましたが、何を何処
で学ぶかは、卒業後の生き方を大きく左右する選択となります。
「自己基礎能力確立/適齢期」
一流大学、一流就職先への単線的な指向は崩れはじめています。大企業はもとより
公務員についても、一度入れば定年まで安泰な生活が保証される制度は崩れつつあり
今後は更に進行することでしょう。採用選別の方法も変化しています。
親の経験はもう、そのままでは通用しませんので、親は新しい状況を見極めるため
の情報収集に努めて、不十分な情報で偏りがちな子供に伝えなければなりません。
学ぼうとす知識の方向と、その場所を定めたらば、猛烈に集中ををすることで生涯
記憶に残る蓄積をすることの出来る「自己基礎能力確立適齢期」です。
この文を読んでいる方々は、すでに社会人となっておられる方々が多いと思います
ので、ここまでの夫々の「適齢期」をご自分がどのように過ごされたかをご記憶でし
ょう。あの「適齢期」を自分がどのように過ごしたか、不満足な場合には修正を試み
ることは可能ですが、「適齢期」に行ったようには出来ません。
これまでの「適齢期」に獲得して来た能力の範囲内で、将来を選択することになり
ます。この原則は先々も同じことで、歳をとるほど選択の幅は次第に狭まることにな
ります。
浪人や落第もありますが、遅くとも25歳までの期間には、一人でも生きて行ける
能力を身に付けることが必要であることは、国際的な基準でしょう。様々な事情から
より厳しい早期の自立を迫られる人は、少なからず存在します。
「職務能力基礎構築/適齢期」
学業を終えて仕事に就いたら、最初の3年間はその仕事の基礎を確実に会得するこ
とが必要です。上司からの指示が有る無しに関わらず、目一杯の努力が先々を左右し
ます。手抜きは総て自分自身の将来に跳ね返って来ます。「職務能力基礎構築適齢期」
です。仕事の種類にもよりますが、だいたい10年間で仕事に通じ部下を指導するこ
とも出来る水準に達します。この土台の強さと高さは生涯を支えてくれる職業的知識
と体験になります。
フリーターの道を選んだ人たちは、この適齢期の過ごし方の選択が正しくなかった
ことを痛感している人が多いようです。救済策も行われようとしていますが、適齢期
を逸したことは、取り返えしはつかない事例の一つであると考えられます。
仕事を持つ社会人は、単なる知識だけではなく、様々に複雑な人間関係を上手に捌
くことも必要です。学校では教えてくれなかったことも、この期間には身に付けなけ
ればなりません。前例がなく誰からも教えて貰えない事柄にぶつかることもあります
が、ヒントや智慧を掻き集めてでも解決することしかありません。応用能力を求めら
れる時にこそ、これまでの「適齢期」を如何に過ごしたかの勝負所となります。
仕事を持つ社会人は、仕事に大きく主要な時間を当てることになりますから、自由
な時間は少なくなります。毎日の細かな時間を自分自身のために使う工夫が必要とな
り、それを生活習慣としたいものです。休息も気分転換も必要であり、その方法がそ
れから先を左右することになります。仕事一筋で良い場合もありますが、お勤めの場
合には仕事を離れた先のことを考えると余暇をどのように過ごしたかで制約が生まれ
ます。 交際の範囲も社内と同業だけでは視野が広がりません。学友でも誰でも一芸
に秀でた人物との定期的な交際を常に心がけることをお勧めします。
「自己能力発揮/適齢期」
管理職となり経営の一角を占めるようになり、あるいは独立をして全責任を取るよ
うになって、人生の最も躍動をする「適齢期」を過ごすことになります。 結婚をし
子供を育てることも同じような期間で重なります。「自己能力発揮適齢期」です。
この適齢期にどのような花を咲かせることが出来るか、それはこれまでの適齢期
をどのように過ごして来たかの種子と土壌に掛かっています。水やりも肥料も重要
ですから、補強修正は常に行わなければなりませんが、人生の最大の勝負所です。
「自己実現/適齢期」
やがて、仕事を退く時期がやって来ます。勤め人であれば定年、自営であっても
後継者へのバトンタッチが必要となります。これまで仕事に振り向けていた大きな
時間帯が一気に不要となりますので、その時間を如何に使って充実した生活を送る
かが問題となります。 これまでは、やりたくても出来なかったことを新たに手が
ける人もおられますが、より多くの人は青年期に馴染んだことを再開したり、これ
までの趣味を拡大させます。組織を離れ個人としての「自己実現適齢期」となりま
す。
人間の寿命というものは平均値はありますが、個々人については予測が出来ませ
ん。これまでの夫々の「適齢期」での実績の上で活動を続けて、終わりを迎えるこ
とになります。そして棺に入った時に人間としての生涯への評価が確定することに
なります。
自然界に生きるものとして、当然の流れではあり道筋」でありますが、とかく
人生の「道筋」は振り返る者には見え易く、これから向かう者には見えにくいもの
です。長いと言えば長く、短いと言えば短い人生も「適齢期」で刻んで見ると、よ
り適切な対応がしやすくなるのではないかと考えられます。
来年、卒業50周年を迎える歳となり、同期生は総て古希を過ぎました。より
古い卒業生の先輩方もまだまだお元気ではありますが、後輩のこれから成長過程
に入られたり、活躍期におられる方々の、自らの人生と、お子様がたの人生を如何
により良いものにするか、人生の「適齢期」をお考え頂くためのご参考になれば幸
いです。
「パリよりボンジュール」 MCJP館長便り No.8 2007.04.10
国際交流基金:パリ日本文化館 館長 中川 正輝(昭39経) 記
山下泰裕氏とフランスの3都市を巡回して
不動の人気を保つ柔道
日本武道館より一回り大きなベルシーのスポーツ会場がほぼ満員になり、選手の動きに応
じて割れるような大歓声が頻繁にあがるのが毎年2月に開催されるフランス国際柔道大会の
模様である。初めて観戦する日本の柔道関係者は一様にフランスにおける柔道の人気に感嘆
し、かつ羨望の思いすら抱き、いったいこの国の柔道への揺るぎなき人気の秘訣はどこにあ
るのであろうか? と自問するのである。日本の美的様式がフランスに及ぼした様子に”ジャ
ポニズム”と言う言葉を当てたのは1872年フランスの美術評論家フィリップ・ヒュルティー
とのことであるが、このような造語を口にする必要もなく、正に日本の文化そのものが受け
入れられ日仏交流の大きな架け橋となったのが柔道であると言える。
フランス柔道連盟に登録し柔道の稽古に勤しむ数は56万人、サッカー、テニスに次ぐ第三
位の位置づけであり、実際の柔道人口はおそらく連盟登録人数を大きく上回るものと推測さ
れる。この柔道を題材とする企画をフランス柔道連盟と我々の母体である国際交流基金の全
面的協力を得て実施できたのは、パリ日本文化館開設10周年事業の一つとして意義深いも
のであった。
三大都市で大歓迎を受ける
フランス柔道連盟と一年がかりで計画を練り、この2月初め山下泰裕氏を招きマルセイユ
を皮切りにパリ、ボルドーの3都市で実技指導と講演会を開催した。結果として併せて
2,700人程の参加者を得て大きな成果を納めた。私は本企画の共催責任者の一人として一週
間にわたる全行程を同行し、日々山下氏の人柄とフランスにおける柔道の人気に接しながら
学生時代に励んでいた柔道と改めて向かい合う貴重な機会を持った。成功の要因は既に述べ
たこの国における柔道の不動の人気とフランス柔道連盟の全国的な組織力、加えて山下氏の
気負いの無い透き通る様な人間的魅力にある。初めて世界選手権を手中にしたのもパリで、
フランスには30数回訪れている山下氏も「現役を引退して20年余りにもなるのに、私が
居ることでこれだけの人が集まってくれたのは驚くばかりである」と述べておられる。因み
にマルセイユでは南仏一帯をカバーする PACA地域柔道リーグの会長自らが采配を振り実技
指導に子供たちを中心に約1,000人が参集、後援会には地方議会の本会議場が提供され議長
自らが歓迎と開会の辞を述べた。パリでは柔道の指導者のみを対象として150人が仏柔道連
盟本部の大道場に集結、山下氏と同行した1981年の中量級世界選手権覇者である中西氏(
東海大学助教授)の指導を熱心に受けた。その夕刻、パリ日本文化会館での後援会で、フラ
ンス人として初めて世界選手権(1975年)を手中にし、山下氏とも数度対戦実績があるフ
ランス柔道連盟のルージェ会長は「盟友山下氏を招きパリ日本文化会館と共に斯様な企画を
実施することはこの上ない喜びであった」と述べ、日仏親善の盛り上がりを見た。ボルドー
ではアキテーヌ地域柔道リーグの会長主導の下、何とマルセイユを上回る1,200人が参集、
講演会の部はボルドー大学の大階段教室でボルドー大学学長自らが歓迎の辞を述べ、講演後
のカクテルも主催していただいた。
心に残る山下氏の言葉
優しいまなざしを欠かさぬ山下氏の表情からは、全日本選手権9連覇、世界選手権3連覇、
加えてロサンジェルスオリンピック金メダル獲得等輝かしい実績を残し、国際試合では一度
も負けを知らぬ不屈の柔道家の印象は微塵も受けない。しかしどの世界でも非凡な人間に共
通するように、話を交わすに連れて意志の強さと明確な目的意識が接する人にオーラを感じ
させるのである。親が腕白で手に負えない小学生であった山下氏を町道場に連れて行ったの
が柔道との出会い、そして講演の中で自らが次のように語る中学時代の恩師の教えがその後
の人生の基礎になったとのこと。
「柔道の覇者になるには余程努力せねばならぬ。だから誰でも出来ることではない。しかし
柔道だけではなく人生のチャンピオンになることを目指すべき、これは努力すれば誰にでも
出来る」 真に示唆に富む言葉であることが聴き入る人々の表情からも伺えた。
山下氏は中学時代の作文で将来オリンックに出て日の丸を掲げたいと記したが、選手を辞め
たら柔道の指導者になりたいと更に書き加えた由。
恩師の教えを尊び、柔道の創設者嘉納治五郎の意図した柔道の教育的効用を咀嚼して正に行
動しているのが、母校東海大学教授の傍ら、全日本柔道連盟理事、国際柔道連盟教育コーチ
ング理事、かつNPO法人柔道教育ソリダリティー理事長を勤める今の山下氏なのである。
フランス人の感ずる柔道の魅力とは
冒頭の設問に戻ろう。揺るぎなき柔道への人気の理由は何かと良く聞かれるが、私はいつ
も次のように答えている。
* 理にかなった体捌きに審美感を認める。これがフランス人の美的感覚を刺激するもので
ある。(美的要素を持つ格闘技)
* 人の道を築くことを目標とする柔道の精神性がフランス人の気質に合う。(知的要素)
* 個人競技ゆえこつこつと励むことが、個人主義的色彩の強いフランス人には都合が良い
が、同時にクラブにおける仲間意識も育成される。(個人競技と仲間意識の共生)
* お金がそれほど掛からないスポーツである。(戦後フランスも決して裕福でなかっただ
けに、経済性は無視できない。
他方、シドニー五輪覇者(2000年)フランスのデヴィッド・ドーイェ氏の言「フランスで
柔道が盛んなことに欠かせぬ理由に母親の役割がある」も然りである。柔道の持つ規律と
礼節さが子供の育成に多大な効果があると見て、母親が子供たちを柔道クラブに入会させる
のであるとのこと、創設者嘉納治五郎師範が聞いたらフランスは正に日本の柔道の正当な継
承者であると言うのではなかろうか。
後段 2題を省略しました。
パリで接した日本の舞台芸能
”棟方志功展ー大原美術館コレクションより”を終えて
以上
「マイクロソフト-終わりの始まり」 2007.01.24 小野 喜也 (昭33経)
「ウィンドウズ・ビスタ」発売開始を目前にした1月24日、NHK 総合テレビ
の「クローズアップ現代」は、独占ソフト 発売の波紋〜新ウィンドウズ発売〜
と題する報道を行いました。
これまで長らくマイクロソフトの横暴極まる商法に、憤りをもってマッキント
ッシュ「Mac』製品の使用を続けて来た者にとって、あのNHKがこのような報道
が行ったことに、快哉を叫んで祝杯を上げたい気分です。
話の発端は「ウインドウズ・ビスタ」の発売後は、直前モデルである「ウィン
ドウズXP」のサポートを2年で打ち切るとの方針をマイクロソフトが出したこと
にあります。新しいOSは新しいパソコンで使えということです。
しかも、これまでのパソコンでは「ウインドウズ・ビスタ」をインストールして
も使えないということが判明して、ユーザーからの苦情が殺到したようです。
中央官庁から学校にいたるまで広範囲からの苦情に直面して、マイクロソフト
は「XP」のサポートを5年延長し2014年まで行うと発表しました。この2014年
までのサポートは、欧米で発売した業務用のOSでは既に採用されている期間だ
そうです。
まことに日本のユーザーを馬鹿にしたような販売政策であり、95%という
独占的な市場シェアを許して来た日本政府も舐められたものです。
そもそもパソコンのOSについては、1980年代に日本で坂村健さん(慶應義塾
大学理工学部 昭49工、51工修、54工博)が「TORON」の開発に成功して、
世界中に無償で提供するとしました。
ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/坂村健)には当時の著書も掲載
されています。この偉大な発明と世界への善意に満ちた行動に、慶應義塾中等部
同窓会の仲間として、多いに感激し感銘を受けたことを。昨日のことのように鮮
明に記憶しています。
しかしながら、この「TORON」を富士通の当時の山本社長が応援したのに
対して、その頃は国内パソコンの50%のシェアを持っていたNECは、これを
ライバルと見て潰しにかかりました。一度は全国の公立学校へ「TORON」搭
載のパソコンを普及させようとする動きも政府部内に生まれていましたが、今
度はなんと米国の商務長官でしたか通商代表でしたかの女性高官から、日本は
パソコンソフトの貿易障壁を設けて、アメリカ製品を閉め出そうとしているこ
とはケシカラン。と見当違いのクレームを付けて来ました。
当時、繊維製品の対米輸出問題で揉めていたのに頭が一杯だったのか、コン
ピュータのことなど何も分からなかったのか、政府も公務員もアメリカとの摩
擦を恐れたのか、この学校への「TORON」の導入は沙汰やみとなりました。
「TORON」自体も圧殺されたかのように忘れられてしまったのです。
しかし、今では「TORON」は無償のOSとして、携帯電話、カーナビなど
で広範囲に使われるようになり、坂村健東京大学教授の唱えるユビキタス社会
は広く産業界に歓迎されています。「Linux 」が大勢の専門家が参加するオー
プンリソースとして作り上げられ、マイクロソフトの独占商法への対抗手段と
して開発が進んだのに対して、坂村さんはそれ以前に独力で開発した「TORO
N」を、アメリカも含めて世界中に無償で提供しているのです。
坂村さんからは、「いまさら昔のことを言わないでくださいよ。」と言われ
そうですが、この政治家と公務員さらには一部の民間がからんだ「TORON」
潰しも、その後のウィンドウズの大躍進に繋がっているのです。
中国政府はより賢明でした。政府機関のパソコン導入に際しては最初から
「Linux 」を採用しました。アメリカの世界支配に対抗する国家戦略からし
て当然の選択とも言えますが、日本政府が国産技術を潰してしまった選択と
は対照的です。
日本も近年にいたりようやく、ウィンドウズ依存ではまずいという正論が
中央官庁の一部から上がっていましたが、今日の「クローズアップ現代」を
見ると、地方自治体や学校では次々と変わるソフトを購入し、更にパソコン
をも購入するだけの予算が無いという状態だそうです。これまでどれほどの
公費がマイクロソフトに吸い取られたことか、と思います。
かくして、経済産業省はこれまでの「ウィンドウズ奨励策」を大転換して
無償ソフトである「Linux 奨励策」へと180度の転換をしたとのことです。
この「失われた20余年」の無念を思うと、このことを書かずにはいられ
なかったというところです。
マイクロソフトの商法は、アメリカでの独占禁止法の訴追を、クリントン
政権時代に政治献金とロビー活動で逃れ、欧州での訴追には敗訴しても控訴
して争っています。マイクロソフトの正体がどのようなものかを、今度とい
う今度は、日本でも多くの人々が認識したことでしょう。
500億ドルもの個人資産を手にしたビル・ゲイツ氏の王国は、もはや
「グーグル」の攻勢に対抗出来ません。そのアコギな商法を裁くのは、司法
ではなくユーザーになると思われます。
「ウィンドウズ・ビスタ」を使うために、パソコンも買換えるユーザーが
どれほどいるのでしょうか? 「ウインドウズ98」発売時の熱狂的な人気
とはほど遠い反応になると観測しています。
会員の皆様の多くはマイクロソフトのOSをお使いだと思います。
コンピューターの専門家もおられます。専門家の方々は小生のような文系
出身の単なる利用者よりも、はるかに様々な業界事情にお詳しいと思いま
す。しかし、多くの方は最初からマイクロソフト支配の環境を、何の疑問
もなく、使っておられると思います。
たまたま、マイクロソフト支配の以前からパソコンを使っていた素人と
して。「おごる平家は久しからず」独占的な支配でパソコン市場を制覇し
ているマイクロソフトの「終わり始まり」であると感じています。
しかし、個人で「Linux 」を使うためには、サポート会社がないので壁が
高いという問題があります。いずれは新しくサポート会社が出現するかも知
れません。そうなれば関連ソフトを作成するサードパーティも追従します。
ビル・ゲイツ氏に絞め殺されたライバル企業は数多くありますが、技術を
パクられて追い込まれた「Mac」は、創業者スティ−ブ・ジョブスがトップ
に戻ってから健闘しています。
「i-Pod」の大成功の波に乗って、パソコンでも「ウィールスの攻撃の絶え
ないウィンドウズより、安全なマックを!」という攻撃的な広告を出し始
めています。(ウィールスの作者には、ビル・ゲイツ氏に恨みや反感を持つ
専門家が多数参加しているという噂は、古くから絶え間なくあります。)
正直なところ日本の「Mac」商法には近年マイクロソフト的な商法が散見
されていて、長年のユーザーとしては窓口へは不満と苦情を申し入れていま
すが、「Linux 」を使えない以上は、「Mac」の方が「ウインドウズ」より
も、よっぽど使い勝手は良いのです。「Windows XP」をお使いの方は、買
い替えるのなら、これからは「Mac OS X」をお使いください。
追加情報
「Firefox」というブラウザがあります。「Linux 」と同様に世界中の専門家
が多数参加してオープンソースで開発しています。
Firefox 2 http://www.mozilla-japan.org/products/firefox/
「Netscape」というブラウザは、かってはトップ・シェアを持っていました
が、マイクロソフトに侵略されて縮小しまた。しかし、今でも健在です。
Netscape日本 http://wp.netscape.com/ja/
例によって、マイクロソフトの「Internet Explorer」から検索しても、この
アドレスには繋がらず、アドレスを直接打ち込んでも表示されない仕掛けが
されています。つまり競争相手は徹底的に叩くという商法です。
国産の表計算ソフトも、日本語ワープロソフトの数々も、このマイクロ
ソフトのOSを押さえた排他的商法に駆逐されてしまったのです。
これは独占禁止法に抵触する商法であると考えても不思議はありません。
これに対してマッキントッシュの「Safari」というブラウザからは「Firefox」
へも「Netscape」へも、アクセスしダウンロードして使うことも出来るのです。
ビル・ゲイツ氏よりもスティーブ・ジョブス氏に対して親近感を抱くのは、
小生だけでしょうか?
「統一地方選挙で棄権してはいけない」
2007.01.24 小野 喜也 (昭33経)
4月の統一地方選挙に向けて、各地方自治体における選挙準備が本格化しています。
2007年から実施される知事・指定都市市長選挙は、12都道府県・4市へと
増えました。都道府県議員選挙では44、政令指定都市議員選挙では15、が同日に
行われます。
福島県、和歌山県、宮崎県と続々と県知事が逮捕された官製談合問題については、
入札制度に一般競争入札を採用すると表明した県がありますが、まだ改革を明らか
にしていない都道府県もあります。
住民に対して課税の権限を持ち、教育、福祉・医療をはじめ生活に密着した地
方自治体の運営を担う首長と、施策・方針を討議する議員の選挙は、原則として
4年に1度しか行われません。
国家財政と同様あるいはそれ以上に、放漫な行政により地方自治体の財政状況
は、大きな負債を抱える危機的な状況にあります。夕張市の財政破綻が全国的に
大きな関心を集めましたが、それ以上あるいは同様の問題を抱えている地方自治
体は数多くあります。
危険な財政状況にある自治体から、より安全な自治体へ移動出来る人たちは、
助かるかもしれませんが、移動出来ない人たちはそれによって益々生活が苦しく
なります。
私たちは、まず住んでいる市や都道府県の財政状態をよく知らなければなりま
せん。都道府県であれ市町村であれ予算/決算は議会の承認決議を経ていますか
ら、広報誌には掲載されていますしホームページで見ることも出来ます。
日頃は「大船に乗った気分」で、そんなものを見なくても、船の底から水が入
って来たり沈没するようなことはないだろう、という従来の考えは変えなければ
ならない時代に入りました。
ちなみに、東京都大田区と中央区の財政の一部を比較してみると次の通りです。
大田区 人口総数 681,287人(2007年1月)
18年度予算 歳入/歳出 206,792,145千円
福祉費 95,140,377千円 (46.5%)教育費 21,215,676千円(10.3%)
中央区 人口総数 102,431人 (2007年1月)
18年度予算 歳入/歳出 64,139,881千円
民生費 13,181,313千円(20.6%) 教育費 7,895,895千円(12.3%)
人口は大田区が6倍半以上多いのですが、歳入/歳出額は住民一人当たりでは
半分以下しかありません。人口構成をさらに見れば福祉・教育という地方自治体
の担う主な支出で、受益者の受ける金額の格差が推定できます。
自分の生活に追われて、自治体の広報誌を読む時間もない人もおられるかもし
れませんが、ほとんどは他人事のように軽視してきた、これまでのツケは確実に
回ってきているのです。まず、首長候補のそして議員立候補者の、財政状況の説
明と対応についての考えを尋ね、より良い選択の上で投票をしなければなりませ
ん。
国政選挙と同様に地方選挙でも、棄権率が高いと一部の組織化された人たちに
とって都合の良い、首長と議会とが生まれ結果の負担は棄権者へも等しくかかり
ます。割り勘の宴会で食べ物も飲み物も少ししか口に出来ないようなことが、棄
権者の立場なのです。
2007年1月11日発行の「週刊文春」に猪瀬直樹氏の「地方債250兆円の
借金列島——道路・土地・住宅の『隠れ借金7兆円』で『夕張化』する町」とい
う記事が掲載されました。住民は危ない自治体から“逃げる権利”があり、また
そこに居住しつづけるなら“監視する責任”が生じる。逃げる場合でも、監視す
る場合でも、自分が住んでいる市町村や都道府県の経営の実態を知らないと不可
能だ。と説いています。 猪瀬氏の「日本国の研究」というサイトに全文が掲載
されていますので、ご紹介をします。http://www.inose.gr.jp/mailmaga/index.html
日本の総人口は減少を始め、回復の見通しはまだありません。
「限界集落」という言葉をご存知でしょうか? 過疎化・高齢化の進行によって、
人口の50%が65歳以上となり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難に
なった集落のことを指します。国土庁の行った調査(199年)で約2000の集
落が山間部と離島の限界集落とされています。
これは田舎だけの話ではなく、東京や大阪の近郊に建設された大きな団地でも
同様な状態が進行しています。まず子供が減り幼稚園、小学校、中学校が順番に
閉鎖され、開業医は高齢化して後継者はいない、とゴーストタウン化へと進んで
います。税収の挙がらなくなった地域の住民を支えるのは、周辺の住民の納める
税金しかありません。
財政再建のかけ声が叫ばれてから、行政の無駄をなくす必要性を意識した人は
多いと思われますが、そのためには個々人の選挙での投票が重要な影響を生むと
いうことを理解していない人が、まだまだ沢山いることを投票率の低さが示して
います。
統一地方選挙で棄権をしてはいけません。
私たち一人一人の生活と、子供たちの生活を守るために、日頃から国政だけでは
なく、地方自治体の財政状況にも関心を持って注目することが必要です。
『情と筋 政治のあり方』 2006.12.03 小野 喜也 (昭33経)
郵政改革法案の採決に際して、反対の立場を貫いて否決し、国民にその是非の判断を
委ねた衆議院選挙で、自由民主党を離れて立候補し当選した人たちの復党への議論が行
われました。
復党問題の端緒は、来年の参議院選挙で与党側が過半数を確保出来るかどうか、その
ために無所属で当選したいわゆる造反議員の、各選挙区における影響力を自民党内に取
入れようというものであると報道されています。また小沢民主党党首が自党へ取込もう
する動きへの防衛策だという観測もあります。つまり、衆議院議員選挙で落選した人た
ちは対象外の復党問題となっています。
論議の中で復党への条件として、幹事長が掲げた誓約書の提出などの条件に対して、
それではひどすぎる政治には「情」も必要だとする意見と、いや、政治は国民の付託に
対して「筋」を通さなければならないとする意見が対立しました。
『情に棹さしゃ流される、理に働けば角が立つ、とかくこの世は住みにくい』のではあ
りますが、まあまあ、なあなあの仲間内の妥協の積み重ねで全員一致を取りまとめてい
る、日本の古くからの集団意志決定方式の根深さを考えさせられます。人ごとではあり
ません、ほとんどの日本人は幼少の時期からこの習慣の中で生きて来ています。
しかしながら、小泉内閣の推進した改革を圧倒的多数で支持した国民の願いは、行政
の腐敗と無駄を正すための改革です。小泉内閣は改革の大きな突破口を開きましたが、
既得権を守ろうとする勢力は依然として強大です。様々な改革法案が成立しても、何と
か骨抜きをしようと頑張っています。この執念は個々人としてよりも集団の利害として
働いているので、正に「情」と「利」の固まりです。
顔の見える範囲、帰属する集団に対して感じるのが人と人との「情」であり、利害が
密接に絡んでおり、それに対して、個性をお互いに意識することが出来ない数の人間集
団を動かすのが「筋」です。
大義名分を明らかにし、大勢の人たちの支持を得なければ、あの戦国時代であっても
大軍を動かすことは出来ませんでした。
政治は「筋」で動かすべきであり、そこに「情」を持ち出して来たことに、情けなさ
を感じます。この意見を唱える人には主張するべき「筋」がないのではと疑われます。
政治の分野から東大出の公務員経験者の数は減少を続けています。天下りとは言いま
せんが、公務員から政治家へ進んだ人たちが戦後の政治をリードしてきました。しかし、
総理大臣は宮沢喜一さんを最後に、以後8人目の安部さんまで私学出身が続いています。
国会議員の数も同様の傾向にあります。自治省出身者の多い県知事も各県で噴出する不
正事件から、次第に少なくなると思われます。
慶應義塾の塾員で国政の場で活躍する人の数が、次第に増えているのは結構至極では
ありますが、今回の「情と筋」の主役はいずれも塾員です。
自民党幹事長/中川秀直さん(昭41政)、自民党政調会長/中川昭一さん(昭53東大
ー昭61特選塾員)、平沼赳夫さん(昭37法)。それぞれのご意見と行動は皆様ご存知
の通りです。結局、造反議員の復党は認められ、平沼さんは無所属に留まり、安倍内閣
への支持率は低下しました。
麻布高校から東大法学部政治学科を経て、日本興業銀行に就職し、昭和58年に衆議院
議員に初当選した中川昭一さんが、昭和61年に特選塾員になられた経緯は判りませんが、
福沢精神の理解度が違うのではないかと気になります。
小泉さんは復党諒承論で安部さんを激励したとのことです。マスコミの論調と彼らの
行った世論調査は、復党に批判的です。政治の世界では偏狭な学閥などは無い方が良い
のですが、さて、この問題を皆様はどうお考えでしょうか?
やはり、塾員議員には党派を越えて、福沢精神を基本とした行動をと願っています。
「軍事音痴から抜け出そう!」 2006.11.21 小野 喜也 (昭33経)
日本の常識、世界の非常識と言われることは様々にありますが、軍事についての
基礎知識が日本人には不足している状態が続いています。
近年ようやく国の存在の基本要件である、安全保障について議論が出来るように
なりましたが、国民の身体・生命・財産の安全を守るためには、国内の治安の維持
と同時に周辺諸国と世界の軍事情勢への考察と議論に基づく、施策が必要です。
外交と防衛も、他の諸問題と同様に国家公務員に任せているのではなく、国民の
一人一人が世界の常識に沿った、正しい知識を持って議論に参加し、投票へ反映さ
せなければならない問題です。
インターネットはもとよりのこと、科学の最先端技術は世界各国では、まず軍事
利用の中から生まれます。このことは銅や鉄の使用の始まった太古の昔から変わり
ません。最先端技術の動向は資本主義社会ではただちに、株価の上下する材料とな
りますから、投資に関わる人には極めて重要な知識です。
日本の新聞では読めない軍事情報も、ネットの上には日本語でも数多く出現し誰
でも読めます。限られた時間で多くのサイトを見ることは難しいでしょうから、こ
こでは一つだけご紹介します。
Technobahn
発信者 株式会社テクノバーン (英文表記:Technobahn )
投資の世界を通じた、科学とテクノロジーと軍事情報にお目通しされるよう
お勧めします。
世界を騒然とさせた北朝鮮の核爆発実験は、国連での非難決議がなされま
したが、この「北朝鮮問題」のページも上記のサイトの中にあります。
アメリカの金融封鎖や日本の経済制裁の進行で、北朝鮮の中国への依存度
はますます高くなりましたが、鴨緑江に沿って北朝鮮と長い国境線を持ち、
自国内に大勢の朝鮮民族を抱えている中国にとっては、北朝鮮での混乱を避
け現状を維持しながら、次第に支配下に組み込むことが上策であり、その基
本線に沿って行動しているように見えます。
国境沿いの軍隊を増強して、体制崩壊の混乱に備えながら、工業施設に対
しては援助し技術者を送り込んで、支配の強化に努めています。延命に必死
の金体制に対してアメリカ・カードを使っているとも見えます。
日本の核武装論議は検討すら口にしてはならないという、タブー体質がま
だあることを案じて、「非核三原則」堅持を安部首相がAPEC会議の合間に
中国にまで明言しましたが、これは来年の選挙を意識しての言動でしょう。
アメリカは中国に対しては、北朝鮮が核武装をすれば日本も核武装へ進む
ことになると、ジャパン・カードを使ったと見るのが常識で、その流れによ
って主要閣僚と党幹部の「核論議」必要論のアドバルーンが上げられたと読
めます。
アメリカは日本に対しては、ライス長官が来日して安全保障の堅持を確約
して、第7艦隊の洋上訓練を行うデモンストレーションを行いながら、迎撃
ミサイルの実戦配備のスケジュールを繰り上げて、日本の防衛力強化のため
のミサイル輸出の規定路線を推進しています。日本に対する北朝鮮カードで
す。
この第7艦隊の洋上訓練中に空母キティ・ホークに中国海軍の原子力潜水
艦が接近したことから、米国議会で騒ぎとなっています。中国は航空母艦の
中古を香港のダミー経由でロシアから輸入し、大連で磨き上げ更に同型艦の
建造もしていて、搭載用の戦闘爆撃機をロシアから購入します。
インドも航空母艦をすでに保有してさらに増やそうとしています。これが世
界の現実です。軍縮どころか軍拡に熱心な国々とも貿易をしなければ、国が
成り立たないのが日本の置かれている現実です。
国益を追求して虚々実々の駆け引きの行われているのが世界なのです。
財政破綻に直面している日本が、軍事力強化に当てられる予算は限界があ
ります。であればこそ、限られた国力の中での最善の安全保障の確保に努力
する必要があり、そのためには国民の「軍事音痴」からの脱却と、政治への
反映を目指す必要があると考えています。
以上
「地方自治体の腐敗を正せ 」 2006.11.05 小野 喜也 (昭33経)
地方自治体の不祥事が奈良市と和歌山県とで立て続けに明らかになりました。
この内の一つ奈良市の環境整備部の職員が過去5年の間、様々な病気の診断書を
提出して、病気休暇を繰り返し出勤は8日しかせず、約2,700万円もの給料を受
け取っていた事件です。
ところが、10月23日付の朝日新聞(朝刊)の報道した記事では、奈良市役
所がどうしてこのような職員の存在を認めていたのかは判りませんでした。
そして、10月26日の社説で、初めてその職員が部落解放同盟奈良県連の役員で
あったことが明らかにされました。
一方、週刊新潮(10月26日発売)11月20日号では、この職員が部落解
放同盟の幹部であり、休暇中に妻が社長を務めている建設会社に市の工事を受注
させるべく市役所へ圧力をかけていたことを詳細に報じています。
これまでにも繰り返されて来た、新聞が書かない事実を週刊誌が先に書き、そ
れに追従して新聞が報道するというパターンです。
奈良市は報道後の市民からの苦情と抗議の殺到もあり、当該職員の解雇と市役
所幹部、市長の減給を含む処分を発表しましたが、次の市長選挙まで目が離せま
せん。
民主党議員が辞職に追い込まれ前原党首の辞任にまで及んだ「偽メール事件」
は、個人のブログによる報道が端緒となり、さらにテレビのバラィティ番組が引
き継いで先行して新聞が従った事例となりました。
一度、誰かから公表されれば、新聞も書かなかったことを書くようになるとい
う例です。ブログの急速な普及で同様な事例が続く可能性が出てきました。
なぜ、新聞は真実を報道しないのか、日本の新聞の問題点はこれまでにも様々
な人から指摘がありますが、記者クラブ制度に安住して独自の調査取材が少なく、
広告を通じて取材源への配慮があり、行政の主導する審議会へ委員を送ったり等
々の長年の護送船団的な体質があります。
また、現場を調べ記事を書くのは入社後一定期間の若い時期だけで、記者もま
た新聞社の会社員として、管理職から役員への出世を目指す社内人事構造に問題
があるのかも知れません。アメリカなどでは記者は記者、編集は編集と部門によ
る専門家として、年齢に関わらずそれぞれの職務を続けていて、そして何よりも
報道の使命は、行政の独走に対して歯止めをかけることが原則となっています。
国家公務員の権限を縮小するべく「官主から民主へ」と、これまで唱え続けて
来ましたが、地方分権の議論は高まったものの、地方公務員と地方首長のあり方
は、小泉政権の「改革活動」の中でも無風状態だったようです。
和歌山県のトンネル工事に関する談合事件で、県庁幹部の逮捕に起因する知事
の辞職にも、世間はもう驚かなくなりました。福島県知事の談合関与事件が先行
していることもありますが、国も地方もどこもかしこも談合が蔓延していると国
民は感じてているのではないでしょうか。官公需に関わる仕事をした人は、多分
大部分は談合に関わった経験があるのではないかと観察しています。
かって重厚長大企業が君臨していた時期は「鉄は国家なり」と言われ、鉄鋼価
格は最大需要者である自動車産業との、チャンピオン方式の交渉で決められてい
ました。市場の多数意志で価格が決められる自由主義経済とは異質な経済です。
民間相互においてすらこの状態ですから、国であれ地方であれ官需に対する業
界の談合は、あらゆる分野で主流をしめていて不思議はありません。国でも地方
でも事なかれ主義で問題を先送りする公務員体質に自浄能力はありません。むし
ろ労働組合も含めての既得権益の擁護に努めているように見受けられます。
「天は自ら助ける者を助ける」という言葉は重要です。国民主体の政治・行政
を築くためには、個々の国民の自治意識の高まりと、ネットを利用した発言の増
加が不可欠です。
来年の統一地方選挙そして参議院選挙を通じて、安部内閣の信認を問われる選
挙では、どのような結果が出るのでしょうか? 安部内閣はメールマガジンを
一新して、動画の配信に力を入れています。
改革の進まない新聞と、国民の政治参加、インターネットの場における闘いは
ますます重要になります。
「地方自治体の腐敗を正せ」は新聞の社説のような誰かへの要求ではなく、私
たち個々人の意識と投票行動によって、実現しなければならないテーマなのだと
考えています。
皇室典範改正の論議 2006.9.12 小野 喜也 (昭33経)
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悠仁さまご誕生を国民の一人として心からお祝い申し上げます。
天皇家の男系男子のご誕生により、先に国会提出を見送られた皇室典範 改正に
ついての論議は鎮静化することでしょう。
しかし、皇室のあり方については審議会のような学識経験者の短期間 の議論
だけではなく、国民の広範な議論に基づく慎重な検討が依然として必要である
と考えます。
政治家、公務員の方々はもちろんのこと、慶應義塾社中の皆様には特に、皇室
についての福澤先生と小泉信三元塾長の古今東西への広い視野から のお考えに、
是非、目を通して頂きたいと思います。
福澤先生の『帝室論』は、故富田 正文さんの福沢諭吉選集 (第6巻)に掲載
されていますが、現在は絶版となっています。そこで小泉信三元塾長の書かれた
『ジョオジ五世伝と帝室論』のご購読をお勧めします。
平成天皇の青年時代のご教育係として、小泉元塾長が帝王学として説かれた
英国王の伝記と福澤先生のお考えをご進講された内容を伝えるご本で、この中
に福澤先生の『帝室論』の全文が収録されています。
『ジョオジ五世伝と帝室論』
目次
この頃の皇太子殿下
立憲君主制
或る国王の生涯について思う—ジョオジ5世伝を読む
福沢諭吉の帝室論
帝室論抄
附録 福沢諭吉「帝室論」
平和と理解の使節 抄
(ヴァイニング夫人を送る
わが同僚ヴァイニング夫人
ヴァイニング夫人著『皇太子の窓』序)
これからの皇太子殿下
皇太子殿下の御帰朝
読者への手紙
皇太子殿下の御婚約
正田美智子嬢
お二人だけの時間を 抄
4月10日前後—エリザベス・ヴァイニング来往
旅中の小閑—皇太子ご夫妻にお伴して
旅行談
アマゾンのURLは下記の通り。やはり絶版のようですが新古本が 買えます。
長過ぎるのでクリックでは出ないでしょう。アマゾンその他の書店サイト
で検索をお願いします。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163430601/sr=1-1/qid=1158105733/
ref=sr_1_1/503-4578516-6592729?ie=UTF8&s=books
国の祝日 2006.9.1 小野 喜也 (昭33経)
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「国のかたち」を表すものの一つに、「国の祝日」があります。
国中の人たちが仕事を休んで、その日を祝う日ですから、世界中のどの国にもあり
夫々の「国のかたち」示しています。
現在の日本の「国の祝日」を、敗戦直後からの休日とその後の変化の経緯を見ま
すと、一体全体、何を議論して決めて来たのか、報道機関はいかなる観点からこの
問題を報道して来たのか、これもまた「国のかたち」を示しています。
昭和23年(1948)に占領下の国会で決めた「国の祝日」は、9日でした。
元日1/1、成人の日1/15、春分の日、天皇誕生日 4/29、憲法記念日5/3、
子供の日5/5、秋分の日、文化の日11/3、勤労感謝の日 11/23。
9日の内の6日は敗戦前の祝日です。
敗戦前は、大日本帝国という立憲君主国家として、国の祝日と大祭日として
12日を決めていました。
祝日 四方拝1/1、紀元節2/11、天長節4/29、明治節11/3(以上四大節)
新年宴会1/5。
大祭日 元始祭1/3、春季皇霊祭(春分日)、神武天皇祭 4/3、
秋季皇霊祭(秋分日)、神嘗祭10/17、新嘗祭11/23、
大正天皇祭 11/25。
敗勢後の憲法改正を経て、1/15は薮入り、5/5は端午の 節句という二つの
古くからの民間行事と、新憲法を加え9日と決めたのです。天皇制度護持の強
い意志を当時の国会が持っていて、祝日の名前を変えそれなりの理屈を付けて、
占領軍の承認を得たものと推察されます。
問題はこの時の名称変更により、本来の祝日の意味は断絶して、新しい
意味付けは60年経っても国民の意識に定着しないことにあります。
そして経済成長と共に、次第に休日は政治家から国民へ与えられる労働時間の
短縮のような取扱いが行われている点にあります。
この傾向は昭和60年以降から平成に入って顕著となりました。
例外的に建国記念の日は、戦前の「紀元節」神武天皇即位の日復活の是非を
巡って、与野党の長い期間の争いがありました。
4/29の昭和天皇誕生日を、ご崩御の後は「みどりの日」とし、「自然に親
しむとともにその恩恵に感謝し豊かな心をはぐくむ」と訳の分からない理屈が
付けられましたが、来年2007年からは「昭和の日」に 変わり、「激動の日々
を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」とタイト
ルを付け、「みどりの日」は5/4に移ります。
これも天皇制を巡る国会内の妥協の産物なのでしょうか? 姑息に見えます。
現在では祝日は15日(年によって16日)世界最多へと増えました。
おおかたの国民は政府からの休日配布を、喜んで受取り続けて来たのですが、
連休を増やすために年によって日付が変わったりして、混乱と戸惑いが生ま
れています。キリスト教の行事に合わせた祝日は西欧に多く、日付が移動し
ますが、これは宗教と文化の伝統に基づくものでご都合主義ではありません。
国の祝日はそれぞれの国柄を表しているものですが、日本の現状は正に
敗戦、占領、東西冷戦、左右思想対立、政治利用と、只で貰えるものは何
でもという乞食根性が蔓延する中での、妥協の連続と言葉の誤摩化しが積
み重ねられている様に感じられます。
いずれ憲法を改正する機会には、この「祝日」の見直しも議論されるこ
とでしょう。それとも、増税の替わりに休日を増やそうなんていう発想が
出てくるのでしょうか?
この国は明治維新よりもずっ〜と古くからの長い歴史の上に成り立って
います。この先、国民が胸を張って自国の伝統文化を世界へ伝えられるよ
うな「祝日」への見直しが必要だと考えております。
ご参考サイト
●内閣府 国民の祝日について
http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html
●ウィキペディア 国民の祝日
http://ja.wikipedia.org/wiki/祝日法
●世界の祝祭日 ジェトロ情報
http://www.jetro.go.jp/biz/kouhou/holiday/
『ワールド・カップ・サッカーに見る報道の歪み』 2006.6.24 小野 喜也 (昭33経)
日本代表の予選リーグ敗退で、ワールド・カップ騒ぎは一山越えて、後半の
決勝トーナメントからは、世界最高のサッカー・ゲームを楽しめるようになり
ました。
世界規模の競技会で自分の国を応援するのは結構なことですが、冬季オリンピ
ックでも、テレビが大騒ぎをしてメダルを期待した選手たちが期待外れの成績で、
結局メダル獲得は金メダルの荒川静香選手たった一人でした。
ワールド・カップでまた性懲りも無く同じ姿勢での報道が繰り返されました。
各国の代表選手たちとの実力の比較分析もろくろくせずに、我らが代表への感情
的な期待を煽り立てた姿勢は、まったく変わりませんでした。
冷静に観察をすれば、サッカーについては日本代表チームの実力は、さして高
くはないのではありませんか。今、世界のトップクラスの選手のほとんどは、ヨ
ーロッパのクラブチームに所属しています。日本代表も海外組を中心に編成され
ましたが、海外組はそのヨーロッパの各リーグのクラブチームで、夫々に活躍は
していてもトップクラスの実績は挙げている人は一人もいません。
つまりメジャーリーグのイチローや松井秀喜のような、抜群の成績を挙げてい
る人は見あたらないのです。そのことは選手たち自身が良く認識していることで
しょう。日頃から激しいポジション争いを通じて、プロ選手として自他を比較し
ながら能力を高めるために、彼らは努力しているのですから、当然のことです。
ワールド・カップで勝つためには、走力、持久力、当たり負けしない基礎体力
から、ボール・コントロール力、シュート力など、個々の選手の更に高い能力が
必要であり、更にパス・ワークなど連携プレーの技術も水準を引き上げなければ
ならないのでしょう。プロ化が成功してからまだ僅かな期間です。海外で活躍出
来る選手が増えていても、MVPを獲得するような水準にはまだ到達していないの
が現状だと思われます。
ところが、報道側の取材姿勢は「勝てますか?」「決意は?」と、まるで日本
中が全員一致で勝つことを期待しているかのように、情緒から迫るインタビュー
を繰り返し伝えるものに溢れていました。代表チームの一挙手一投足が追われ、
過去の記録を再編集して報道し、情報量が極端に広げられます。
特に、NHKの番組編成はワールドカップに偏り、地上波、BS、ハイビジョン
と複数チャネルを、同じものや似た様な放映で埋め尽くしています。これは煽動
行為ではないでしょうか。自国の代表を応援するにしても、応援が過剰期待へ繋
がるようなやり方には、公営放送としての資質に疑問を抱かせるものがあります。
過去に優勝経験のある国でも、スーパー・スター選手がいても、予選敗退があ
り得るワールド・カップの厳しさを知っている監督も選手も、インタビューに対
して一様の答えを期待されて、パターン化した答えを繰り返していました。
本音を言えば袋叩きされかねない雰囲気を、取材側が作り出しているように感じ
られます。
小生自身はサッカーは素人で詳しいことは判りませんが、普通の大衆の中の一
人として受けた印象は上記のものでした。サッカーに詳しい人は皆さん結果につ
いての幻想は持っていなかったのではないかと考えています。しかし、それらは
報道されません。過剰な期待を撒き散らし、期待外れに終わると、ほんの少し反
省してまた繰り返しているのが日本のマスコミの内包する病癖です。
サッカー連盟にとっては、ワールド・カップによる人気の盛上げは観客動員の
上でも重要です。薄型大画面テレビを売りたいメーカーにとっても人気の高まり
は好環境です。連盟と周辺にもたらす経済効果は大きなものです。しかし、新聞
の活字になればすべてが事実だと思い、テレビで報道されればこれまた事実だと
考える人たちを、煽り立てる姿勢は報道機関として問題があります。
ほとんどの事柄については、賛成と反対の両論を並べて自らは真ん中に立って、
自論を述べずに、公正を装う報道機関が、こぞって一方向へ流れる時には、受け
手は注意をしなければなりません。
報道には古来「デフォルメ」歪みというものが付き物です。事実を正確に報道
せずに、報道側の都合や事情により歪められることが多々あります。また、この
様な事情を利用しようとする外部からの働きかけも、間断なく行われています。
古くは大陸へ侵攻した日本軍を賛美し、勝った勝ったと祝賀行列を先導し、敗
戦後は一転して占領政策にひれ伏して、民主主義を讃えながら、戦争責任の追求
は占領者に任せて、自らの反省を棚上げしました。権力への抵抗よりは迎合と自
己保身の歴史に満ちみちていることを思い起こさせられます。
ことは、オリンピックやサッカーというスポーツ報道に限らず、国全体を一色
に染めようとするような情緒的で感情的な報道の例は数多く、一時的な成功をも
って日本型経営への過剰な自信を煽り、世界情勢の冷静な観察に基づく報道を怠
り、バブル形成を尻押ししたとも言えます。
報道の偏りや歪みを知り、正しい判断をするためには、第一に海外報道機関の
報道にも目を通すこと、第二には小規模な報道機関の報道にも目配りをする必要
があります。この二つはインターネットの利用によって、可能となりました。
国内のマスコミの報道の歪みに対して、付和雷同をしない人がどれだけ増える
か、そのことに日本の将来が掛かっているのではないかと、考えさせられます。
インターネットの更なる活用を心掛けましょう。