『東京大学では国民の役に立つ国家公務員を育てられない』
2010.07.15 小野 喜也 (昭33経)
日本が根本的な改革を迫られていることは、すでに多くの人が気付いています。
ソヴィエト連邦の崩壊で東西冷戦時代が終わり、国際間環境が大きく変化をし
たことに対して、日本の政治。行政、企業が対応する変化が出来ぬままにいるこ
とが問題の焦点です。
パワーバランスの揺らいでいる世界で、国を支えるのは優れた人材です。
高校全入、大学進学率の向上と底辺を引上げ、国民全体の教育水準を引上げる
ための教育政策ではなく、世界で競い戦える飛び抜けて優れた人材を育てる
教育政策が必要になっていると考えています。
明治維新以来の官尊民卑の思考パターンは、ようやく国民の側では薄まって
来ましたが、高齢者にはまだまだ残っています。国の教育予算の中で、ダント
ツで一番大きな金額を使っている東京大学信仰もその一つです。
この東京大学へ入学するためには、国内の高校と受験塾での勉強を相当以上
に励まなければなりません。新卒では合格出来ずに二浪、三浪して入学を目指
す人たちもいます。この間、彼らは受験のための勉強に終止することになりま
すが、これは日本国内だけで通用する勉強です。
そして、東京大学で良い成績を収めた学生は、中央官庁に就職し国家公務員
として、行政と立法を担うという方程式が、変わらずに続けられています。
行政が国内関係のみに留まっていた時代には、この方法でも良かったのです
が、国際化が進展して来て、国際間関係と外交交渉が各省庁で重要性を増して
来ましたので、非常に具合の悪いことが拡大して来ています。
鳩山政権の命取りの一つとなった「普天間基地問題」を考えてみてください。
鳩山さんの軍事オンチはともかくとして、就任後8ヶ月の対米交渉は誰が行っ
ていたと思われますか? 岡田外務大臣は何度もアメリカを訪問していました
が、就任直後に嘉手納基地との統合を言った後は、何をどう交渉しているのか
はまったく報道されませんでした。 岡田さんご自身にオバマ政権内部や極東
政策担当の要人との人脈があるとは聞こえて来ませんでしたし、彼らと英語で
議論をするほど語学に堪能だという話も聞こえません。
つまり、この8ヶ月間は外務省の外交官たちが、アメリカ側と事務局同士で
何かを話をしていたということでしょう。成果はなにも生まれませんでした。
アメリカに限らず、他国の人たちと話をして、自説を理解させ我が国の立場
を認めさせることは、公開であれ非公開であれ、極めて重要な能力です。
そのためには、まず必要なのは語学力であり、ディベートの能力です。
日本の教育には英語はともかく、このディベートの教育が欠落しています。
スチーチは原稿を読み上げても許されますが、相手と丁々発止と議論をする
ディベートでは予定原稿では立ち向かえません。
アメリカの教育ではハイスクールからディベートの授業があり、一つのテー
マを、Aの立場とBの立場に別れて論争を訓練し、さらにAとBの役割りを反転
して論争をする訓練をしていると聴いています。
このようなディベートでは、声の大きさや自説の説明だけでは勝てません。
相手だけではなく周囲で聞いている人たちをも納得させ、なるほどと思わせる
論旨の内容と言葉の使い方に習熟しなければなりません。
オリンピックの各種競技でのルール改正の際に、日本側代表にディベートの
能力が足りないか、全くないために、日本の選手たちにとって不利な改正が行
われて来たことは、古くから枚挙に暇がないほどあります。
しかし、外交交渉も同じ調子では。国益はどうなってしまうのでしょうか?
金融問題にせよ、経済問題にせよ他国との交渉を外務省がすべて行う訳では
ありません。それぞれの省庁が相手国の担当省庁の代表者と交渉を行うのです
から、少なくとも中央官庁で行政を担う人たちは、最低限、英語でのディベー
ト能力を採用要件として重視しなければなりません。
しかし、東大受験と東大内教育に頼っていては、適任者は育ちません。
一言で言えば、東京大学では国民の役に立つ国家公務員を、育てられない時
代になっているということです。
東大に使っている予算を、世界各国の一流大学への留学をサポートする奨学
金へと大きく転換する必要があります。
奨学金は返済不要として、その奨学生の中から優秀な若者を国家公務員とし
て採用し、地方公務員への就職も可能とすれば、海外留学をしたがらない若い
世代の活性化にもなります。
中国と韓国では、海外留学生の中から優秀な人材をどんどん中央官庁に登用
しています。中国の政策を立案し推進しているのは、英語で考え世界で戦える
若い世代であることは疑いありません。
古い官主導の仕組みを根底から変革しなければ、日本の未来は切り開けませ
ん。今一度、明治の初心に帰って、強い若者を育てるための長期方針を、挙党
一致して実現しなければならないと考えています。
『持続可能な森林経営』 2010.06.08「三田評論6月号/演説館より転載
速水 亨さん (昭51政)(社)日本林業経営者協会 会長 速水林業 代表
● 林業への追い風
この春に政府の規制・制度改革分科会に関わった。しばらくの間あまり注目されることの
ない委員会であったが、政権が変わり再度光が当たり、その検討課題の一つが、「森林・林
業の再生」だ。
私よりも、経済界の重鎮や学者の方々からの強い推薦があって、この課題が取り上げられ
た。ここでは国産材の需要拡大ということで、建築基準法の問題が取り上げられた。
経済界も単に環境としての森林に注目するだけでなく、林業の再生に注目し始めている。
自社が所有している森林の活用プランを立て始めたり、国産木材利用を図ったりすることが
多くなっている。政府の中でも林業再生プランを新たに作っている。
今まで長く林業経営に携わっていて、これほど林業に追い風が吹いているときは無いと思
う。問題は林業界にその追い風を受ける帆がないのではと思われることだ。
● 森林原則声明
「持続可能な森林経営 Sustainable Forest Management SFM」という言葉は、1992年
にリオディジャネイロで開催された国連環境会議(リオサミット)で森林に関して、法的拘
束力のない「森林原則声明」の中で使われた。 日本はモントリオールプロセスという欧州
以外の温帯林対象のグループにでフォローしているが、どれも具体的な指標があるわけでも
なく、森林の保護においては、リオサミット以降も長く、具体的成果は出ていないと言って
よい。
● 新しい経営環境
私は塾を卒業した昭和51年に、父が楽しそうに山に通う姿を見ていて、家業の林業に飛
び込んだ。目的を持って、社会に対しても地域に対しても必要だと思える仕事をしてきてい
ると思っているが、林業に携わってから、その後今日まで、木材価格は下がり続けている。
残念ながら、金銭的に豊かになることが目標なら、仕事の選択はうまくいったとは言えない。
家を立てる柱の値段はスギの柱一本で1,500円程度だ。一般的な広さの家は40坪で,柱
は一坪に最低1•5本使うので60本の柱を使う。つまり9万円でスギの柱を使った家が建つ。
たとえヒノキでも、その3倍も払えば充分である。もちろん柱以外にもさまざまな木材を使
うが、国産材の家は高くない。
それらの柱は50年以上の木が山で伐られ、林道まで運び出されトラックに積まれて製材
工場や丸太を扱う木材市場に運ばれる。1,500円の柱の値段から、これらの費用が差し引か
れてほとんど手元には残らない。
昭和30年には、スギの山での1立方メートルの価格で伐採作業1日の賃金が12人分払
うことが出来たが,今では0•3人ほどしかない。労働に対して木の価格が40分の1になっ
ている。自然を相手にした林業では,生産性を40倍にすることは考えられない。
木材価格は昭和55年をピークとして30年下落し続けた。スギの丸太価格は1立方メー
トル当たり39、600円から平成21年12月は1、200円、ヒノキは76、400円
から22、500円となった。
森林所有者の手取りである山元立木価格は、昭和55年スギで1ha当たり800万円程
度、最新データによる平成21年のスギ山元立木価格は55年の10分の1の水準で1ha
で80万円の手取りとなる。極めて大きな下落となり、この価格では経済的側面だけ見れば、
持続可能な森林経営がいかに厳しい条件を克服しなければいけないかが判り、政策的なテコ
入れが重要となっている。
● 林業地帯・森林地帯
実は日本の林業経営は、大きな視点で見れば、これまで比較的上手く循環型の経営を行っ
てきたと言える。
720年に完成した日本書紀には、スサノウノカミの言葉として、舟を作るためにスギや
クスノキを宮(家)を作るためにヒノキを寝棺(お棺)を作るためにマキを植えるようにと
書かれている。スサノウが言ったかどうかはともかく、時の為政者が目的を持って樹種を指
定して木を植えさそうと考えていたと理解できる。
少なくとも奈良県の吉野では390年生の記録がある人工林のスギが残っている。日本で
は早い段階でスギやヒノキが植えられて、単に天然林を切るだけの収奪的な林業が、循環型
の林業へ変わってきたのである。
国内には多くの林業地帯と呼ばれる地域があるが、実はこの吉野のように、目的を持って、
その流通も存在し、地域で森林を管理する安定した技術を持っている地域はあまりない。
私が林業を行っている尾鷲林業地域もその一つで、江戸の発展から東京へ、そして戦後復
興、高度成長と常に関東を中心として、柱材を効率よく生産する技術と流通を持っていた。
ではそれ以外の地域を考えると、地域で利用する木材を供給はしていたが、大きな市場に
対応した育林技術は持たずに、戦後木材需要が急激に拡大するとともに、スギやヒノキを植
えれば儲かると植えてみたが、採算があわず今になってなかなか林業は難しいと、管理がさ
れなくなっている地域が多い。植林した木を売って、儲けたことがないままに厳しい現状に
陥ってしまったところがほとんどである。
これらの地域は、資源として森林が育っているのであって、林業地帯というより、素晴ら
しい森林地帯である。その地域を供給源として、今まさに大規模製材工場を作り、国産材供
給を増加させようとしている。
● 未整備の生産基盤
木材は、昭和30年代後半に丸太の輸入の自由化で関税がなくなった。輸入品の中では自
由化が最も早かった。
その理由は昭和30年代の木材価格の高騰にあるが、マスコミは、「暗黒の奥地国有林を
生産性の高い人工林に転換せよ。大山林地主は、伐り惜しみしている」という言葉で、木材
の増産を迫った。このときに木材輸入関税も無くなった。本来なら林業経営を維持していく
うえで必要な基盤整備を進めるべきであったのに、基本である林内道密度の現状を欧州と比
較してみると1ha当たり、ドイツが118m、オーストリアが87mに比べて我が国が17
mしかない。
林内道密度が低位であれば、工場で製品を作ってもそこまでの出荷のための道路がないこ
とと同じ状態が森林で起きていると考えればよい。
スーパー林道など大規模林道が中山間地域を抱える地方自治体にとって、国交省予算より
適応しやすい事業であったため、林業用というよりは社会資本として建設を求めた結果、林
道予算が森林の管理に直接繋がらない大型林道に予算が取られてしまった。思い切った予算
措置がなされなかったため整備が遅れ、人工林の成熟にあわせた利用が進まない一因となっ
た。そのために国家財政が厳しいこの時代に、欧州並みの高い目標を達成する必要に迫られ
ている。
● 合理化を誘導する予算措置
林業が産業である限り、より高い生産性を常に求め続けなければならないが、現状は、2
007年の生産林業所得は2464億円に対して間伐等に対応した森林整備補助に2000
億円以上投入されており、このような非効率な予算の一因は、合理化を妨げる補助の仕組み
にあった。
一つ一つの作業が設計され、標準単価と歩掛表で金額が決定されて、その補助金を受けて
作業をするのは、半ば独占的に作業が可能な各地の森林組合が中心となっている。決して生
産性が高くなっていく仕組みでは無い。今後、精密ゆえに合理化のインセンティブが無い補
助制度をより合理的に一括補助的な制度に変えて、努力をすれば報われる仕組みに変わるで
あろう。
● 生態と林業
林業は木という生き物を人間の手で育てて、経済の流れに乗せていくことが仕事だ。その
ためには経験と科学的知識が必要である。
木には生態的適地と生物的適地があると言われる。スギは木偏に水と書いて「杉」となる
字のとおり、生物的適地は水分の多い山腹の下部で良く成長するが、その場所では他の初期
成長の早い植物との競合に負けてしまう。スギの生態的適地は、少し乾燥して、他の植物と
の競争に勝って成長する中腹以上のところである。
林業は、スギを生物的適地に植えて、育林作業で、生態的適地を作り出す。林業はスタート
段階で、すでに生態にインパクトを与えているからこそ生態的な配慮が欠かせないのである。
いま広葉樹造林が注目されているが、実は広葉樹も植えれば人工林だ。その上、アレロパ
シー(他感作用)と言われる他の植物の生長を抑える機能をコナラやオニグルミ、トチ、ブナ
などドングリがなる木は比較的強く持っている。時にはこれらの木の下の植生が無くなり、
多様性が妨げられることにもなる。
人工林でもヒノキを植えて環境に配慮しながら育てた速水林業のヒノキの林には自然に増え
た243種類の植物種が数えられる。偶然だが明治神宮の社は大正四年に三六五種植栽されて
現在同じように246種の植物種が残っている。私の森林はこの様な状況を評価されて200
0年に国内で最初の国際的な森林環境認証制度であるFSCを取得することができた。
日本の木材消費は76%を輸入している。輸入される木材の2割は違法に伐採された木材で
あると日本政府も認めている。この様な木材消費構造は輸出国の森林が破壊されるだけでなく、
それに依存して生活している人々,特に弱者である女性や子供たちの健康と未来を奪う。
持続的な森林管理とは、身近な森林ばかりに目を向けるのではなく、自国の木材需給が世界
の森林にどのような影響を与えているかを知ることも重要なことである。
経済性、社会性、環境それぞれをしっかりと満たす森林管理が持続可能な森林管理と言われ
る。国内では経済性をいかに確保していくかが最も困難である。今がそれを決する最後のチャ
ンスになっている。
● 福澤記念育林会
「福澤記念育林会」という財団法人がある。8県17箇所160ヘクタール(48.4万坪
東京ドームの36倍)の森林を持っており、伊豆の幼稚舎の森や、三重県の志木の森、栃木
の那須にある友情資産25年の森等、一般の塾員の方も訪れている。
森林の生物多様性や二酸炭素の固定機能が注目されている。これら森林を「持続可能な森
林管理」を行うことが、慶應義塾にとって大事なことと信じている。
「友愛」三代目の誤算
2010.04.15 小野 喜也 (昭33経)
鳩山由紀夫氏が総理大臣に就任したことから、「友愛」は2009年の流行語
大賞に選ばれました。周知のごとく「友愛」の提唱者は由起夫氏の祖父、鳩山一
郎さんです。
実は、一郎さんの先代、鳩山和夫氏は弁護士の先駆者であり、衆議院議長を勤
めた政治家ですから、由起夫氏は政治家としては四代目となります。祖父、父に
続く三代目の東京大学卒業生でもあり、鳩山家が学業優秀というDNAを伝えてい
ることは間違いないことでしょう。
「友愛」を提唱した鳩山一郎氏は、若くして衆議院議員となり48歳で文部大
臣に就任していますが、自由主義、平和主義者として台頭する軍部に抵抗し東条
内閣を批判したために戦時中は迫害を受けました。
敗戦後は日本自由党を結成しましたが、組閣目前に占領軍によって公職追放処
分となり、吉田茂氏に後を託して軽井沢に隠棲しました。この軽井沢時代の翻訳
書「自由と人生」が友愛運動の起点となっています。
この鳩山一郎氏の説いたのは「友愛」の精神で”人間性を尊重し、お互いの立場
を理解し、助け合おう”という政治理念であったと言われています。
「自由と人生」の原著者はクーデンホフ・カレルギーといい、在日公使であっ
たオーストリア貴族と日本人妻との間で生まれていますが、彼の昭和10年の著
作と思想について、鳩山由紀夫氏はホームページの「私の政治哲学」の一節には
次ぎのように書いています。
(全文はこちら)http://www.hatoyama.gr.jp/masscomm/090810.html
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カレルギーは、「自由」こそ人間の尊厳の基礎であり、至上の価値と考え
ていた。そして、それを保障するものとして私有財産制度を擁護した。その
一方で、資本主義が深刻な社会的不平等を生み出し、それを温床とする「平
等」への希求が共産主義を生み、さらに資本主義と共産主義の双方に対抗す
るものとして国家社会主義を生み出したことを、彼は深く憂いた。
「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招
く」 ひたすら平等を追う全体主義も、放縦に堕した資本主義も、結果とし
て人間の尊厳を冒し、本来目的であるはずの人間を手段と化してしまう。人
間にとって重要でありながら自由も平等もそれが原理主義に陥るとき、それ
がもたらす惨禍は計り知れない。それらが人間の尊厳を冒すことがないよう
均衡を図る理念が必要であり、カレルギーはそれを「友愛」に求めたのであ
る。
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カレルギーの提唱した反スターリン、反ヒットラーの欧州統一は実らず、アメリ
カへ亡命し、オーストリアはナチスドイツに併合されましたが、今日ではEUを提
唱した先駆者としての名誉を受けています。
鳩山由紀夫氏が、思想家として「友愛」の精神の重要性を、人々に説くことは結
構なことですが、現実の利害の調整を行わなければならない政治家、なかんづく国
政の最高責任者としては、それで関係各位が納得して収まることは、現実としては
あり得ないと考えます。
保守合同の時代には、党首は大将として立派な人物であれば、諸々の政治上の課
題は、大将を支える人々が対応し処理をしていました。大将を担いで汗を流すこと
を当然と思う人たちが、政界に限らず国民の大勢を占めていた時代だったのです。
鳩山一郎さんは軍部に抵抗し、占領軍にも排除されながら、自由主義者としての
信念を貫いた立派な人物として、新生の自由民主党の党首に相応しい方であったと
思われます。
しかし、時を経て国民の考え方も生き方も変化を続けています。期待されるリー
ダー像も、御神輿の上のお飾りではなく、行動力、実行力、決断力、洞察力などの
国際的基準に沿ったものへと、社会全体が変化してきていると考えます。
鳩山由起夫総理は、国会答弁で自らが語られた通り、極めて恵まれた家庭環境の
中で育たれて、生きるために誰もが直面する厳しい社会の現実とは、無縁で過ごし
てこられた方です。祖父から伝来の「友愛」をスローガンに掲げれば、政治資金を
渡した人たちなどが、自分を担いで難問に対処してくれると考えておられたのでし
ょうか?
左から右まで思想も政治信念も異なる、寄合い所帯の民主党に加えて、頭数欲し
さに連立を組んだ人たちに、そのようなことを期待しても通用するはずもありませ
ん。時の流れと共に人々もまた変化を続けることへの「大いなる誤算」をしておら
れるのではないでしょうか?
この人の観念論では、この国を率いて行くことは難しいことを、次第に多くの人
が感じていると思われます。
郵政問題、普天間基地問題などなど、賛否両論の交錯する問題を、皆さんでよく
議論をして頂きたいと、火に油を注ぐように燃え上がらせながら、大丈夫、大丈夫
と信頼を求められても、有権者は総理大臣に総てについての白紙委任状を渡してい
るのではありません。今では鳩山総理大臣についての信頼性下落は、国内に留まら
ずに国際的な懸念へと拡大しています。
民主党幹事長の問題点は既に、多くの有権者の知るところですが、この幹事長の
ポストを与えて支持している民主党党首にこそ、総理大臣として根本的な問題があ
るという認識に到達せざるを得ません。
民主党が政権政党としての地位を保とうとするのであれば、党内論議を通じて、
党首・幹事長の退陣を実現しなければならないでしょう。それが出来ないのであ
れば、昨年以来、民主党へ投票をした有権者の多くが、7月の参議院選挙はじめ
あらゆる地方選挙でも、審判を下すことになると考えます。
人間の生き方は容易に変わらない
2010.02.15 小野 喜也 (昭33経)
鳩山総理大臣は、母親からの政治資金規制法違反問題を、ご本人は贈与税納付
をしたことで一件落着と考えているようです。多額の政治目的のための贈与を、
秘書まかせで本人は知らなかったという弁明を、当然だと思う有権者はほとんど
いないのではないでしょうか?
それでも、世論が小沢民主党幹事長の「政治資金問題」に比べて、批判が少な
いということは、母親が子供のためにしたことだからと、我が身に比べて容認し
たい意識が広く存在しているように感じます。つまり、金額の大小を問わなけれ
ば「鳩山家型」の家庭が日本を覆っているようにも考えられます。
母が子を守ることは、自然の摂理ではありますが、家と社会との関わりにおい
て、当然ながら線を引かなければならない境界が存在します。「私と公のバラン
ス」が著しく「私」に傾いてしまっているのが、敗戦後の日本社会の大きな特色
であることは間違いありません。
小沢民主党幹事長は、自らは潔白であるとの主張を繰り返していますが、その
主張はすべて「法に触れることはない」「これまでの事例では同様の摘発はない
」という内容です。
田中事件、金丸事件を側近として体験し、「政治資金法改正」や「政党助成金
法」成立に直接関わって来た人ですから、法の限界と抜け穴をも熟知していると
いう自負があるのでしょう。しかしながら、法律には作成時における「立法の精
神」というものがあります。 なぜ、この法律が必要なのか世論に応えて、これ
まで欠けているものを補い,社会環境に適応した新しい法律を作るのですから、
その主旨を明らかにさせるものがなければなりません。
小沢さんの主張は技術論に終始していて、ザル法を作り国民の批判をその都度
かわし、抜け道を作り続けて来ていた、古い政治家のイメージを引継いでいると
感じられる所が問題なのでしょう。 また、自署したサインをも秘書の求めに応
じたとする「秘書という蜥蜴の尻尾切り」については、「貴方もまたそこへ逃げ
込むのか」という思いは、大多数の人が感じていると思われます。
有権者の多くは政治家に対して、より高い道徳性と倫理性を求めています。
有権者の構成員も年々若返りを続けているのですから、判断の基準も次第に変化
し続けるのは当然なのです。若い世代が投票をしない時期が長く続いたことが、
政治家たちの判断を狂わせているのでしょうか?
自然界の大きな変化に対しても、社会的な変化に対しても、人間はその変化に
対応することが出来ないことは、回りを見回すだけでも山ほど例があります。
自分の築き上げて来たものは変えられないからこそ、就職活動では履歴書が不
可欠な条件であり、社会人はそれに職歴と実績が付加されて人物判断に使われま
す。
議会へ送る議員を選ぶ時には、ネットを検索して、その候補者の経歴を通覧し
て、過去の言葉と行動を通じて人物を判断することが必要ですが、比例代表につ
いては、政党の代表者を評価・採点をすることになります。
7月の参議院議員選挙では、一段と目をこらせて点検し吟味をしなければなり
ません。民主党が単独過半数を占めて、衆参両院を完全に支配するのを許すこと
は、国民の基本的権利を犯す「外国人参政権問題」、日本の安全保障の基本であ
る「普天間問題」、税収を上回る国債発行をする前代未聞の大幅赤字予算などを、
すべてを信認したことになります。
一党独裁の恐ろしさは、日本の近世史にもアジアの国にも世界中に例がありま
す。日本の有権者の投票結果は、これまでは絶妙のバランス感覚で選挙結果を出
して来ました。7月もまた、総数としてのバランス感覚が発揮されることを願っ
ています。
ディ・レギュレーションこそが成長戦略の鍵
2010.01.06 小野 喜也 (昭33経)
レーガン大統領は「小さな政府」と「ディ・レギュレーション」をアメリカの
経済再活性化の柱として、大きな成功を収めました。
レーガノミクスの具体的政策手段は、戦後のアメリカの産業的優位を支え、持
続的成長のメカニズムの核となった戦後企業体制、さらに、国家と経済過程の関
係をも-企業そのもののイニシアティブを通じて-組み替え、再編成することを目
的としたものと言われています。その意味で、日本やフランスなどの産業政策と
は異なり、国家の直接的な介入や誘導によって産業的転換を図るというより、企
業自体の活力を刺激することにより、産業再生と経済の再活性化を図ることを基
本戦略としたものと言われています。
日本では、橋本内閣が発足した際に、「行政改革」「財政構造改革」「経済構
造改革」「 金融システム改革」「社会保障構造改革」「教育改革」の六大改革を
提唱し、この中には「ディ・レギュレーション」の考えも含まれていたのですが、
官僚機構の抵抗によって、その時点で、本来の意味である「規制撤廃」は「規制
緩和」と言い換えられてしまい、その後は「規制緩和」の方が一人歩きをしてい
ます。日本の官僚機構にとっては「規制」こそが権力の源泉であり、天下りなど
利権構造の基礎となっています。
さらに、小泉内閣は、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに、道
路関係四公団・石油公団・住宅金融公庫など特殊法人の民営化など小さな政府を
目指す改革(「官から民へ」)と、国と地方の三位一体の改革(「中央から地方
へ」)を含む「聖域なき構造改革」を打ち出し、とりわけ持論である郵政三事業
の民営化を「改革の本丸」に位置付けました。
これらのディ・レギュレーション政策は、国民からの大きな支持を得て、衆議
院選挙の自民党大勝を実現しましたが、小泉退陣後の自民党の後継政権は、安部、
福田、麻生と次第に官僚機構の巻き返しにより、改革路線からの後退を続けてし
まい、遂に、野党へ転落しました。
鳩山内閣は、社会主義者を多数含んでいる政権であり、弱者を擁護する立場に
長年立ってきた人たちが中心となっていますから、分配政策を中心とする「大き
な政府」となる方向は、変えられないでしょう。しかしながら、景気低迷による
税収の大幅な落ち込みと、官僚機構の巧みな抵抗によって、来年度予算案は歳入
を歳出が上回る、前例のない赤字予算となりました。
そして、年末30日にようやく「名目3%成長」を目標とする成長戦略が発表
されました。分配政策を実行するためには、消費税をはじめとする増税を避けれ
ば、原資となる税収を増やさなければならず、経済再活性化のための政策が不可
欠であることが、再認識されたことでしょう。
持続的な経済成長を目指した新成長戦略の基本方針の、重点分野には(1)環境
・エネルギー(2)健康(3)アジア(4)観光・地域活性化(5)科学・技術(6)雇用・人材
の6分野が挙げられました。
政府は6月の具体策の取りまとめに合わせ、20年までの「成長戦略実行計画」
(工程表)を策定する方針で、11〜13年度の3年間の歳入、歳出の大枠を示す
「中期財政フレーム」で、財政措置も併せて検討する考えだと報道されました。
中期を睨んだ大きな方針は、基本的に重要ですが、その中心にはディ・レギ
ュレーション「規制撤廃」を据えなけれならいと小生は考えています。予算を
必要とせず、民間の負担を軽減して活力を引き出すための最強の方法です。
明治以来続いて来た、官主導の行政の溜めた「規制の垢」は、あらゆる分野
で、全国津々浦々にまで山積みされています。
国会を経て成立した法律だけではなく、省令・政令・通達など公務員の判断
により定められたルールを、すべての国民は実行を求められています。これら
の中には、ある事件や問題が起ると、すぐに監督官庁の責任を問うマスコミの
声が上がり、それに対する行政側の対応の説明として、新たな「規則」が作ら
れ続けて来ました。そして、それらの「規則」は不必要になっても、見直され
ることはありませんでしたので、どんどん増え続けているのです。
俗に「タバコ屋1軒作るにも、リヤカー1台分の資料を求められる」という
規制は誰のために必要なのでしょうか? トヨタが生産方式の徹底的な合理化
により競争力を拡充していた時代に、事務合理化を図るために調べたところが
事務部門の作業の60%は、監督官庁向けであるため、削減は出来ないことが
判明したと、当時の経済誌により報道されたこともあります。
身近な例として、お手元に銀行の預金通帳があれば、開いて見てください。
最も利用頻度の高い「普通預金」のページが7〜8枚ありますが、その他に
「貯蓄預金」「定期預金」「自動つみたて預金」など銀行によって名前は違い
ますが、必ず数枚は付いています。
小生は社会人になって以来、「普通預金」以外は利用したことがありません
ので、使わない部分の付いていない「通帳」で良いのだと、言い続けて来まし
たが、そのような「通帳」は未だに現れません。
おそらくは旧大蔵省、現在は金融庁の定めた規則があり、金融機関はすべて
それを守ることを求められているのでしょう。使われないままの余分なページ
は、全国では総数は膨大なものでしょう。紙を無駄にし、印刷・製本の手間も
無駄となり、資源とエネルギーを浪費しているとしか思えません。
細かな例は膨大にありますが、一転して大きな問題としては「電波規制」の
問題もあります。テレビの「地上波デジタル放送」への切り換えは迫りつつあ
りますが、地上波のアナログ放送を廃止したあと、アナログ放送で使っている
電波の周波数帯はどのように使うのでしょうか? 放送技術関係者の間では様
々な意見が交わされているようですが、政府の方針はまだ未定です。
公共の電波とよく言われますが、電波は国民共有のものではあっても、監督
官庁のものではありません。電波の利用はこれまで郵政省(現在総務省)が、
免許業者を定め、その申請を審査して割り当てています。そして利用業者から
は使用料を徴収し国庫に入れています。CATVについても同様なのですが、こ
の官庁による割当は日本的な官主導の方法であり、欧米では競争入札という市
場原理に委ねる方法を採用しています。
現在、電波利用者の最も大きな部分を占めているテレビ業界が。納入してい
る使用料は60億円程度、後発で僅かな部分しか利用していない携帯電話業界が
納入している使用料1,800億円だと聴いています。この価格差は何でしょう。
テレビ放送は成立初期から、地方局を含めての免許取得と開業には、当然な
がら族議員の活躍があり、利用料をはじめ決められた根拠が不透明な部分があ
ることは間違いありません。
この官による規制を撤廃して、民間の創意工夫に委ねる方法に改めれば。国
の大幅な歳入増加に役立つだけではなく、電波利用を拡大発展させる大きな技
術革新と、利用方法を巡るイノベーションが巻き起こり、新産業を育てること
となり、経済成長を高めることが可能となります。
中国政府は「自由貿易協定」をつぎつぎとアジア諸国と結び、アジア諸国の
中国系の人たちとの結びつきを更に強めています。すでに保護主義では日本の
農業は守れません。農協の上に積重ねられている構造を無くしてしまって、
経済合理性にのっとった創意工夫が生かされる農業へ転換しなければならない
と考えます。
空港の問題はすでに着手されていますが、航空管制の仕事も民営化すれば離
着陸の効率を高めることが可能です。また、JALの救済もさることながら格安
航空への日本の参入と、着陸受入れへの策を作らなければ、鳩山首相の唱える
アジア政策もお念仏になってしまうでしょう。
長期化し更なる底割れを恐れる声に押されて、セーフティネットの必要性は
広く意識されていますが、より重要なことは、自ら働くことで富を生み出す力
を持つ人たちの、活動を助ける方策に注力をすることです。
「事業仕分け」と類似の作業を「規制撤廃」についても行いたいというよう
な意見が民主党の一部にあるのか、報道では散見しますが、それらは本来は立
法府が行政組織を指導監督をすることが役割であり、国会が予算・決算を通じ
ても、日常的に果たさなければならない仕事です。
その立法府を担う議員たちの仕事振りが、テレビでワンセグでネットで公開
されれば、有権者は自分のところへ顔を出してくれなくても、熱心に活動をす
る議員を支持するでしょう。党議拘束で院内投票をするだけの陣笠議員や、院
内活動をさぼって選挙活動だけしている議員へは、投票してはいけません。
「立法」「行政」「司法」の分立と相互牽制が機能してこその民主主義です。
その確立を期待しながら、私たちは投票行動を続けましょう。
『民主党政権への膨らむ不安』
2010.01.04 小野 喜也 (昭33経)
年末に100日を越えた鳩山「新政権」は、来年度予算案をまとめ、経済戦略
を発表しました。「事業仕分け」作業の公開によって大いに国民の関心を集め
ましたが、作業のまな板に乗せた各予算は財務省が選別したものであり、切り
込んだ予算の総額は、当初の意気込みとはほど遠い低い金額に留まり、予算総
額と単年度の赤字額は新記録となりました。特別会計への切り込みも財務省に
指示しただけでは、長年の官僚支配から抜け出すどころか、取込まれつつある
ようにさえ見えます。
この鳩山政権に対する不安感は11月以降、さらに様々な点から、多くの人
が感じるようになって来ているようです。生活好転を期待した国民に対して
の新政権の内容は「改革への魅力的な部分を持ちながらも、その実現へ進む
ための実行力への不安と、隠れていた本質的な害毒への不安」の混在するも
のであると考えられます。
その不安の理由の根底には、鳩山首相の政治資金の不正処理に関する政治家
としての姿勢にあり、さらには小沢幹事長の度重なる政治資金の不正処理問題
の訴追を受け、企業からの裏献金だけではなく、自由党解散時点での政党助成
金の行方にも疑問があると「文芸春秋新年号」で報じられました。
政治と金の問題は古くて新しい問題です。
かって国民の期待した細川政権は不正献金問題で崩壊しました。田中元総理大
臣は文芸春秋の「田中金脈」の調査報道を端緒とした、ロッキード疑惑で退陣
し、金丸元自民党幹事長も不正献金問題で政治の場から退きました。小沢幹事
長はこのお二人と密接な関わりを持っていたことは広く知られています。
金の流れが合法か非合法かについては、司法の判断に委ねなければなりませ
んが、政治家の金銭感覚と道徳観については、人間としての信義に関わるもの
であり、広く有権者の認めるものでなければなりません。
また、新政権の迷走の原因の一つは、参議院議席の過半数を得るための社民
党と国民新党との連立したことにあることは明らかです。わずか一桁の参議院
の議席のために、さらには、来年7月の参議院選挙で単独過半数を得ることを、
あらゆることに優先する行動を、小沢幹事長はとり続けていて、その方針に鳩
山首相は同意しているように見えます。
たしかに、参議院選挙で負ければ政策を意のままにすることは出来なくなり
ますが、衆議院での民主党の単独過半数は4年間は維持されます。衆参両院を
完全制覇し思うがままの政策を実現しようとする、独裁指向に対しては危険性
を感じる方が、健全なバランス感覚であると考えます。
国民新党の主張により、郵政改革をご破算にするために元大蔵次官を社長に
据えた決定の先には、巨額な郵便貯金が国民のために使われず、公共事業と天
下り事業に濫費されていた事態と、簡易保険の巨大な資金もまた同様に腐敗に
満ちたものであったことへ戻り、少なくとも郵政については、官の不正を糾す
ことは、これから大きく後退をする可能性は大だと懸念されます。
国の存立の基盤である安全保障については、社民党の観念的平和論に引きず
られて、普天間基地の県外、国外への移設を模索して結論を先送りしました。
基地移転に限らず、国際間での合意は政権が交替しても守ることが国際的常
識です。かって徳川幕府が外国と結んだ「不平等条約」を明治新政府は守らざ
るを得ませんでした。国会を創設し明治憲法を成立させて、条約を改める交渉
に成功するまでには20数余年の歳月を費やしています。
国内の選挙目当ての曖昧な外交では米国のみならず、他の諸国からも日本の
国としての信義を疑わせる恐れが多大にあります。
社民党と国民新党の政策を支持した有権者は、僅かな数であるだけに、彼ら
の連立政権の中での自説の主張には、国のための大臣職を党利党略に利用して
いるものとして、不快感を持つ人の数は少なからぬものと考えられます。
今ひとつの不安の要素としては、民主党自体が政権奪取のために集まった、
元来、幾つかの主義主張の異なる人たちのグループで構成されている点にあり
ます。
このことは様々なことに現れていますが、一例を挙げれば、千葉景子法務
大臣は、社会党時代に自治労(社会保険庁の職員もこの傘下です)の支持に
よって参議院議員として選出された方であり、死刑反対論者として高名です。
事実、就任以来、法務大臣の署名を必要とする死刑は一名も執行されてい
ません。2009年中の死刑判決は17名、死刑囚の総数は108名となっています。
現行法による規定を、自説・持論に沿わないとして担当大臣が執行しないこ
とは許されるはずはありません。このような事態が長引くようなことがあると、
法治国家としての根底が揺るがされることになると憂慮されます。
先にお伝えした「外国人参政権」法案の問題も、国民の権利・義務を規定す
る憲法に反する、基本的な問題です。在日韓国人の選挙協力と引換えに取り扱
う小沢幹事長の、極めて危険な政治手法であると断じます。
冷戦終了後の政界情勢変化に対応して、新たな国家目標を掲げることなく、
自・公連立政権が官僚依存の体質を続けて、経済活動の長期停滞に落ち入っ
て来たことへの失望によって、「新」政権による局面の転換を有権者は期待
しましたが、そのことは簡単には実現せず、反対に国の基本を揺るがす大き
な危険性の存在が、次第に明らかになりつつあると考えられます。
私たちは、政権の行動を注意深く監視しながら、より良い方向へ進むよう、
私たちにとって、国政参加への唯一の機会である、次の「選挙権」の行使に
備えなければならないと考えております。
テレビドラマ「坂の上の雲」から感じ考えたこと
2010.01.02 小野 喜也 (昭33経)
歳末にNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」をご覧になられましたか。
昭和43年〜47年にかけて産經新聞に連載された司馬遼太郎の、この長編
歴史小説は単行本としてお読みになられた方は多いことと思います。
テレビドラマとしては珍しく、毎年12月だけの放映を3年間続けるとい
うことで、今回は日清戦争に勝利し、日露戦争へと向かうところで終了しま
した。あとの続きは、今年の12月を待つことになります。
今回のドラマを観て改めて感じたのは、明治時代を生きた若い人たちの、
自ら何事かを成し遂げようとする情熱の激しさでした。主人公である三人は、
それぞれに陸軍軍人、海軍軍人そして俳人として、高い目標へ向かって突き
進んで行きます。
四国の松山という一地方都市で生まれ育った、この三人の姿は同時期の他
の地方の青年たちにとっても、相通じる情勢であったのではないかと考えら
れます。徳川幕府の専制から、明治への大転換をし海外の列強から学び、日
本の将来を切り開こうとする、国の方針に対して若い世代の人たちは激しく
反応したのでしょう。
徳川時代の士農工商の身分差別、武士の中にもあった上士、下士などの門
閥制度を破壊して、教育への道を大きく開いたことは鮮烈な刺激であったこ
とでしょう。
明治政府は日本全国からの優秀な人材を集めて教育し、諸外国へ派遣して、
知識の吸収と国内での活用を積極的に行っています。 基礎的な教育として
の初等教育に力を入れたことは、良く知られていますが、高等教育について
は厳しい選抜を行いながら、外国人教育者をも招いたこともあり、海外留学
へと進む人材も生み出しました。数は限られていたにせよ、大臣たちもまた
私費を投じて青年たちを支援しています。そして、それらの若い世代の中か
ら、国に大きく貢献する人物たちが続々と現れて、国の発展に尽くした結果
を作り出しています。
そこで、ひるがえって現在の日本の教育について考えてみました。
太平洋戦争敗戦後の昭和22年に、学制改革があり現在の教育制度の根幹が
作られました。それは占領軍の統治下に行われたものであり、同時に改正さ
れた憲法・民法などの基本法、財閥解体、農地解放、女性参政権付与などの
制度改革と共に、日本が再び諸外国の脅威となることのない様な国に改造す
る狙いを含んでいたと考えられます。
国としての目標を持って、国に広く役立つ人材を育てるという方針ではな
く、各人が思い思いの人生を自由に選択することが基本となっていると思わ
れます。全寮制の高等学校は廃校となり、国立大学は残りましたが、専門的
な高等教育の機能としては、公務員養成と法律、医学、科学者などに絞られ
たのかも知れません。当時の学制改革に関する専門的な研究はしていません
が、占領目的に沿った教育政策は間違いなく存在していたと考えられます。
今では各界の指導的立場にある人たちも、この敗戦後の制度で育てられた
人たちばかりとなりましたので、何らの疑問も抱かないままに、現状を見た
り考えているのではないでしょうか。
その後、高度成長政策の成功によって、経済的に豊かになったことから、
進学率は高校、大学と次第に高まり、義務教育の中学で終える人はほとんど
いなくなり、大学は次第に増設され定員は増加し続けました。
このことは、学校間の教育内容の格差を拡げ、進学先を巡る競争は激化し
ましたが、卒業生を採用する側の上位校卒業生の採用の方針は変更されるこ
とはありませんでした。 このために、上位校へ進めないために落ちこぼれ
意識を持つ若者が増え、高校からの中途退学者が生まれたと観察されます。
一方、海外に目を転ずると、中国は開放政策以前は、海外留学生といえば
ソ連をはじめとする共産圏諸国が中心で、日本へも理工系の国費留学生が僅
かに来ている程度でしたが、開放改革政策後は自費留学の規制を大きく緩和
して、世界中への留学生を急速に増加させました。
駐日中国大使館には留学生を監督指導するための専門外交官が4名駐在し
てたほどで、諸外国からの知識の吸収に注力しました。成績優秀者は公務員
として採用され政府の中枢の仕事をしていると思われます。
現在、アメリカの一流大学の中で、成績上位を占めているのは中国人留学
生の数が最も多く、インド人留学生がこれに次いでいると聞きます。彼らは
自らの成功を目指して留学しましたが、やがては母国の経済力の向上に従っ
て、さらなる成長へ貢献すると考えられます。
韓国もまた、アメリカへの留学生を数多く出し続けていますが、中国と同
様に成績優秀者は公務員として採用し、母国語と同様に英語を使える優秀な
人材が中央政府で仕事をしています。
日本でも一度社会へ出てからの、公務員の派遣留学や、企業からの派遣留
学がかってはかなり見かけられましたが、最近はどうなっているのでしょう
か? 国としての留学奨励の施策はどうなっているのでしょうか? 若い優
秀な人材を早くから選別して高度の教育を与えることは、国家として重要な
施策の一つであるのですが、教育予算の中にはそのような部門があれば、お
教え頂きたいと思います。
鳩山政権で推進している、高校の授業料を税金で負担する、子供手当を給
付するなどは、少子高齢化の進む中で、子育てをしている国民の生活を支援
する政策は必要であるにしても、底辺の下支えだけの教育に終始していたの
では、優秀な人材を社会の指導者として育てる重要な部分が欠落しているよ
うに思えてなりません。
自然の摂理は、人間の個々人の能力を、均等に等しく与えてくれません。
個々人に個性があり能力にも違いがあるのが自然です。それぞれの人間の持
つ才能を見分けて優れた部分を引き出し伸ばすことが、教育の目的でなけれ
ばならないと考えます。中国の古語に「名馬も名伯楽に会わざれば世に出る
ことなし」とあります。優れたコーチが優れた選手の素質を見抜いて鍛える
ことで、名選手は生まれます。当人の名選手を目指す志が強いことも必要で
すが、猛訓練のない世界制覇はあり得ません。
戦後の日本の教育界は文部省を筆頭として、平均的な卒業生を増やすこと
に専念して来てしまったのではないか? 機会の平等を越えて結果の平等を
求める、自然の摂理に反する幻想的政治思想に毒され続けているのではない
か、との思いがあります。
この国を覆う閉塞感を打破するためには、これまでの仕組みを根底から見
直して、大胆な改革を行う必要があります。教育に関しては、様々な分野に
おける青少年の持ち味を生かし育てるための、教育改革が必要であり、全寮
制を含む学生寮の大増設、奨学金制度の大々的に構築などが有効であると考
えています。
「坂の上の雲」を目指すための政策を多くの若者たちが求めています。
『民主党政権、立上がり局面での不安』
2009.11.15 小野 喜也 (昭33経)
新政権がスタートしてから2ヶ月近く、臨時国会での与野党論戦も始まりまし
た。民主党に現状打破の期待を寄せた方々も、さまざまな不安の中で新政権の言
動を見守っておられることと思います。
与野党の入れ替わる政権交代には、準備期間が必要であることは当然ですが、
どうも、新政権は準備不足のままに政権を担当したことが、次第に明らかにな
って来ています。
「官に依存した政治からの脱却、民意を主とした政治主導」が民主党の掲げた
大転換方針です。発足当初から次官会議を廃止し、各省大臣、副大臣、政務官
による記者会見を行う方針により、これまでの次官、局長などによる記者会見
を廃止しました。
また国会での審議には担当閣僚がこれにあたり、各省の公務員が常に補佐す
る姿は見えなくなりました。それはそれで歓迎するべき事態ですが、一方気に
なる面も様々にあり、今後への不安が広がりつつあります。
(1)「外国人の参政権」法案をこの臨時国会へ提出する動き
この臨時国会に、民主党は「外国人の参政権」についての法案を提出する意
向、との報道が11月4日にありました。このテーマの法案は公明党がつい先
頃、法案提出の見送りを決めた「問題法案」です。
内容は在日韓国人に参政権を認めようというものです。民主党の左派の中に
はこの問題に熱心な人たちがいますが、小沢幹事長と鳩山総理も推進している
ようです。この問題は「民主党マニフェスト」では、書かれていませんでした。
選挙での不利を避けるため、故意に隠していたのではと疑われます。
この「外国人の参政権」は、在日韓国人の組織「民団」が長年に亘って主張
していることであり、「参政権法案」実現への活動と、訴訟を繰返して来てい
ます。さらに「民団」は先の総選挙で初めて民社党を応援する選挙活動を大々
的に行いました。このことは彼らのサイトにも掲載されています。
※「民団」とはどのような組織か、下記のサイトをご覧ください。
ウィキペデイア http://ja.wikipedia.org/wiki/在日本大韓民国民団
在日韓国人Online Community http://www.mindan.org//index.php
鳩山総理大臣は11月5日の衆議院予算委員会での質疑の中で、この法案に
賛成の意見が自分の以前からのものであることを認めながら、憲法違反ではな
いかとの質問に対しては、国会での十分な議論を待つとの答弁を行い、法解釈
への回答を避けました。
「民団」の主張は、日本に在住する外国人に、日本人と同等の政治参加と
法的保護を求めることにあります。このような主張の違法性は「地方参政権」
についても、これまでに最高裁での判決があり明らかです。
マニフェストにも書かなかった、この法案を突然に臨時国会へ提出しよう
とすることは、民主党の選挙対策のために、国の基本を損なう極めて危険な
動きであると考えます。
当会会員の、布施あずささんから、「外国人参政権」から危険な事態を懸念
されて、背景についてのサイト情報をお知らせ頂きま した。
これまで、この問題について深くお考えでなかった方は、是非お目通しをお
願いします。
(A)永住外国人の参政権問題Q&A --地方参政権付与は憲法違反--
http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1092.html
日本大学教授 百地章氏による詳細な解説があります。
(B)衆議院予算委員会 質疑 自民党 稲田朋美議員 対 鳩山総理大臣
You Tube http://www.youtube.com/watch?v=nzi96Dji2Mk
このサイトは冒頭の部分で、それに続く部分も掲載されています。
(C)「外国人参政権」の違法性と、その危険性
チャンネル桜 http://www.youtube.com/watch?v=hPMVRWxF0io
民間の衛星放送局です。上下二回に亘ってを解説をしています。
小沢幹事長は選挙に勝つためには、誰とでも手を結びます。また鳩山総理の
掲げる「友愛」の中味には、理想主義に走る危ない側面があることを、私たち
は十二分に認識をしておく必要があります。
民主党政権がこのような問題に、選挙対策としての、政治的な妥協を持ち込
んで、国会の議論に委ねるとして賛成多数で国会を通そうとするのであれば、
国民は国会に反対の意見を送らなければなりません。各選挙区から民主党議員
に批判の声を届ける必要があると考えます。
国民の意見は表明しなければ政治へ伝わりません。上記の情報をご覧になら
れ、この「参政権付与法案」に反対だとお考えの方は行動をお願いします。
小生は、鳩山総理大臣宛に反対意見を送付しました。決まり文句の受領確認
メールは来ましたが、数が少なくては無視されるでしょう。また小生の選挙区
の衆参両院民主党議員へも反対意見を送り回答を求めました。
こちらの反応は今までありません。
(2)内閣の司令塔が機能していないこと
「国家戦略局(現在は室)」は法体系が未整備のままの旗揚げでしたことから、
メンバーの処遇と給与も法律の規定の無いままのためか、人選が大きく遅れて
いて、来年度予算の大筋を各省に指示するという、基本的に重要な機能が果た
せなかったままに事態は推移しています。
もう一つの司令塔「行政刷新会議」の方も、ムダ使い廃止のスローガンに多
くの期待が寄せられていたのですが、「事業仕分け」への取組みに不慣れなた
めか、麻生内閣の14兆円の補正予算について,野党として攻撃をしていたほ
どの無駄を切り出せずに、3兆円の圧縮に留まりました。
来年度予算については。概算95兆円という金額が各省担当大臣から上がっ
て来てしまって,新内閣の立上がりの隙を突いて、マニフェストからの金額を
上乗せして削減は最小限に止めた公務員に、逆襲されているかに思われます。
「事業仕分け」によって、無駄を排除するということですが、仕分け作業に
一部民間人を登用して公開の席で行うことは結構ですが、テレビで放映される
ニュース画面からは、財務省の大枠のお膳立てした舞台の上の作業のように見
えて、問題ありとされた個別の予算案の仕分けだけに終始していたら、全体で
の大幅な削減は出来ないのではないかと案じられます。 もし、大幅な削減が
出来なければ、財務省の各省とのこれまでの復活折衝を、助ける働きだけに終
ることになりかねません。
煙草増税や酒類の増税の問題が、問題の所在が明らかな特別会計についての、
切り込みが見られまいままに、論じられている上に、国際増発と限度について
の発言をするなど、財務省ペースの展開になっていて、総理大臣は防戦に追い
まくられているように見えます。
『羊頭を掲げて狗肉を売る』という古語がありますが、意気込みと実行力の格
差から、果たしてどこまで出来るのか不安が広がります。
(3)郵政会社の役員編成には唖然としました。
亀井静香担当大臣の執念のような変革推進によって、社長をはじめ役員構成
が大幅に変更となり、郵政民営化による改革への4年前の民意が覆されつつあ
ります。国民の多くは国民新党を支持したのではないにも関わらず、郵政会社
の社長指名への委員会制度は無視され、連立政権の三党協議の実施の有無も、
閣内協議の推移も内容も知らされず、さらには今後の方向の大筋も示されぬま
まに、元大蔵次官のドン斎藤二郎さんの社長就任となりました。
地方郵便局の機能など国民生活に直結する部分もさることながら、郵便貯金
という巨大な国民財産の運用と、簡易保険というこれまた巨大な保険制度とそ
の資金運用の在り方を、民営化によって適正化をはかるという、本来の目的は
どうなるのか、この変更を推進した亀井大臣は警察官僚出身で自民党守旧派で
あり、新社長は大物官僚で、役員の中心には他にも元公務員が複数配置された
陣容には、大きな不安を持った人は多いと思われます。
鳩山総理は、新社長は次官退任後すでに14年経過しているなど、弁解につ
とめていますが、その14年間の職歴と立場からは「天下り制度」の中核にい
た人物だと考えるのが常識でしょう。 マニフェストの精神に頭から反するこ
の行為は、国民は容認しないのではないかと考えます。
(4)公務員勢力による巻き返し
明治以来の官主を糾す「維新」を呼号した鳩山政権に対して、発足直後から
財務省を中心とした公務員勢力の、大規模な巻き返しが進行していると観察す
るのが自然ではないでしょうか。
自民党政権下で政治家を操る手法を身につけている公務員勢力は、農林水産
省の次官に見られるように、決して政治勢力に正面切って対立することはせず、
表面的には服従の姿勢を見せながら、既得権益を守るために政策の換骨奪胎を
行うべく努めている懸念が強くあります。
元来、政権交代を目指して、他の勢力と政策の違いを度外視しても手を結び、
民主党を作りあげて来た小沢一郎幹事長の主要目標は、自民党からの政権奪取
と政権確保による自民党の破壊にあります。
そのポリティシャンとしての執念と実行力には、一目も二目も置く人は多い
のですが、広い視野に立って日本をリードするステーツマンであるのか、民主
党の中での多数を率い、議員の死命を制する選挙の中心の座にいるだけに、大
きな不安があります。
神奈川、静岡と参議院補欠選挙に二勝して、民主党の参議院における単独過
半数制覇にはもうあと一歩という状況になりました。次の国民の審判の機会は
参議院選挙となります。
来年の参議院選挙までの間に、民主党は予算の組立てを通じて国民の大きな
期待にどれだけ応えられることを示せるのか、分配論に偏らない経済再建への
道筋を示せるのか、そして何よりも官への依存を引き下げるための、民間の智
慧を汲み上げる仕組みを作れるのか、目先の2ヶ月とその後の5ヶ月が勝負所
になっていると考えております。
以上
「航空行政の改革」 2009.9.17 小野 喜也 (昭33経)
☆9.16深夜の鳩山内閣新閣僚記者会見において、前原誠司国土交通大臣から
「航空行政」について国民からの意見を広く求める、とのご発言がありま
したので、本日午前8時30分に前原事務所へ本文を送信しました。
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「航空行政の改革」は、経済効果にとっても重要な課題であり、既得権者の
調整へと早急に取組むべきであると考えます。
まず第一には、東京の国際空港の使い方の変更があります。
現在、羽田空港では、埋め立てと海面に柱を建てた巨大なプラットフォームと
の合成による「D滑走路」が建設中で、2010年10月からの利用予定です。
総事業費は5,700億円と現在進行中の公共工事では最大規模ですが、これに
よって年間の発着能力は、現在の30.3万回から40.7万回へと34%増加します。
国土交通省は、この増加する10.4万回の発着数を、国際線3万回、国内線
2万回に割り振るとしていて、残りの5万回を未定としています。なおこれに
加えて深夜早朝(23時から翌朝6時)の時間帯での発着枠が3万回あります。
一方、成田空港の年間発着能力は19万回で、現在の拡充工事が完成すると
2010年3月からは21万回に増える予定です。しかし、世界中40カ国以上か
らの乗入れ要望があり、これからも能力不足は明らかです。
成田空港の建設は、当初、霞ヶ浦、東京湾などの候補地を押さえて、自民
党川島副総裁の選挙区であった成田に決められたものです。この空港建設工
事に対して、地元農民はこれに反対し、社会党の国会議員などが一坪地主と
なり、各種労働組合、学生活動家が現地での実力妨害行動を行い、管制塔へ
乱入した事件もありました。
その後も延々と用地買収は難航して、いまだに不完全なままであり、国際
競争力を失ってしまいました。
この間、アジア諸国では韓国、中国、タイ、シンガポールと巨大空港を完
成させ、ハブ空港の地位を争う事態となり、成田では既に対抗が出来ないこ
とは明らかです。
国際線は成田空港を優先するという国交省の行政に問題ありとの指摘は、
すでに様々な方面から上がっていますが、このことを「行政改革」の一環と
して、取り上げるべしとの声はまだありません。
成田と羽田の二つの空港を、深夜早朝の発着を含めて、国際線・国内線と
もに利用者の利便性を高め、国際競争力を高めるための角度から、活用しな
ければなりません。
また、日本の地方空港のほとんどが赤字経営なのに、今年も来年も開業す
る地方空港があります。国からの助成金があればこその建設でしょうが、完
成後の赤字は地方が負担しなければなりません。道路事業での直轄工事負担
金と同じように、国土交通省の行政が膨大な無駄と、国民負担を増やし続け
ているのです。
さらには、日本航空と全日空が赤字続きで、財政支援が行われ、路線の縮
小と廃止が進められると公表されています。かっての海運と同じように、世
界では空の自由化がどんどん進んでいます。
世界中で格安航空会社が乗客数を増やしていますが、日本ではその乗入れ
を主要空港の発着枠不足を理由に認めていないために、国民は利用できない
ままの状況が続いています。またこのことによって、日本はアジアの空の拠
点としての立場を失いつつあり、全産業にとって不利な状況を生み出してい
ます。
現状で羽田と成田へ格安航空会社の乗入れを認めれば、少なくともアジア
路線で日本航空と全日空は大打撃を受けることでしょう。しかし、航空行政
としては弱体化している会社は一時的には支えたとしても、根本的には前進
のための大改造を促す政策が必要なのです。でなければ第2のGMとしてま
た国民の税金へとツケは回って来ます。
官主導による無駄使いは「天下り先」の問題などはごく一部に過ぎません。
日本中の津々浦々、ありとあらゆる事柄が、官の利権の種となり国民に費
用と労力の負担を強いています。
新政権としては、当面は予算の組み替えから始めて、財源の配分を改める
ことでマニフェストの公約を守ることが必要ですが、より大きく根本的な問
題に取組むことによって、初めて次の世代のための明るい日本の将来が見え
て来るでしょう。
世界は絶え間なく変化を続けています。少子高齢化の重荷を背負っている
日本には、あまり長い時間はありません。4年、6年、8年遅くとも10年
以内に、敗戦後60年余続いた構造を改めるよう、国民すべてが努力しなけ
れば展望は開けないと考えております。
『新政権は官の支配打破から経済成長を生み出せ』
2009.9.5 小野 喜也 (昭33経)
衆議院選挙の投票率は69.28%と、小選挙区制へ変わってからは最高の投票率と
なり、自民党と公明党は小選挙区で惨敗しました。長年にわたる自民党中心の政
治からの初めての転換であり、選挙民の多くが現状変革を求めて民主党へその願
いを託したということでしょう。
民主党のマニュフェストに盛り込まれた、官の支配による無駄と不効率を改め
るべきことは、国民の同意を得ました。しかし、マニュフェストでは触れられて
いなかった重要な問題にも、これから取組むことを新政権に求めたいと考えます。
マニュフェストの中の、支援・補助などの分配を中心とした視点だけではなく、
官の支配を変えることで、新しい経済活動を生み出し経済の成長を目指してこそ、
国民を豊かにし、社会保障の原資を増やし、財政を健全化するために必要です。
攻めの行動こそが必要なのであり、そのためには官の支配から生み出されて来
た、既得権益の構造の総てを改めることを目指すべきであると考えます。
まずは、日本のこれまでの官の支配の経緯をご確認ください。
敗戦の前は、天皇陛下に任命をされた官僚として働いた人たちは、統帥権とい
う議会には従わない権限を持った軍人官僚の、満州事変以後の戦争拡大方針に引
きずられて、最初から勝つ成算のない太平洋戦争に協力しました。
敗戦後は、占領軍の占領政策を実践する役割を与えられ、陸海軍、内務省など
戦争を遂行した省庁以外は、戦前の体制を維持しながら、経済復興を目指しまし
た。天皇に変えてGHQ最高司令官の示した方針に従ったのです。
講和条約締結による占領の終結後は、自民党の政権が続きました。吉田茂総理
をはじめとする歴代の総理大臣は官僚出身者が続いて、行政機構を動かす人たち
の行動原理を知っていて睨みが効いたためか、キャリア組については戦前からの
「国を背負う」プライドを持つ人たちが残っていたためか、経済成長を目指した
国家目標には大いに貢献したと思われます。
しかし、官僚出身の総理大臣が生まれなくなり、行政の知識の少ない総理大臣
が短期間に交代を続け、大臣もまたクルクルと変わるようになると、次第に国家
公務員は省庁中心の自己権益の増殖に励むように変化して来たのではないかと
考えられます。何の知識もない大臣は、舞台の上で踊る役者のようなものとなり、
脚本を書き演出をするのは国家公務員であるという期間が続いて来たのです。
国会内の委員会で、野党の質問に答えるのは各省庁の公務員である状態も長く
続きました。今では答弁に立つのは所管大臣と改められましたが、事前に提出さ
れる質問に対する、答弁の材料は公務員が整えていて、要所では大臣を支えてい
ることはテレビの国会中継でご存知の通りです。
民主党が「国家戦略会議」を創設し、予算をはじめ国策の大筋を政治主導で行
おうとしていることは正解です。予算や法案が各省の課長レベルの交渉で決めら
れて、次官会議に上がって来る時には調整済みになっていて、次官会議も内閣の
閣議も、上がってきた方針を追認するだけでは、単なる署名のための儀式に列席
しているのに過ぎません。これまで各省の公務員との繋がりは、自民党政策審議
会の委員と派閥を率いる古参議員となっていた構造が、族議員の温床となってい
ました。 自民党の議席数の激減により族議員の多くは議席を失い、残った人も
野党へ回った選挙結果の状況を生かさなければなりません。
政党ではなく内閣が選挙で国民から選ばれた責任を背負って、公務員を直接に
指揮し、さらに任免権をも持たなければ行政機構を意のままに使うことは出来ま
せん。責任を持つ立場の政治家が、責任を持たない公務員たちを使いこなせなか
ったことが、これまでの核心的な問題です。
行政制度を改めることの重要性と同時に、運営に当たる人間の能力の選抜も極
めて重要です。漢字が読めない人などは論外ですが、公務員の書いた台本の通り
にしか記者会見も出来ないような知的水準の人を責任者に登用したのでは、これ
までと変わりません。
一気に増えた衆議院議員の研修も必要ですが、必要に応じて民間人を起用して
も、各省で公務員に誤摩化されて担がれることのない人物を、当選回数とか前例
に囚われずに有能な人材を、大臣はじめ要所の責任者に選任してもらいたいもの
です。
重要なことは枝葉末節ではなく、根本的な大きな方針を示すことにあります。
しかるべき能力を持つ勤勉な人物が、人事権を握れば、公務員はこれまでの歴史
が示すように、例え陰で非服従の画策はしても、権力には従うという生来の行動
原理で動くと考えます。
公務員改革には人事政策にも切り込む必要があります。
徳川時代の武士に、上士と下士の身分差があったのと同様に、採用に先立つ試験
による資格で、少数のキャリア組が大多数のノンキャリア組を支配している現状
は民間の常識からは時代錯誤に思えます。民主党が全員野球を口にするのであれ
ば、ファームからの抜擢や起用を、公務員についても職務上の実力に応じて行う
ことが、公務員全体のモラルを引上げて国民に奉仕するための質の向上に役立つ
と考えられます。
米ソ冷戦の国際環境下では、共産主義・社会主義を信奉する主としてノンキャ
リア公務員による労働組合の攻勢に押されて、省庁内での統治能力は現場職員の
多いところほど低下しました。「闇専従」などは、今どきにやっと報道されるよ
うになりましたが、古くからある管理者責任不在の悪しき慣行です。
年金問題で露呈した社会保険庁の杜撰な勤務態度、日教組に対する文部科学省
の対策など、ここには作為と不作為の反国民的な公務員問題があります。
学生運動に参加し民間への就職機会を失った大量の人たちが、思想調査のなか
った公務員となりながら、空想的社会主義の実現を夢見て来ているのです。
統治責任者が構成員を掌握して指揮し実践する責任制度を確立しなければなりま
せん。
経済が成長しなければ、国の富は増えません。人口減少と高齢化の加速するこ
の時期に、これまで抜本的な改革を妨げて来たのは、国家公務員の狭い範囲に区
切られた利益追求と、それと手を握り合った族議員の存在でした。
西ドイツの太陽光発電が、余剰発電の買い上げ単価を引上げることで、日本を
逆転して、大きくリードした事実をご存知の方は多いと思います。
太陽光発電、風力発電、地熱発電など資源の乏しい日本の立地でも、世界的に
競争力のある技術が存在しますが、その発展を阻んでいるのは、既得権を守ろう
としている集団です。
端的に言えば、国内市場を寡占している電力会社の問題があります。原子力発
電についても、電力会社が握っていますから、他の発電方法の発展のためには、
このポイントに切り込む政策が不可欠です。
公共事業会社として、地域に君臨し政府と協力を続けて来た電力会社は極めて
重要な存在であり、それ故にこそ、新しい時代を切り開くための改革は欠かせな
い大問題です。
補助金、助成金は税金の原資が必要であり、一時凌ぎの策に過ぎません。
根本的な景気対策、雇用対策は経済成長のための施策の中にあります。それが
出来なかった自民党から、民主党へと渡された日本の課題です。
免許事業、許認可事業には既得権による長年の問題が山積しています。
あらゆる産業を取り巻く諸規制などの総てについての、これまでの施策を、総合
的な常識で片端から総点検して洗い直すことで、産業は大きく活性化することは
疑いありません。
先を見通す習性が無く、前例に従い大過なくの処世に徹する公務員に対して、
明確な改革への目標を示し実行を指揮することが肝要です。
日本の製造業に蓄積された技術と、伝統的な「匠の精神」を持つ優れた技術者
たちは、技術発展による恩恵を自国のためのみならず、世界中の人々へ広める可
能性を持っています。
国内技術力の総力を浮揚させるために、それを阻んでいる障害を軽減し除去す
ることで、経済を活性化し経済発展を生み出せると考えています。
経済の基盤となる国際関係の方針は、国策の中心課題です。選挙では争点には
なりませんでしたが、諸外国は夫々の立場から新政権の方向に注目しています。
中国の古典『老子」に「大国を治めるは小魚を煮るがごとし」とあります。
来年の参議院選挙を意識しすぎて、焦ることなく、じつくりと歴史的改革に取組
んで貰いたいものです。
待望の与党になることは、自分の信念に基づく政策を実行する機会を得たとい
うことであり、スタートであってゴールではありません。大臣などのポストを
ゴールのように考えていた政治の時代は終らせなければなりません。
民主党政権の発足に当たり、新生日本の発展へ向けての奮闘を期待します。
『投票率が上がれば日本は変わる』
投票をする前には、候補者のことを調べましよう。
2009.7.15 小野 喜也 (昭33経)
懸案の衆議院議員選挙は、7月21日解散、8月30日投票と決まりました。
麻生総理は支持率の低迷などで解散に踏み切れずにいたものの、東京都議会選
挙での自民党の大敗により、党内に麻生降ろしの声も上がる中で、遂に衆議院
議員の任期満了のほんの少し前での総選挙となりました。
解散の決断を尻押ししたのは千葉市長選挙、静岡県知事選挙、東京都議会選
挙と続いた地方選挙における自民党の敗北でしょう。
「地方選挙と国政とは関係ありません」と言いながらも、麻生総理大臣は東京
都議会選挙候補者たちの各選挙区事務所を軒並み応援に回りましたが、候補者
たちには、あまり歓迎されなかったようです。
その、都議会選挙で注目された、定員1名の選挙区7区の中で、伊豆諸島区
を除く6つの区で自民党は敗れましたが、中でも千代田区で当選7回70歳の
ベテラン大物都議が、公示直前に出馬を決めた26歳の民主党新人候補に敗れ
たことは、有権者の選択を示唆する象徴的な出来事でした。有権者は実績は何
もなくても、改革を行う可能性の高い人物を選んだということです。
この都議会選挙の投票率は54.49%で、過去2番目に低かった前回(2005
年)の43.99%を、10.50ポイント上回りました。今年の4月以降の大型地方
選挙では、いずれも投票率が大幅にアップしていることが注目されます。
投票率を上げる必要性については、これまで「インターネット演説館」でも、
古くから小論を掲載しております。 支持政党なしという有権者が多く、既存
の政党への信頼感を持たない国民が多い状態が長年続いていますから、投票率
が高まると、当選者の顔ぶれは大きく変化する可能性が高いのです。
http://www.inet-mitakai.com/Pages_folder/enzetsu.html
2007.01.24 「統一地方選挙で棄権してはいけない」
2003.01.04 『それでも、貴方はまだ棄権を続けますか?』
昨年からの世界経済危機によって、失業率が上昇し、残業減少や賞与減額で
年間所得が低下して、多くの国民には消費支出を様々に押さえる生活防衛が広
がりました。
ようやく頭の中からバブル時代の思考習慣が薄れて、明日は今日よりも良い
とは限らないことを実感する人が増えて来たのでしょう。日本の低い投票率の
主たる原因であった、若年層と女性との意識の変化が起きていると思われます。
就職をするにも、結婚をして子育てをするにも、選挙で投票なんかしてもし
なくても、変わらないだろうと長い間考えていた人たちが、少しづつ目を覚ま
しつつあるようです。
投票率が10%上がれば、選挙結果は大きく異なることが、次々と目の前に
起っているのですから、ここからは更に投票率は上がるかも知れません。
そこで、これから初めて投票をしようと考える方々には特に、投票をする前
に候補者について調べるることをお奨めします。と言っても、ネットやブログ
を眺めるだけで良いのです。
いまや、メールが使えずワードもエクセルも使えなければ、就職活動も出来
ない社会ですが、候補者の中には、どちらも出来ない人がかなりいます。試し
にメールを送ってみるとその反応によって、本人が使えているかどうか判断材
料が手に入ります。
アメリカの大統領選挙では、予備選挙の段階からネット利用が活発であり、
オバマ勝利の大きな推進力となりました。一方、日本では公職選挙法をネット
利用を可能にする改正を阻んでいる人たちがいます。その人たちは自分自身が
使っていません。ネットを使いこなせない人には、国全体がネット活用を推進
しなければならない時代を率いてもらう訳にはいかないでしょう。
次に、インターネット新聞が発信している「ザ・選挙」というサイトをご覧
下さい。『国会議員白書』というページがあります。
http://www.senkyo.janjan.jp/diet/dietinfo/
衆議院、参議院それぞれ議員別に下記の項目で活動実績が掲載されています。
表題はランキングですが、国会議員全員の実績を名前別、選挙区別。政党別な
ど並べ替えて、活動実績を点検することが出来ます。
(1)議員立法提出数 (2)質問主意書提出数 (3)委員会出席数
(4)委員会発言数 (5)本会議 棄権・欠席率
貴方の選挙区の候補者の中の現職について、国会での働きぶりが判ります。
当選回数の多い人でも、知名度の高い人でも、歳費を貰っていながら、いった
い議員として何をしているのか、疑問に思うような実績しかない人もいます。
そんな人に投票をしても貴方の希望は国会に反映されません。
政治の仕組みは、総理大臣の選び方も含めて、現在行われている方法に固定
されているわけではありません。法律は国会で改正すれば変えることが出来ま
すから、議会での投票権を持つ議員を選ぶことは重要です。より良い国を目指
すには、まず、そこから始めなければなりません。
「崩壊した財政規律と公的モラル」
2009.6.16 小野 喜也 (昭33経)
平成20年度補正予算、平成21年度予算、平成21年度第1次補正予算
そして平成21年度第2次補正予算と、麻生内閣は2008年9月の就任以来、
補正予算支出を繰り返しています。
そして6月9日、来年度の予算の筋道を示す「骨太の方針」において、
遂に財政均衡の達成目標年を大幅に先送りして、さらに消費税12%への
引上げが必要だと明言しました。
与謝野大臣は、小泉改革以来、自民党が掲げて来た財政破綻から脱却する
長期方針を、根底から消し去った理由として、は世界的経済危機のみを挙げ
ました。すでに、15兆という第2次補正予算を赤字国債の増額を財源とし
て提出している時点で明らかではありますが、来年度以降もさらに長期に亘
って体質改善はしないまま、消費税で国民負担を求めています。
今この国の予算編成の主導権を握っているのは、総理大臣ではなく財務省
公務員であることは、さらに明らかとなり、自己権益を利益の追求を行動原
理とする彼らには、国家財政の健全性への意欲も道徳観念を無く、ツケは総
て国民へ回そうとする徳川時代のような有様になりました。
衆議院選挙を目前にして、「マニュフェスト」作りに与野党は取りかかっ
ているようですが、自民党については「マニュフェスト」は不必要です。
今回の「骨太の方針」そのものが、政治目標なのです。
中央官庁の自己権益追求が、あらゆる省であらゆる分野で膨大な金額に達
していることを、国民はすでに感じています。そのことへの改革の糸口を作
った郵政改革、道路公団民営化などの政策を、なし崩しにしている自民党は
膨大な補正予算で一時凌ぎを狙っても、長期的に行き詰まっています。
「マニュフェスト」が重要な意味を持つのは野党側にあります。
長年の官主導の国家体制を、主権者である国民の目で総て見直すことを中心
とすることと思われますが、「政権交代」は国民にとっては目標ではなく、
国家体制の変革と生活の維持向上が願いであることを念頭に、長期的な目標
を示して、着実に前進する方向を明記することが求められます。
敗戦後だけでも60年以上、積上げられた官主導の誤りはあまりにも大き
く、簡単に解消できるものではありません。「政権亡者」は野党の中にも存
在するでしょうし、そこに付け込もうとする官からの働きかけも当然あるで
しょう。野党から与党に変わったら総てが一変する訳ではありません。
国民は自らの存亡を賭けて、「マニュフェスト」の実現可能性を考えて、
投票をします。そして、いよいよ政権を担ったとなれば、実行力を注視して
次の選択について考え出します。
政権を把握し頂点に立つ政党には、財政規律と公的モラルの厳守が期待さ
れていることを踏まえて、大きな構想を示すことが期待されます。
「農民意識から匠の意識への転換が必要」
2009.6.3 小野 喜也 (昭33経)
農業従事者の高齢化と不耕作農地の拡大が益々進み減反政策は見直す方向へ
向い、日本の農業政策は大転換を迫られています。
農業の歴史の歯車も留まることなく回り続けていますが、人間の意識は自分
の体験した原点の古いところに留まりやすいものです。
戦争に負けて占領軍の農地改革政策によって、日本の小作農民(地主の土地
を借りて賃料を払う農民)はすべて、耕作していた農地を自分のものとするこ
とが出来ました。一方、地主は貸していた農地をすべて農地債券と引き換えに
政府に渡し、小作に配分されました。
憲法を変え、民法を変え、日本が再び脅威となることのないように、財閥を
解体し、地主階級を一掃し、国の社会構造を変革するよう占領軍は努めました。
しかし、法律は短期間に変更出来ますが、法律の下で生きている人間の考え
方は、短期間には変わりません。幼少時から青年期、壮年期の思考習慣は続き
ます。古い世代の死亡による若い世代への人口の入れ替わりと共に、長い年月
をかけて、全体の意識はじょじょに変化をするのが通例です。
「今どきの若い者は.....」という成人の側からの嘆きは、古代楔型文字の時代
から繰返し世界諸国で記録されています。自分たちとは異なる社会環境で育ち
つつある若者の言動の中には、親の世代には理解不能なものが増えてくるのが
自然です。育った環境によって、人間は同じ国でも世代によって異なる意識を
持つようになります。
日本の場合、そのような変化の中でも変わらずに生き延び続けていて、こと
に敗戦後は日本社会の主流を占めて来たのは「農民意識」だと、小生は考えて
います。
弥生時代から水田耕作は、灌漑・用水など地域ぐるみの集団作業を必要とし
ていました。人口の大部分を占め続けて来た多数派は農民でした。明治維新で
武士の支配は終わり、武士階級は没落しましたが、明治政府をリードしたのは
武士階級出身者であり、その流れは続いて「武士道」は敗戦までの指導者にと
っては中核的な精神でした。
敗戦後は「武士道」精神は危険思想とされ、歌舞伎の公演でも仇討ち場面は
禁止されるなどと圧殺されて、変わって主役に登場して来たのは、それまで
非支配階級にあった「農民思想」であったと考えています。
国民は農民思想を次第に高評価するようになり、黒沢明監督の「七人の侍」
はその象徴的作品です。
衆参両議員は全国の選挙区で選出され、議員は議会のある東京と選挙区とを
毎週行き来する現在に続く仕組みに変わりました。議員は選挙区を「うちの田
圃」と呼び、選挙区で支持者と交流することを「田の草取り」と言っていまし
た。政治と議会の運営には農民意識に基ずく慣例と慣行が豊富にあります。
「長いものには巻かれろ」「皆のまとまりを妨げるな」「人前で口論するな」
「年寄りの顔を立てろ」などなど、農民が生きるための習慣として長らく続け
て来た、顔の見える範囲内での人間集団のルールが、政治に限らず官庁でも、
会社や団体でも次第に主流を占めるようになり、今日へと続いています。
人間が集まれば様々に異なる意見があるのが自然です。自らの考えを大勢に
説く演説(スピーチ)と、異なる意見と戦わす討論(ディベート)を行って
全体の意見を投票で確かめて、多数に従うという民主主義の原則は、福澤先生
の先導にも関わらず、まだまだ社会全体には、若い世代も含めて、根付いてい
ません。
例えば、上場会社の役員会の様子を見てみますと、あらゆる議事録は全員一
致の賛成が記録されていることでしょう。少数派の反対意見が記載されている
議事録の存在をご存知であればお聞きしたいと思います。
現行ルールでは役員の任免権限は代表取締役社長に集中していますが、議案
はあらかじめ社長の承認を得ており、必要な場合には根回しが行われています
から、役員会議で異論を唱えることは辞任覚悟でなければ出来ません。また行
ったとしても発言が記録されることは希有であると思われます。
他人事ではありません。都会に生まれ育った人たちも、この社会的な農民意
識の流れの外に立つことは難しく、無意識のまま周囲の流れに従って、農民意
識で行動している人たちも沢山います。
数人の会食でも年長者か誰かがビールと言えば、全員がビールに合わせるの
が、つい先頃までは通例でした。インフルエンザ流行でマスクをしている人が
増えると、自分もマスクをしないと迷惑をかけるのではないかと、考えてしま
う意識も存在します。
「空気を読む」という若い世代の流行語も生まれています。自分自身の思考
に基づく行動原理を持つのではなく、周囲の動きを見て行動する日本人の習性
は根強いものがあります。
また、パブリックとプライベートのバランスは、公への奉仕を強要された戦
前から一転して、私の権利主張へと急傾斜してしまいながら、生活習慣として
は身の回りの生活圏の中では、集団主義の枠の中で生きているというのが、現
実ではないかと考えられます。
国際的な交流と交渉が急速に伸展している状況の中で、まず私たち自身の意
識の位置を確認する必要があります。そして、世界諸国の人々は、夫々の歴史
的な背景の下に、独自の意識を持っていることを知る必要があります。
世界的経済不況の中で、日本の将来を切り開くためには、この国をどのよう
な国にするのか、大きな方向を示すことが政治家に求められています。このこ
とは前例主義の公務員からでは生まれて来ないでしょう。
国の先行きへの見通しが立て難くなると、どこの国でも前の時代を振り返る
のが通例です。日本では昭和を振り返り、明治から江戸時代をまで振り返る流
れになっていますが、野球チームをサムライ日本などと言っても「武士道精神」
を国民意識の中核として復活させることはまず難しいことであり、また目指す
べきではないと思われます。
私論としては、日本の国民意識の中核とするべきは「匠の意識」ではないか
と、考えています。物造りの精神は金と名誉に執着せずに、ひらすらより良い
ものを生み出すことを、人が一生にわたって努め、仕事を自らの誇りとする大
勢の無名の人々の意識が、世界に誇る結果を残し続けています。
その精神は、伝統工芸・美術・芸能から近代的生産の現場まで、古い時代か
ら日本人に脈々と受け継がれています。それぞれの専門分野で一流の域に達し
た人たちが、さらに上の水準を目指して努力することを賞賛する気質も広く存
在しています。
この世界に誇れる「職人・アーキテクチャア」の精神、そして経済的な競争
力もまた抜群な伝統のある「匠の意識」も、今では弱りつつあります。
この「匠の意識」を日本人の心の舞台の中心に据えて、個々人の従事するあ
らゆる種類の仕事の中で、プライドを持って立派な仕事を行い、後代へ伝える
よう努めることを、長期的な日本国としての目標と定める必要があります。
「農民意識」は根強いものがありますが、「匠の意識」もまた長い歴史を経
て持続されています。この「匠の意識」をより上位に掲げて実践に努めること
によって、テレビ画面から不祥事の謝罪会見のような、責任者の醜態は激減す
るのではないでしょうか?
「恥の文化」の伝統は断たれましたが、周囲の目への意識ではなく、自らの
信念によって、プライドを守り高めるることは誰にでも出来ることです。
国民の意識が、「匠の意識」への方向へ進むことを願っています。
国民の意識が「匠の意識」への方向進むように、総てのリーダーを自任する
人から個々の国民に至るまで、自らの行動規範とし次世代へさらに拡大するす
ることを努めるよう願っています。
間もなく4年振りに、この国の進路を国民が選択する機会がやって来ます。
歴史を縦に長く、世界へと横に広く、さらには自らの意識の在り方の中へと深
く考えて、自らの将来と子供たちの代の未来のために、悔いのない選択と投票
を行うよう心がけましょう。 より良い日本を築けるのは私たちです。
<蛇足>
日本の人口およその推移
戦国時代の末期 1,230万人
徳川時代の中期 2,700万人
明治維新の初期 3,330万人
太平洋戦争の終結時 8,390万人
2006年のピーク時 12,600万人
明治からの3.7倍の増加は、減少に転じ今後は減少が続きます。
農家人口は敗戦後のほぼ3,800万人
2004年の統計では940万人
専業の農業従事者の人口は341万人となり高齢化が進んでいます。
以上
「渡り」をなくすための公務員人事制度
2009.2.06 小野 喜也 (昭33経)
現在開会中の国会で、国家公務員の「渡り」を野党が取り上げて、麻生内閣を
攻撃しています。連日の報道で「渡り」の意味は、広く国民が知ることになりま
したが、この慣行は「天下り」と並んで古く長いものです。根本的には同期生の
昇進に遅れた人は、定年前から次々と外へ出すという勝抜きトーナメント式の人
事運営にあります。
入省した年次の階段に従った職階を崩さないということですから、後輩に追い
抜かれることはありません。どの省に入っても、省から出ることはあっても、定
年どころか延々と勤め先が斡旋される、終身雇用に近いことが行われています。
この人事制度を変革しなければ根本的な解決にはなり得ません。
日本では創業が古く大きい会社ほど、疑似官庁的な制度を採用して来ましたか
ら、年功序列の賃金体系を維持していますが、役職への登用では年次の逆転もあ
り、関連子会社への天下り的な人事異動はありますが、それらのほとんどは役員
以上が対象であり、社員では減給を伴うリストラくらいで、公務員の様なことは
不可能です。
この公務員の特別な人事を可能にしてきたのが、外郭団体の拡大です。戦前の
ことは見聞していませんが、昭和30年代初期に社会に出て間もなく見聞したこ
とは、中央官庁におけるキャリア公務員に対する人事評価の第1順位は「法案」
を成立させること、第2順位は「天下り先機関」を作るということにあることで
した。
当時は日本の国家予算はゼネラル・モータース1社の予算よりも小さい時代で、
公務員の給与水準は民間企業に比べて低いものでしたが、公務員諸氏組織を挙げ
て営々と細くても長く給料を得る道を追求しているように感じていました。
ところが、日本経済の発展によって予算規模が次第に大きくなり、公務員給与
が上昇してからも、この動きは止むどころか益々拡大して、外郭団体だけで「渡
り」が出来るほどの数に達しているということです。
総理大臣の演説草稿を公務員が作り、各省大臣の演説も書いています。議員か
らの法案提出は近年少しは増えましたが、政府提案の法律を作っているのは公務
員ですから、法案の成否を決める投票権を持つ議員は、賛否の投票をするだけの
役割になっています。この現状は「立法・行政・司法」の三権分立、グーチョキ
パーの相互牽制で成立つはずの民主主義の原則を甚だしく歪めています。
では、どのようにして改善をするのか、その提案がなければなりません。
まず、人間の行動原理を基本から考えてみましょう。組織の中で生きる人間は組
織内からの評価で昇進も給料も左右されます。従って、評価方法と評価をする人
を変えることが基本的に必要です。上からだけの評価ではなく、横と下からの評
価を加える方法もあります。方法変更の目標は明らかです。公務員仲間の利害で
はなく、主権者である国民の中長期的な利益に添った公務員への転換です。
首相官邸のHPでは、「行政支出総点検会議」で昨年行ったこと、平成21年
度予算案に支出削減の提案が反映されたこと、などを広報していますが、問題は
より根源的なものであり、制度の根幹に踏み込まなければなりません。
天下りを廃止するためには、年次逆転人事も行い、定年まで本省で働く方法も
必要です。民間では年功逆転の人事はどこでもあり、中高年社員は定年繰下げす
らもあるのですから、公務員だけを特別扱いをする時代は過ぎ去りました。
公務員の側から自浄作用など起るはずはありません。
年金問題のような長年に亘り先送りしてきた不始末や、薬害問題で追求されたこ
となどは、行政の責任を追求する制度に改めるべきでしょう。
縦割り行政の非効率を正すための各省庁人事の統一を図る方法について、人事院
は工程表の段階で猛反対をしています。これは国民が選んだ政治に対する公務員
の反乱であり、これらを公然と行う公務員には国民のための職業にいるという自
覚は無いと考えざるを得ません。
大臣一人で公務員の支配している中央官庁に落下傘で降下してもと、副大臣制
度も出来ましたが、まだまだ不十分です。議員任期に左右されない民間からも人
材を登用して、官庁の人事権を透明化することのできる制度に変える必要があり
ます。外郭団体はすべて全廃を前提として見直すべきでしょう。政治家が公務員
を支配するのではなく、国民の目が届くことが必要なのです。
売上が減り赤字になれば、経費を縮小しなければならないのが経済原理です。
赤字を国債という借金で賄い続け、税金や介護・健康保険料の増額など国民負担
を増やすことで、自らの利益を守ろうとし続けていることに、気が付けば、国民
は納得するはずはありません。賃金削減、人員削減はすでに遅すぎるあるべき財
政政策です。
法案作成を公務員に依存することもオカシナことです。政府提案の作成は首相
官邸の直轄組織として、各省庁からの出向は認めず、民間人と混在する専門機関
を作るべきだと考えられます。議員も理解しにくい難解な法文はすべて国民が理
解出来るものとしなければなりません。
議員立法についても、ワシントンDCには法律事務所が沢山あって、議員が法案
の骨子となるアイディアを持ち込めば議会へ提出できる法案に仕立ててくれます。
この仕事を担う法律事務所にも、トップ以外は公務員から転職は認めて民間人と
混在させることが出来るでしょう。官と民との人材交流というものは、一方通行
ではなく双方向から行えるような仕組みにすることが、国民の利益に適うと考え
ます。
大きな船が沈む時、小さな救命ボートへ乗り移り荒れた海へ出るのが怖くて、
沈没が迫っていても、大きな船に残ろうとする人が少なからずいるそうです。
しかし、『一人の人は、一時的にも長い間もだますことは可能でも、大勢の人を
一時的ではなく長い間だまし続けることは出来ない」いう名言もあります。
今、国会議員を勤めている人たちの多くは、これまでの公務員制度の問題点は
良くご存知のはずなのです。それでも、60余年続けて来た与党の旨味は公務員
のサポート(実質的には支配)で成立つていることに疑問はないのでしょうか?
安部内閣、福田内閣と改革は表面を飾るだけのお飾りへと薄められ続けて、麻
生内閣はとうとう改革路線の廃止を明言し、郵政4社分割の見直しを唱えました。
郵政4社はすべて黒字で納税もされていると武部勤議員は言っています。
小泉改革を帳消しにして、税金に寄生する特権を守りたい公務員の動きは、ま
すます強まり続けています。小泉路線への批判はすべて、これらの勢力からの働
きかけから生じていると考えられます。
衆議院議員選挙が近づき決断の時は迫っています。
どのような政権が生まれたら、国民の利益を正面に掲げた行政へ変えられるの
か、政権交代には国民の側にも不安はあります。しかし中長期的には現在の公務
員の仕組みをそのままにしていたのでは、国民のためにはならないと感じている
人は増え続けているのではないでしょうか。
最大議席を獲得する政党はどこか? 単独で過半数を取れない場合の連立相手
はどう組むのか? 政党の再編成に繋がるのか? 誰が「改革」の旗手になれる
のか?
恐らくは、今後の政界の混迷の中から、早期に景気回復の筋道をつけることは、
極めて難しいとの覚悟が必要であると考えています。
一人でも多くの国民が投票に参加することの中から、新しい芽が伸びてくるで
あろうことを期待して、自立自助の精神を鍛えて困難な時期を乗越えましょう。
蛇足
公務員だけがバブルの頂点の体制のまま過ごし、国民に寄生しているのです。
この角度から見れば、公務員出身の国会議員や地方自治体首長の中には、業界団
体の支援を受けて当選して来た人たちも目立ちますね。選挙の洗礼は受けている
とは言いながら、国家予算の分捕り合戦という役割で、出身官庁へ働きかける族
議員の親玉もいて、議員仲間の間では知られているのだと思われます。
また、「天下り」と「渡り」は国家公務員だけの話ではありません。地方公務
員や日本銀行にも存在し続けています。「改革」は一夜では出来ないとの覚悟が
必要です。
「アンコールを無差別にするな!」
2008.12.03 小野 喜也 (昭33経)
音楽の催しへ出かけた時に、気になることは「アンコール」の拍手です。
素晴らしい演奏への賞賛と感激の表現としての拍手(欧米では立上がって拍手
するスタンディグ・オベーション)は、演ずる人に対する聴衆からの最高の勲章
で、演奏者の精神を鼓舞しさらなる精進をうながします。
ところが、さほどでもない演奏についても、アンコールの拍手が行われる場合
があり、何かオマケの演奏をねだっているような、物欲しげな貧しさを感じる場
合があります。
演奏する側はそれでもアンコールは嬉しいものでしょうから、甘い評価は演奏
をさらに優れたものにする意欲を奪い、満足させてしまう危険性があります。
結果として、聴衆はより良い演奏を聴く可能性を削ってしまいます。
昔から、歌舞伎の世界では「良い役者は、良い観客が作り上げる」と言われて
来ました。良い演技への拍手と掛け声、感心しない演技への無反応や私語ざわめ
きは舞台の上の役者は敏感に感じるようです。観客の鑑賞眼が厳しければ厳しい
ほど、それに応えるために役者は努力し演技力は向上するという意味です。
目利きは一等席よりも大向こうの天井に近い席に多いとも聞きます。
落語の世界では、拍手よりは「笑い」です。
観客の笑いの反応を「枕」(切り出しの話)で探りながら、本題へと入ります。
笑いは拍手よりも反射的な現象ですから、より正直に反応が判ります。
笑いが起らず、居眠りする人がいれば落語家には圧力となります。
噺が終われば拍手になりますが、アンコールはありません。
落語家は何でも笑ってくれる観客を「甘金」と隠語で呼んでいて、有難がる
よりも軽く見ています。笑いの反応は人様々ですが、やはり、芸を磨くために
は厳しい評価をする観客が必要だとする伝統があるようです。
伝統芸能に見られる観客の意識と反応は、どうやら音楽の世界には伝わって
いないように思われます。
角度を換えて、プロ野球の観衆について観察をしてみましょう。
BS放送ではアメリカ大リーグの試合を放映していますので、ご覧になる機会
は増えています。そこに映されている観客は、良いプレーに対しては大きな
拍手を送り、凡ミスやエラーに対してはブーイングをしています。それも
ホームチームに限らず相手に対しても同様の反応をしています。
どうやら、観客の一人としても自分の正直な気持ちを率直に表すことが
評価者としての役割であり、このことは国とジャンルを越えているのでは
ないかと考えています。
「アンコール」の拍手は無差別にしないで下さい。
2008.12.03 小野 喜也 (昭33経)
戦後生まれが国民の過半数を占めるようになりました。
「機会の平等」と「結果の平等」を勘違いしている人の数も増えているようです。
敗戦後の憲法は民主主義を基本としていて、そのことに異論は無いと思いますが、
これは法律において国民は国の主権者であり、等しい権利を持つことを示してい
るに過ぎません。
自分の周囲には様々な能力において、自分よりも高い能力を持つ人がいて、逆に
低い能力しか持たない人がいることは、小学生でも感じることです。
自然は、生まれた時から、すべての人間に等しい能力を与えることはありません。
個々人の感覚機器の能力も、視力、聴力、臭覚力、味覚力など生まれつき異なります。
さらに脳の働きは細かい部分に至るまで、大きな格差があるのが自然です。
視力は視力検査で判りますが、スポーツなどで重要な動体視力の格差を自覚する
機会は少ないでしょう。聴力も難聴など生活に困るようでないと、可聴範囲や音階
についての能力格差に気付かない人も多いでしょう。臭覚は香料のブレンドなどの
仕事では重要ですが、日常は意識されることはありません。味覚への鋭敏度は飲食
に関わる仕事では大切ですが、名調理人の子供たちが等しく同じ能力を持って生ま
れては来ません。
科学者の道を進む人たちは、また独特の能力を持っているそうです。普通の人が
感じられないようなことが、数字で見えたりして思考回路が異なるようです。
これらの能力格差は、DNAの働きで生じると思われますが、生まれついての格差
です。優れた人がその能力を活かせないことはあっても、劣った人が努力して越え
ることは不可能です。そのことはスポーツや音楽の専門家を観察することを通して
うかがい知ることが出来ます。
自分の出来ないことを出来る人に、敬意を払うことは自然の感情です。
自分の出来ることを出来ない人が多いことに気付けば、それを生かそうとするのも
自然でしょう。社会に無数にある仕事では夫々に専門性があって、能力を持った人
たちがさらに努力して実力を高めています。分業化の進んだ社会では無数の専門家
が必要になります。自分の能力を正しく知れば専門家への道は開けます。
専門能力の水準は、性別、年齢差、人種などとは無関係です。
ただ、その水準を計れるのは普通の能力しか持たない人には出来ません。やはりあ
る程度以上の能力のある人だけが、その専門能力の水準を評価することが出来ます。
近年の日本で気になることの一つは、専門家の専門性の水準を計り、普通の人に
伝える評価者が少ないことです。多くの国では新聞はこの役割の多くを担い、さら
に専門誌がより詳細な評価をしています。
例えば、ゴルフ場の評価を例に挙げると、アメリカではハンディキャップはゼロ
以上、ゴルフ歴年数が長く、多数のコースでのプレー経験の豊富な人たちが選ばれ
て、選考委員となってゴルフ場の評価を行っています。
これに対して日本では、ゴルフ場の評価は経済専門誌で長年の間行われています
が、経営者へのアンケート回答の投票でランキングが付けられていて、評価者の顔
が見えず専門性も感じられません。
昨年からフランスのミシュランが東京版を出して売り切れるほどの関心を呼びま
したが、これもこれまでの新聞や雑誌の料理店への評価に満足していない人たちが
多いことを表しているのではないでしょうか? テレビによる紹介も含めて料理
の専門家でもない人が、上手いの不味いのと言われても参考になりません。
投資についても、専門家の投資対象の評価によるレーティングは、日本ではまだ
普及していません。まだまだ専門性が確立していない段階にあると思います。
専門知識のある人が専門家を評価して、専門知識を身につけることのない大多数
の人たちに指針を示すことは、あらゆることで必要なのだと考えています。
テレビの報道ショーに登場するコメンティターにも、専門性を度外視した人選が
目立つように思えます。ショーとして楽しむ分には間に合うのでしょうが、週刊誌
レベルの情報を公共の電波を使ってバラまくことは、視聴率さえ上げればというこ
となのでしょうが、愚民化を進めているようで、感心できません。
問題は政治の世界へまで波及しています。世論調査は重要ですが、俳優や歌手と
同じように政治家がその動向に振り回されるようでは、政治家としての専門性を
自らがおとしめてしまいます。それとも勉強不足で専門性は役人頼りなのではない
のかと気に掛かります。
そして、それらの事象を引き起こしている根底には、人間平等論の間違った理解
がこの国に広範囲に存在しているためではないかと、心配です。
専門家は天性の能力の上の長年の努力で出来上がる人的資源です。国民のそれぞ
れが専門家への道を歩み、専門家に対する敬意の欠如を正しましょう。
『歴史は繰り返す』 2008.08.07 小野 喜也 (昭33経)
2007年9月の安部の政権投げ出しの後、福田内閣が発足しましたが、この内閣の
本音は小泉内閣とは正反対の性格を持つ事はは当初から明らかでした。したがって
以後は、演説館での愚見表明は休載していました。
以来10ヶ月、短命を取り沙汰させながらも福田内閣は幾つかの危機を乗り越えて、
内閣改造に踏み切りました。来2009年の衆議院選挙を戦うための備えであり任期満
了に先立つ解散権の行使のタイミングを巡る、与党内および野党との駆け引きは、
これから大詰めへと向います。
現在の日本は民主主義国家であり、国民の選んだ代表者が政治を行い、行政を指
導する建前になっていますが、実際には政策の立案は公務員が行い、国会審議を不
要とする政令・省令などを通じても公務員が国を支配をしています。
内閣の閣僚は本来、所轄の省を指揮監督する立場ですが、部下はすべて公務員で
すから、公務員の書いた脚本の通りに演ずる役回りとなっています。
敗戦後、長期政権を担った吉田内閣から公務員出身の総理大臣が続いていた間に、
公務員組織は拡大強化され、閣僚は短期間で入れ替わることが続いていたために、
今ではマイナス面が大きい構造が続けられています。
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」とのジョン・アクトンの有名な
格言の通り、民主主義国家では主権者である国民へ行政サービスを行うべき公務員
は、自己権益の拡張を行動原理とするよう次第に堕落して、年金の管理すらまとも
には行われていなかったことも明らかになりました。
小泉内閣が突破口を開いた行政改革は、安部内閣の腰砕けから福田内閣の後戻り
へと続いて、公務員集団と族議員が息を吹き返しているのが現状でしょう。
昨年7月の参議院選挙における自由民主党の大敗と民主党の躍進には、米の値段
を国際価格と懸け離れた高値に押し上げて来た農業政策を、国際環境の変化から維
持出来なくなって一気に値下げとした大失敗への、農村部の自民党離れが大きく影
響しています。 WTO会議を見れば明かですが、日本の農業保護政策はとうの昔
に世界の非常識となってしまっています。 では、日本の農業生産性を高め、食料
自給率を高め、国土利用率を向上させる施策は考えられているのでしょうか?
農産品の輸出などの努力は散見されますが、高齢化して後継者の少ない農業危機
に対する、根本的な構造改革案は見えていません。
前例の無いことが、公務員組織の中から生まれることは期待出来ません。
1991年ソビエト連邦の崩壊から18年近くを経過して、国際環境は大きく変化しま
した。ユーロ統一は進み加盟国は増加を続けています。中国・インドの経済発展は
大きく前進しました。それぞれの国が国益の増大のための大きな変革に努めていま
す。この変化にチャレンジする指導者が日本でも必要とされています。
1993年の細川内閣以来、公務員出身の内閣総理大臣は現れなくなりましたが、
公務員出身の政治家はまだ多く、大臣の中にもいます。公務員組織は省庁統合はじ
め各種改革をくぐり抜けて依然として強大であり健在です。
江戸時代の末に、西欧の帝政諸国の植民地争奪戦の中で、極東の島国「日本」は
それまでの鎖国政策の転換を迫られていました。
産業革命による蒸気機関を中心とした技術革新で、軍事力を増大させた欧米諸国
は、中東、アフリカ、南アジア、東南アジアと植民地化を拡大し、中国大陸では清
国政府と紛争を起こして、香港・マカオを長期租借し不平等条約を結び、遂に徳川
幕府は1854年鎖国政策を大転換し開国しましたが、1868年には崩壊しました。
戊辰戦争を経て成立した明治政府は、国際環境に適応して植民地化を避け、独立
国家として存続するための、大改革を行いました。
それまでの支配階級であった武士は大量失業となり、命がけで守って来た藩は
「廃藩置県」、魂とも思われていた日本刀は「廃刀令」で禁止され、チョンマゲは
断髪へと、先祖代々からの習慣風俗も大きく変えたのです。 23年かかりました
が、国会を開き憲法を定めて近代国家となりました。
これからの日本が必要としている改革は、これほどのものではないでしょう。
しかし、これまで通りでは済まないことも確かでしょう。変化を怖れていたのでは、
じり貧となり世界ランキングは様々な分野で低下を続けることは明らかです。
日本を覆っている閉塞感の原因はここにあります。
国家公務員33万人のうち21万人は地方勤務で国の事務・権限の執行等を行っ
ていることをご存知でしょうか? 国の出先機関見直しについての中間報告「出先
機関の実態把握」を地方分権改革推進委員会は8月1日金曜日に決定しました。
日本国の研究 不安との訣別/再生のカルテ 編集長 猪瀬直樹
http://www.inose.gr.jp/mailmaga/index.html 508号をご覧ください。
自民党では各省の政策棚卸し作業が始まり、河野太郎さんが議長を勤めていて
文部科学省の政策棚卸しの結果が公表されました。 何が問題なのかご覧下さい。
http://www.taro.org/policy/post_3.php
どの道をどの様に進むのか? 衆議院議員選挙で国民の一人一人が誰に投票する
かで決まります。 物価上昇、賃金停滞と家計が圧迫されている状況の中で、どう
せ投票をしても何も変わらないさという、ノンポリ型は減少しているかと思われま
すが、さて、どうでしょうか?
政権が交替すれば、すぐに難問が解決するとは限りません。選挙結果によっては
既存政党の再編成が起る可能性は、早くから取り沙汰されています。
ここから1年の間に、選挙権を持つ全員が、私たちの将来を左右する決断を迫ら
れます。一人でも多くの人が、視野を世界へ大きく拡げ、歴史と将来へ考えを巡ら
せて、最良の判断をすることを願っています。
「亀の甲より年の功」 2007.08.25 小野 喜也 (昭33経)
この言葉にご記憶にある方は、私どもの世代には多いと思います。
子供の時分の世の中には、敬老の日などありませんでしたが、年寄りへの敬意は
日常のものであり、「長幼の順」という社会の秩序が存在していました。 若さ
は経験と知識の不足による未熟さを意味し、年寄りの積重ねられ練られた経験と
考えに価値を置いていた社会であった時代でした。
このことは、人類の歴史を手前から辿ってみても、世界共通の普遍的な社会の
在り方ではないかと思われます。生まれてから一人前として認められるまでの間
は、保護され教えを受ける立場に置かれる人間が、社会に役立つ仕事を持つよう
になっても、少なくとも10年の経験を積まなければ、先人を越える仕事をこな
せないのが通例であると考えられます。
戦争に負けてからは、占領軍の日本骨抜き政策が6年間続いて、憲法・民法は
がらりと変わり、財閥解体、農地改革、公職追放、婦人参政権などなど戦争前の
社会を根こそぎ変える政策が進められたことはご承知の通りです。この流れの中
で古い世代への敬意は薄れて、若さを礼賛する風潮が強められたと考えられます。
明治維新もまた大きな社会変化の境目でしたが、この様な変化に適応すること
は年寄りは苦手で、若い世代が新しい流れに乗って活躍する時期であることは世
界共通です。占領が終わってからも、経済復興に注力し高度成長政策により二桁
成長を続け、人口の大都市への大移動により、地縁・血縁と離れた大量の日本人
は、古さよりは新しいことを追いかけることに熱中していたと思われます。
平和の到来で一気に増えた子供たちは、団塊の世代としてこの風潮を歓迎して、
成長するにつれ次々と社会変化の中核の地位を占めて来ましたが、彼らも次第に
還暦を迎えようとしています。
バブルを生み出し、はじけた後の対応のまずさで長期低迷状態に落ち入ったこ
とで、多くの人々は、世の中がこれまでの流れとは変わりつつあることに気付い
て来ました。
社会情勢が混乱して、それまでの価値基準への信頼が薄れ、将来が見えなくな
ると、何処の国でも必ず過去を振り返えることで、新しい進路を見つけようとす
る動きが始まります。
「昭和レトロ」という呼び名で高度成長時代の入り口を振り返ることが起きたの
には驚きました。その辺りは自分の社会人としてのスタートをした時期ですから、
古いこととは思えませんが、その後に生まれた人たち40歳以下の人たちにとっ
ては歴史的なことなのです。
社会に出てから不況の中だけで10年以上を過ごして来た人たちもいます。
就職の時には夢にも思わなかった、大会社のリストラと称する人員整理や合併が
多発しています。
今では、公務員や大会社への就職が一番人気から滑り落ちて、資格を取得して
組織に支配されない人生を歩みたいという指向が、若い世代に広がりました。
しかし、中高年世代には惰性で生きる層は常に存在しますし、体験からしか思考
をしない層も少なくありませんから、このような変化は緩やかに進むでしょう。
経済成長率が一桁しかないことは、これからも長く続くと考えられますし、そ
れは世界中を見回せば珍しいことではありません。そのような変化率の低い社会
では、どのような変化が起きて来るのでしょうか。
過去の経験と幅広い知識が役立つことになりますので、「亀の甲より年の功」
との評価が甦る可能性があります。ただし、その評価を得るためには中高年層は
世界的な情報革命であるインターネットを使いこなす必要があります。
コンピューター自体は機械に過ぎませんが、その操作の仕方を身に付けて組織
と社会全体の変化をリードする気概と能力がないと、「年の功」として蓄積され
ている知識と体験を活かすことと伝えることが難しく、宝の持ち腐れになってし
まいます。
機能を理解すれば、操作は補助者に委ねても良いのですが、操作が出来ないた
めに、機能を理解し使い方を考えられないというケースは無数にあります。
残念ながら歴代総理大臣も、三選を果たした東京都知事も大企業経営者の中に
もIT戦略の重要性は認識しながらも、自らが操作し機能させ方を把握していると
は言えないのが現状でしょう。
財政を再建するためにも経済成長率を高める必要がありますが、国際競争の激
しい中では、工場生産において到達している生産性の高さに比べて、オフィス部
門の生産性はかなり見劣りする状態に留まっています。
オフィス部門の生産性向上を妨げているのは、税務をはじめ所管官庁による許
認可制度により義務づけられた膨大な報告義務であり、ファイリング・システム
の常識を身に付けていないまま、コンピューター利用も徹底出来ていない管理体
制にあります。
社会保険庁のような職務怠慢は論外ですが、全員が使用するべく配置されてい
るパソコンを操作したがらない人たちは、公務員にも民間企業にもまだまだ多い
と観測しています。衆参両院の議員には国家予算でメール番号が与えられていま
すが、使おうとしていない人がいます。
このことは、個々人の生産性向上だけではなく、全員が使いこなすことによる
生産性向上がどれほどの大きなものか、イメージが出来ないリーダーが多いこと
を示しています。
「亀の甲より年の功」の活用にもコンピューターの活用が不可欠です。
「呉善花 ヨンソンファ」さんの著作を読みましょう。
2007.06.02 小野 喜也 (昭33経)
拉致問題が小泉前首相の北朝鮮訪問で明らかにされて以来、それまで拉致はあり得ない
として来た日本の社会主義者とその同調者は、一斉に批判攻撃の対象となりました。その後、
北朝鮮による長距離ミサイル発射実験、さらには核開発問題と、日本の安全を脅かす行為が
次々と行われて、北朝鮮問題への国際的な関心も高まりましたが、その後の六カ国協議の場
では、日本の主張は後退を余儀なくされています。
その第一の理由は、米国ブッシュ政権がイラクにおける戦後処理が進展せず死傷者が増え
るばかりで、イラク政策への批判が高まり、中間選挙でも民主党に敗北して議会の主導権を
奪われた事態を背景に、政権誕生以来の北朝鮮への強硬姿勢を一気に軟化させたことにあり
ます。テロ支援国家の指定からも解除しようということですから、拉致問題の解決への道は
厳しくなっています。
この間、六カ国協議を報じるニュースの中で、韓国政府の姿勢が日本の主張を支持するよ
りも、中国や北朝鮮寄りの発言をしていることに、お気付きの方は多いと思います。
しかし、韓国のノムヒョン大統領が2002年の当選以来進めている国策が、北朝鮮との統一
であり、「反米、反日、親北朝鮮路線」を突き進んでいることを、かっての拉致問題と同様
に日本のマスコミが報道していませんから、朝鮮戦争以来の親米親日の路線が継続している
と誤解している日本人が数多くおられます。
その韓国から大東文化大学と東京外国語大学に留学し、現在、拓殖大学国際開発部教授
である「呉善花 ヨンソンファ」さんの名前をご存知でしょうか? 小生は恥ずかしなが
ら知らなかったのですが、過日、交詢社の例会で講演があり、その講演録が会報に掲載さ
れたことなどから、学友と先輩から教えられました。
韓国人として成人され、日本に長く滞在して日本についての知識も深い「呉善花」さん
の在学中に発表した韓国人ホステスに関するルポルタージュ『スカートの風』が最初に話
題を集め、著作はその後毎年多数が刊行されていて、『攘夷の韓国 開国の日本』は山本七
平賞を受賞しておられます。
その文化人類学的な韓国国民と日本国民の古代から連なる民族感情や習慣などを深く研究
された見地からの著作は、これまでのマスコミの報道は元よりのこと、学校教育でも日本人
の著作でも知らされることのなかった、韓国への理解を深めさせてくれるものだと思われま
す。ウィキペディアの著作紹介をご覧ください。http://ja.wikipedia.org/wiki/呉善花
小生は『韓国の暴走』小学館文庫(533円+税)をまず読みました。2004年に発表され
たものですが、韓国のノムヒョン政権が誕生した当時の状況と、ノムヒョン政権が何を目指
しているのか、日本人総てが発刊時点で読むべきであったと感じました。
日本の安全保障の上からも国際社会の常識からも、とんでもない方法で、南北統一によ
る朝鮮民族の国際的地位の向上強化へ向けて、金小日主席を礼賛しているのです。これで
は拉致問題も核開発問題も追求しない姿勢は当然です。
金大中政権以来の北朝鮮への太陽政策を継続しているのかと思ったら、とんでもない間
違いで、ノムヒョン政権は親北朝鮮の社会主義者の政権です。韓流ブームなどと浮かれて、
韓国の政府までもが親日だなどと思っている人たちには是非読んで頂きたい本です。
社民党、共産党以外の国会議員の方々には必ず読んで頂きたい本です。外務省をはじめ
公務員の方々は読んでいる方々の多いことを願いますが、民主主義国家にとっては歴史的
な諸問題を含めて「情報公開」が極めて重要であることへの認識を深めて頂きたいと願い
ます。 米国に飛び火した慰安婦問題など国際社会で堂々と反論し論破しようとしないの
は何故なのでしょうか? 河野元官房長官談話が歴史的事実を解明せずに、韓国の騒ぎに
対して頭を下げたのが不思議です。中国と韓国がことあるごとに「歴史へ認識」問題を日
本批判の種にしていますが、二つの国でどのような歴史教育が行われているかを伝える報
道はほとんどありません。戦後の韓国歴代政府は徹底した反日教育を行っていて韓国人は
その影響下で育っていることが書かれています。
「韓国の暴走」をリードしているノムヒョン政権は幸いにして、経済政策の破綻を主たる
理由として、国民からの支持は大きく後退し低迷して、与党ウリ党は今年12月に迫った
大統領選挙での後継候補すら未だ定められない状態にあります。野党ハンナラ党は李明博
・前ソウル市長と朴槿恵・前党代表が有力候補ですが、良い形で連携して大統領の座を占
めてくれるでしょうか。いずれにせよ来年の2月から新大統領の打ち出す政策で韓国は進
むことになりますので、重大な関心を持って推移を見守る必要があります。
一方、米国大頭領選挙はブッシュ政権の支持率低下により、常になく予備選挙の前哨戦
からの報道が増えています。共和党は苦しい戦いとなる可能性が高いと見られています。
米国の政権が強固なものとなり、中東の諸問題を解決して北東アジア政策を新たに展開
することが出来るか否か、国際社会の中で日本は今後どのような方向へ進むべきであるの
か、深く考えるためにも、「呉善花 ヨンソンファ」さんの著作を読みましょう。
「適齢期とは?」 2007.05.31 小野 喜也 (昭33経)
「適齢期」という言葉は、「結婚適齢期」として使われることが一般的です。
元来は結婚をすることを認められる年齢に達した女性を指すように使われていましたが、
社会状況の変化に伴い、晩婚化が広まり高齢未婚者の増加によって「結婚適齢期」は死
語と化しつつあります。
結婚についての意識が変化していることには、様々な背景があると思われますが、
人間という生き物も他の生き物と同様に、生まれてから死ぬまでの期間はおおよそ限ら
れています。「結婚適齢期」という社会的認識は希薄化しても、生物学的な「出産適齢
期」は厳然としてあります。また相当な体力を必要とする「育児適齢期」もあるでしょ
う。
人間の細胞は生まれる前から時々刻々と、老廃と再生を繰り返していますが、次第に
成長しやがては病い、いずれは死を迎えます。「生老病死」その人生の過程の中には
年齢に応じた「適齢期」が沢山あって、それらの「適齢期」を積重ねていると考える
ことが出来ます。
その意味において「適例期」とは、その期間の中ですることが最良の時であり、後か
らでは間に合わない、あるいは上手く出来ないことを指す言葉でもあります。
「三つ子の魂、百まで」と古くから言われていますが、人間の大脳の根幹の部分は、
三歳までに形成されるそうですから、この期間を親がどの様に育てるかによって一生
が左右されるということになります。後からの手直しは不可能なのです。
人の一生の中で、どの期間に何をするべきか? 「適齢期」を考えることは大切だと
思います。
「基礎能力育成/適齢期」
始めは本人にとっては記憶の無い期間であり、自己責任はありませんが、人間は
自立して生きて行けるようになるまで、長い期間が必要です。
保育園、幼稚園と送り迎えをされている間は「基礎能力育成適齢期」と言えるで
しょう。家庭内での教育を中心として、これから生きて行く社会に適応出来るような
体力と人間関係についての基礎的な能力を身につける「適齢期」です。この時期から
音楽やスポーツの訓練も行われていますが、中心として親の指導が必要です。
「基礎学力・体力構築/適齢期」
小学校へ進むと学問が始まります。読む書くための国語は考える能力の基礎でもあ
ります。その他すべての科目は文字で読み、言葉で説明を受けますから、国語は最重
要科目です。算数も自立するために必要不可欠な学力です。1〜3年の低学年で基礎
学力を築くことは重要です。基礎が弱くては建物は高く作れません。
4〜6年には学内の友人との交際も変化して来て、親から自立しようとする「反抗
期」でもあります。近年では中学受験のための塾通いが広がっていますが、学力と同
様に体力も基礎作りの「基礎学力・体力構築適齢期」です。
子供は次第に周囲の環境を眺め、自分の環境と比較をし、自我を形成していきます。
ここまでの基礎を築く期間は全体として、親が直接指導をする責任が最も重たい期間
でしょう。過保護と甘やかすだけでは、自己中心で我慢も辛抱も出来ない人間となり
後からの修正はほとんど出来ません。近年は「猫っ可愛がり」を戒める言葉が聞かれ
なくなり、我慢と辛抱の出来ない人が増えています。
「自立養成/適齢期」
中学生は子供から青年への移行期間です。江戸時代には10歳で奉公に出ました、
親元を離して生きるための業を身につけるための訓練を他人に任せました。武士社会
では男は15歳で元服という儀式があり、以降は髪型も変え刀を腰に差して一人前と
して扱われました。中学生は一人前として扱れることを好み、自分なりに考えたり表
現が出来るようになる期間です。一人前扱いをして自立を促す「自立養成適齢期」です。
教育の基本は子供が一人でも生きていけるようにするための訓練です。自立したが
る自然の意欲を大切にして、少しづつ自己裁量の幅を拡げて自分で考え判断し行動を
する訓練を行います。放任するのではなく、少し離れて見守りながら危険は警告し、
困難にはアドバイスを与える、難しい舵取りの期間です。
「自己確立/適齢期」
高校生ともなると、男女で違いはありますが、身体的には大人並みに成熟し、精神
的には未成熟な幼さが残るバランスの良くない期間となります。早く大人になりたく
て背伸びをする期間ですが、学力も思考力もまだまだ情報の蓄積量が少ないのです。
この期間に熱中して獲得した、学力と知識は生涯の持続が可能であり極めて重要です。
部分的には大人の水準を越える力も出て来ますので、指導の最も難しい期間でしょう。
「自己確立適齢期」と言えます。
高校までは殆どの子供が進学するようになっている日本ですが、これから先の進路
の選択は別れます。少子化で大学へは誰もが入れる状況にはなりましたが、何を何処
で学ぶかは、卒業後の生き方を大きく左右する選択となります。
「自己基礎能力確立/適齢期」
一流大学、一流就職先への単線的な指向は崩れはじめています。大企業はもとより
公務員についても、一度入れば定年まで安泰な生活が保証される制度は崩れつつあり
今後は更に進行することでしょう。採用選別の方法も変化しています。
親の経験はもう、そのままでは通用しませんので、親は新しい状況を見極めるため
の情報収集に努めて、不十分な情報で偏りがちな子供に伝えなければなりません。
学ぼうとす知識の方向と、その場所を定めたらば、猛烈に集中ををすることで生涯
記憶に残る蓄積をすることの出来る「自己基礎能力確立適齢期」です。
この文を読んでいる方々は、すでに社会人となっておられる方々が多いと思います
ので、ここまでの夫々の「適齢期」をご自分がどのように過ごされたかをご記憶でし
ょう。あの「適齢期」を自分がどのように過ごしたか、不満足な場合には修正を試み
ることは可能ですが、「適齢期」に行ったようには出来ません。
これまでの「適齢期」に獲得して来た能力の範囲内で、将来を選択することになり
ます。この原則は先々も同じことで、歳をとるほど選択の幅は次第に狭まることにな
ります。
浪人や落第もありますが、遅くとも25歳までの期間には、一人でも生きて行ける
能力を身に付けることが必要であることは、国際的な基準でしょう。様々な事情から
より厳しい早期の自立を迫られる人は、少なからず存在します。
「職務能力基礎構築/適齢期」
学業を終えて仕事に就いたら、最初の3年間はその仕事の基礎を確実に会得するこ
とが必要です。上司からの指示が有る無しに関わらず、目一杯の努力が先々を左右し
ます。手抜きは総て自分自身の将来に跳ね返って来ます。「職務能力基礎構築適齢期」
です。仕事の種類にもよりますが、だいたい10年間で仕事に通じ部下を指導するこ
とも出来る水準に達します。この土台の強さと高さは生涯を支えてくれる職業的知識
と体験になります。
フリーターの道を選んだ人たちは、この適齢期の過ごし方の選択が正しくなかった
ことを痛感している人が多いようです。救済策も行われようとしていますが、適齢期
を逸したことは、取り返えしはつかない事例の一つであると考えられます。
仕事を持つ社会人は、単なる知識だけではなく、様々に複雑な人間関係を上手に捌
くことも必要です。学校では教えてくれなかったことも、この期間には身に付けなけ
ればなりません。前例がなく誰からも教えて貰えない事柄にぶつかることもあります
が、ヒントや智慧を掻き集めてでも解決することしかありません。応用能力を求めら
れる時にこそ、これまでの「適齢期」を如何に過ごしたかの勝負所となります。
仕事を持つ社会人は、仕事に大きく主要な時間を当てることになりますから、自由
な時間は少なくなります。毎日の細かな時間を自分自身のために使う工夫が必要とな
り、それを生活習慣としたいものです。休息も気分転換も必要であり、その方法がそ
れから先を左右することになります。仕事一筋で良い場合もありますが、お勤めの場
合には仕事を離れた先のことを考えると余暇をどのように過ごしたかで制約が生まれ
ます。 交際の範囲も社内と同業だけでは視野が広がりません。学友でも誰でも一芸
に秀でた人物との定期的な交際を常に心がけることをお勧めします。
「自己能力発揮/適齢期」
管理職となり経営の一角を占めるようになり、あるいは独立をして全責任を取るよ
うになって、人生の最も躍動をする「適齢期」を過ごすことになります。 結婚をし
子供を育てることも同じような期間で重なります。「自己能力発揮適齢期」です。
この適齢期にどのような花を咲かせることが出来るか、それはこれまでの適齢期
をどのように過ごして来たかの種子と土壌に掛かっています。水やりも肥料も重要
ですから、補強修正は常に行わなければなりませんが、人生の最大の勝負所です。
「自己実現/適齢期」
やがて、仕事を退く時期がやって来ます。勤め人であれば定年、自営であっても
後継者へのバトンタッチが必要となります。これまで仕事に振り向けていた大きな
時間帯が一気に不要となりますので、その時間を如何に使って充実した生活を送る
かが問題となります。 これまでは、やりたくても出来なかったことを新たに手が
ける人もおられますが、より多くの人は青年期に馴染んだことを再開したり、これ
までの趣味を拡大させます。組織を離れ個人としての「自己実現適齢期」となりま
す。
人間の寿命というものは平均値はありますが、個々人については予測が出来ませ
ん。これまでの夫々の「適齢期」での実績の上で活動を続けて、終わりを迎えるこ
とになります。そして棺に入った時に人間としての生涯への評価が確定することに
なります。
自然界に生きるものとして、当然の流れではあり道筋」でありますが、とかく
人生の「道筋」は振り返る者には見え易く、これから向かう者には見えにくいもの
です。長いと言えば長く、短いと言えば短い人生も「適齢期」で刻んで見ると、よ
り適切な対応がしやすくなるのではないかと考えられます。
来年、卒業50周年を迎える歳となり、同期生は総て古希を過ぎました。より
古い卒業生の先輩方もまだまだお元気ではありますが、後輩のこれから成長過程
に入られたり、活躍期におられる方々の、自らの人生と、お子様がたの人生を如何
により良いものにするか、人生の「適齢期」をお考え頂くためのご参考になれば幸
いです。
「パリよりボンジュール」 MCJP館長便り No.8 2007.04.10
国際交流基金:パリ日本文化館 館長 中川 正輝(昭39経) 記
山下泰裕氏とフランスの3都市を巡回して
不動の人気を保つ柔道
日本武道館より一回り大きなベルシーのスポーツ会場がほぼ満員になり、選手の動きに応
じて割れるような大歓声が頻繁にあがるのが毎年2月に開催されるフランス国際柔道大会の
模様である。初めて観戦する日本の柔道関係者は一様にフランスにおける柔道の人気に感嘆
し、かつ羨望の思いすら抱き、いったいこの国の柔道への揺るぎなき人気の秘訣はどこにあ
るのであろうか? と自問するのである。日本の美的様式がフランスに及ぼした様子に”ジャ
ポニズム”と言う言葉を当てたのは1872年フランスの美術評論家フィリップ・ヒュルティー
とのことであるが、このような造語を口にする必要もなく、正に日本の文化そのものが受け
入れられ日仏交流の大きな架け橋となったのが柔道であると言える。
フランス柔道連盟に登録し柔道の稽古に勤しむ数は56万人、サッカー、テニスに次ぐ第三
位の位置づけであり、実際の柔道人口はおそらく連盟登録人数を大きく上回るものと推測さ
れる。この柔道を題材とする企画をフランス柔道連盟と我々の母体である国際交流基金の全
面的協力を得て実施できたのは、パリ日本文化館開設10周年事業の一つとして意義深いも
のであった。
三大都市で大歓迎を受ける
フランス柔道連盟と一年がかりで計画を練り、この2月初め山下泰裕氏を招きマルセイユ
を皮切りにパリ、ボルドーの3都市で実技指導と講演会を開催した。結果として併せて
2,700人程の参加者を得て大きな成果を納めた。私は本企画の共催責任者の一人として一週
間にわたる全行程を同行し、日々山下氏の人柄とフランスにおける柔道の人気に接しながら
学生時代に励んでいた柔道と改めて向かい合う貴重な機会を持った。成功の要因は既に述べ
たこの国における柔道の不動の人気とフランス柔道連盟の全国的な組織力、加えて山下氏の
気負いの無い透き通る様な人間的魅力にある。初めて世界選手権を手中にしたのもパリで、
フランスには30数回訪れている山下氏も「現役を引退して20年余りにもなるのに、私が
居ることでこれだけの人が集まってくれたのは驚くばかりである」と述べておられる。因み
にマルセイユでは南仏一帯をカバーする PACA地域柔道リーグの会長自らが采配を振り実技
指導に子供たちを中心に約1,000人が参集、後援会には地方議会の本会議場が提供され議長
自らが歓迎と開会の辞を述べた。パリでは柔道の指導者のみを対象として150人が仏柔道連
盟本部の大道場に集結、山下氏と同行した1981年の中量級世界選手権覇者である中西氏(
東海大学助教授)の指導を熱心に受けた。その夕刻、パリ日本文化会館での後援会で、フラ
ンス人として初めて世界選手権(1975年)を手中にし、山下氏とも数度対戦実績があるフ
ランス柔道連盟のルージェ会長は「盟友山下氏を招きパリ日本文化会館と共に斯様な企画を
実施することはこの上ない喜びであった」と述べ、日仏親善の盛り上がりを見た。ボルドー
ではアキテーヌ地域柔道リーグの会長主導の下、何とマルセイユを上回る1,200人が参集、
講演会の部はボルドー大学の大階段教室でボルドー大学学長自らが歓迎の辞を述べ、講演後
のカクテルも主催していただいた。
心に残る山下氏の言葉
優しいまなざしを欠かさぬ山下氏の表情からは、全日本選手権9連覇、世界選手権3連覇、
加えてロサンジェルスオリンピック金メダル獲得等輝かしい実績を残し、国際試合では一度
も負けを知らぬ不屈の柔道家の印象は微塵も受けない。しかしどの世界でも非凡な人間に共
通するように、話を交わすに連れて意志の強さと明確な目的意識が接する人にオーラを感じ
させるのである。親が腕白で手に負えない小学生であった山下氏を町道場に連れて行ったの
が柔道との出会い、そして講演の中で自らが次のように語る中学時代の恩師の教えがその後
の人生の基礎になったとのこと。
「柔道の覇者になるには余程努力せねばならぬ。だから誰でも出来ることではない。しかし
柔道だけではなく人生のチャンピオンになることを目指すべき、これは努力すれば誰にでも
出来る」 真に示唆に富む言葉であることが聴き入る人々の表情からも伺えた。
山下氏は中学時代の作文で将来オリンックに出て日の丸を掲げたいと記したが、選手を辞め
たら柔道の指導者になりたいと更に書き加えた由。
恩師の教えを尊び、柔道の創設者嘉納治五郎の意図した柔道の教育的効用を咀嚼して正に行
動しているのが、母校東海大学教授の傍ら、全日本柔道連盟理事、国際柔道連盟教育コーチ
ング理事、かつNPO法人柔道教育ソリダリティー理事長を勤める今の山下氏なのである。
フランス人の感ずる柔道の魅力とは
冒頭の設問に戻ろう。揺るぎなき柔道への人気の理由は何かと良く聞かれるが、私はいつ
も次のように答えている。
* 理にかなった体捌きに審美感を認める。これがフランス人の美的感覚を刺激するもので
ある。(美的要素を持つ格闘技)
* 人の道を築くことを目標とする柔道の精神性がフランス人の気質に合う。(知的要素)
* 個人競技ゆえこつこつと励むことが、個人主義的色彩の強いフランス人には都合が良い
が、同時にクラブにおける仲間意識も育成される。(個人競技と仲間意識の共生)
* お金がそれほど掛からないスポーツである。(戦後フランスも決して裕福でなかっただ
けに、経済性は無視できない。
他方、シドニー五輪覇者(2000年)フランスのデヴィッド・ドーイェ氏の言「フランスで
柔道が盛んなことに欠かせぬ理由に母親の役割がある」も然りである。柔道の持つ規律と
礼節さが子供の育成に多大な効果があると見て、母親が子供たちを柔道クラブに入会させる
のであるとのこと、創設者嘉納治五郎師範が聞いたらフランスは正に日本の柔道の正当な継
承者であると言うのではなかろうか。
後段 2題を省略しました。
パリで接した日本の舞台芸能
”棟方志功展ー大原美術館コレクションより”を終えて
以上
「マイクロソフト-終わりの始まり」 2007.01.24 小野 喜也 (昭33経)
「ウィンドウズ・ビスタ」発売開始を目前にした1月24日、NHK 総合テレビ
の「クローズアップ現代」は、独占ソフト 発売の波紋〜新ウィンドウズ発売〜
と題する報道を行いました。
これまで長らくマイクロソフトの横暴極まる商法に、憤りをもってマッキント
ッシュ「Mac』製品の使用を続けて来た者にとって、あのNHKがこのような報道
が行ったことに、快哉を叫んで祝杯を上げたい気分です。
話の発端は「ウインドウズ・ビスタ」の発売後は、直前モデルである「ウィン
ドウズXP」のサポートを2年で打ち切るとの方針をマイクロソフトが出したこと
にあります。新しいOSは新しいパソコンで使えということです。
しかも、これまでのパソコンでは「ウインドウズ・ビスタ」をインストールして
も使えないということが判明して、ユーザーからの苦情が殺到したようです。
中央官庁から学校にいたるまで広範囲からの苦情に直面して、マイクロソフト
は「XP」のサポートを5年延長し2014年まで行うと発表しました。この2014年
までのサポートは、欧米で発売した業務用のOSでは既に採用されている期間だ
そうです。
まことに日本のユーザーを馬鹿にしたような販売政策であり、95%という
独占的な市場シェアを許して来た日本政府も舐められたものです。
そもそもパソコンのOSについては、1980年代に日本で坂村健さん(慶應義塾
大学理工学部 昭49工、51工修、54工博)が「TORON」の開発に成功して、
世界中に無償で提供するとしました。
ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/坂村健)には当時の著書も掲載
されています。この偉大な発明と世界への善意に満ちた行動に、慶應義塾中等部
同窓会の仲間として、多いに感激し感銘を受けたことを。昨日のことのように鮮
明に記憶しています。
しかしながら、この「TORON」を富士通の当時の山本社長が応援したのに
対して、その頃は国内パソコンの50%のシェアを持っていたNECは、これを
ライバルと見て潰しにかかりました。一度は全国の公立学校へ「TORON」搭
載のパソコンを普及させようとする動きも政府部内に生まれていましたが、今
度はなんと米国の商務長官でしたか通商代表でしたかの女性高官から、日本は
パソコンソフトの貿易障壁を設けて、アメリカ製品を閉め出そうとしているこ
とはケシカラン。と見当違いのクレームを付けて来ました。
当時、繊維製品の対米輸出問題で揉めていたのに頭が一杯だったのか、コン
ピュータのことなど何も分からなかったのか、政府も公務員もアメリカとの摩
擦を恐れたのか、この学校への「TORON」の導入は沙汰やみとなりました。
「TORON」自体も圧殺されたかのように忘れられてしまったのです。
しかし、今では「TORON」は無償のOSとして、携帯電話、カーナビなど
で広範囲に使われるようになり、坂村健東京大学教授の唱えるユビキタス社会
は広く産業界に歓迎されています。「Linux 」が大勢の専門家が参加するオー
プンリソースとして作り上げられ、マイクロソフトの独占商法への対抗手段と
して開発が進んだのに対して、坂村さんはそれ以前に独力で開発した「TORO
N」を、アメリカも含めて世界中に無償で提供しているのです。
坂村さんからは、「いまさら昔のことを言わないでくださいよ。」と言われ
そうですが、この政治家と公務員さらには一部の民間がからんだ「TORON」
潰しも、その後のウィンドウズの大躍進に繋がっているのです。
中国政府はより賢明でした。政府機関のパソコン導入に際しては最初から
「Linux 」を採用しました。アメリカの世界支配に対抗する国家戦略からし
て当然の選択とも言えますが、日本政府が国産技術を潰してしまった選択と
は対照的です。
日本も近年にいたりようやく、ウィンドウズ依存ではまずいという正論が
中央官庁の一部から上がっていましたが、今日の「クローズアップ現代」を
見ると、地方自治体や学校では次々と変わるソフトを購入し、更にパソコン
をも購入するだけの予算が無いという状態だそうです。これまでどれほどの
公費がマイクロソフトに吸い取られたことか、と思います。
かくして、経済産業省はこれまでの「ウィンドウズ奨励策」を大転換して
無償ソフトである「Linux 奨励策」へと180度の転換をしたとのことです。
この「失われた20余年」の無念を思うと、このことを書かずにはいられ
なかったというところです。
マイクロソフトの商法は、アメリカでの独占禁止法の訴追を、クリントン
政権時代に政治献金とロビー活動で逃れ、欧州での訴追には敗訴しても控訴
して争っています。マイクロソフトの正体がどのようなものかを、今度とい
う今度は、日本でも多くの人々が認識したことでしょう。
500億ドルもの個人資産を手にしたビル・ゲイツ氏の王国は、もはや
「グーグル」の攻勢に対抗出来ません。そのアコギな商法を裁くのは、司法
ではなくユーザーになると思われます。
「ウィンドウズ・ビスタ」を使うために、パソコンも買換えるユーザーが
どれほどいるのでしょうか? 「ウインドウズ98」発売時の熱狂的な人気
とはほど遠い反応になると観測しています。
会員の皆様の多くはマイクロソフトのOSをお使いだと思います。
コンピューターの専門家もおられます。専門家の方々は小生のような文系
出身の単なる利用者よりも、はるかに様々な業界事情にお詳しいと思いま
す。しかし、多くの方は最初からマイクロソフト支配の環境を、何の疑問
もなく、使っておられると思います。
たまたま、マイクロソフト支配の以前からパソコンを使っていた素人と
して。「おごる平家は久しからず」独占的な支配でパソコン市場を制覇し
ているマイクロソフトの「終わり始まり」であると感じています。
しかし、個人で「Linux 」を使うためには、サポート会社がないので壁が
高いという問題があります。いずれは新しくサポート会社が出現するかも知
れません。そうなれば関連ソフトを作成するサードパーティも追従します。
ビル・ゲイツ氏に絞め殺されたライバル企業は数多くありますが、技術を
パクられて追い込まれた「Mac」は、創業者スティ−ブ・ジョブスがトップ
に戻ってから健闘しています。
「i-Pod」の大成功の波に乗って、パソコンでも「ウィールスの攻撃の絶え
ないウィンドウズより、安全なマックを!」という攻撃的な広告を出し始
めています。(ウィールスの作者には、ビル・ゲイツ氏に恨みや反感を持つ
専門家が多数参加しているという噂は、古くから絶え間なくあります。)
正直なところ日本の「Mac」商法には近年マイクロソフト的な商法が散見
されていて、長年のユーザーとしては窓口へは不満と苦情を申し入れていま
すが、「Linux 」を使えない以上は、「Mac」の方が「ウインドウズ」より
も、よっぽど使い勝手は良いのです。「Windows XP」をお使いの方は、買
い替えるのなら、これからは「Mac OS X」をお使いください。
追加情報
「Firefox」というブラウザがあります。「Linux 」と同様に世界中の専門家
が多数参加してオープンソースで開発しています。
Firefox 2 http://www.mozilla-japan.org/products/firefox/
「Netscape」というブラウザは、かってはトップ・シェアを持っていました
が、マイクロソフトに侵略されて縮小しまた。しかし、今でも健在です。
Netscape日本 http://wp.netscape.com/ja/
例によって、マイクロソフトの「Internet Explorer」から検索しても、この
アドレスには繋がらず、アドレスを直接打ち込んでも表示されない仕掛けが
されています。つまり競争相手は徹底的に叩くという商法です。
国産の表計算ソフトも、日本語ワープロソフトの数々も、このマイクロ
ソフトのOSを押さえた排他的商法に駆逐されてしまったのです。
これは独占禁止法に抵触する商法であると考えても不思議はありません。
これに対してマッキントッシュの「Safari」というブラウザからは「Firefox」
へも「Netscape」へも、アクセスしダウンロードして使うことも出来るのです。
ビル・ゲイツ氏よりもスティーブ・ジョブス氏に対して親近感を抱くのは、
小生だけでしょうか?
「統一地方選挙で棄権してはいけない」
2007.01.24 小野 喜也 (昭33経)
4月の統一地方選挙に向けて、各地方自治体における選挙準備が本格化しています。
2007年から実施される知事・指定都市市長選挙は、12都道府県・4市へと
増えました。都道府県議員選挙では44、政令指定都市議員選挙では15、が同日に
行われます。
福島県、和歌山県、宮崎県と続々と県知事が逮捕された官製談合問題については、
入札制度に一般競争入札を採用すると表明した県がありますが、まだ改革を明らか
にしていない都道府県もあります。
住民に対して課税の権限を持ち、教育、福祉・医療をはじめ生活に密着した地
方自治体の運営を担う首長と、施策・方針を討議する議員の選挙は、原則として
4年に1度しか行われません。
国家財政と同様あるいはそれ以上に、放漫な行政により地方自治体の財政状況
は、大きな負債を抱える危機的な状況にあります。夕張市の財政破綻が全国的に
大きな関心を集めましたが、それ以上あるいは同様の問題を抱えている地方自治
体は数多くあります。
危険な財政状況にある自治体から、より安全な自治体へ移動出来る人たちは、
助かるかもしれませんが、移動出来ない人たちはそれによって益々生活が苦しく
なります。
私たちは、まず住んでいる市や都道府県の財政状態をよく知らなければなりま
せん。都道府県であれ市町村であれ予算/決算は議会の承認決議を経ていますか
ら、広報誌には掲載されていますしホームページで見ることも出来ます。
日頃は「大船に乗った気分」で、そんなものを見なくても、船の底から水が入
って来たり沈没するようなことはないだろう、という従来の考えは変えなければ
ならない時代に入りました。
ちなみに、東京都大田区と中央区の財政の一部を比較してみると次の通りです。
大田区 人口総数 681,287人(2007年1月)
18年度予算 歳入/歳出 206,792,145千円
福祉費 95,140,377千円 (46.5%)教育費 21,215,676千円(10.3%)
中央区 人口総数 102,431人 (2007年1月)
18年度予算 歳入/歳出 64,139,881千円
民生費 13,181,313千円(20.6%) 教育費 7,895,895千円(12.3%)
人口は大田区が6倍半以上多いのですが、歳入/歳出額は住民一人当たりでは
半分以下しかありません。人口構成をさらに見れば福祉・教育という地方自治体
の担う主な支出で、受益者の受ける金額の格差が推定できます。
自分の生活に追われて、自治体の広報誌を読む時間もない人もおられるかもし
れませんが、ほとんどは他人事のように軽視してきた、これまでのツケは確実に
回ってきているのです。まず、首長候補のそして議員立候補者の、財政状況の説
明と対応についての考えを尋ね、より良い選択の上で投票をしなければなりませ
ん。
国政選挙と同様に地方選挙でも、棄権率が高いと一部の組織化された人たちに
とって都合の良い、首長と議会とが生まれ結果の負担は棄権者へも等しくかかり
ます。割り勘の宴会で食べ物も飲み物も少ししか口に出来ないようなことが、棄
権者の立場なのです。
2007年1月11日発行の「週刊文春」に猪瀬直樹氏の「地方債250兆円の
借金列島——道路・土地・住宅の『隠れ借金7兆円』で『夕張化』する町」とい
う記事が掲載されました。住民は危ない自治体から“逃げる権利”があり、また
そこに居住しつづけるなら“監視する責任”が生じる。逃げる場合でも、監視す
る場合でも、自分が住んでいる市町村や都道府県の経営の実態を知らないと不可
能だ。と説いています。 猪瀬氏の「日本国の研究」というサイトに全文が掲載
されていますので、ご紹介をします。http://www.inose.gr.jp/mailmaga/index.html
日本の総人口は減少を始め、回復の見通しはまだありません。
「限界集落」という言葉をご存知でしょうか? 過疎化・高齢化の進行によって、
人口の50%が65歳以上となり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難に
なった集落のことを指します。国土庁の行った調査(199年)で約2000の集
落が山間部と離島の限界集落とされています。
これは田舎だけの話ではなく、東京や大阪の近郊に建設された大きな団地でも
同様な状態が進行しています。まず子供が減り幼稚園、小学校、中学校が順番に
閉鎖され、開業医は高齢化して後継者はいない、とゴーストタウン化へと進んで
います。税収の挙がらなくなった地域の住民を支えるのは、周辺の住民の納める
税金しかありません。
財政再建のかけ声が叫ばれてから、行政の無駄をなくす必要性を意識した人は
多いと思われますが、そのためには個々人の選挙での投票が重要な影響を生むと
いうことを理解していない人が、まだまだ沢山いることを投票率の低さが示して
います。
統一地方選挙で棄権をしてはいけません。
私たち一人一人の生活と、子供たちの生活を守るために、日頃から国政だけでは
なく、地方自治体の財政状況にも関心を持って注目することが必要です。
『情と筋 政治のあり方』 2006.12.03 小野 喜也 (昭33経)
郵政改革法案の採決に際して、反対の立場を貫いて否決し、国民にその是非の判断を
委ねた衆議院選挙で、自由民主党を離れて立候補し当選した人たちの復党への議論が行
われました。
復党問題の端緒は、来年の参議院選挙で与党側が過半数を確保出来るかどうか、その
ために無所属で当選したいわゆる造反議員の、各選挙区における影響力を自民党内に取
入れようというものであると報道されています。また小沢民主党党首が自党へ取込もう
する動きへの防衛策だという観測もあります。つまり、衆議院議員選挙で落選した人た
ちは対象外の復党問題となっています。
論議の中で復党への条件として、幹事長が掲げた誓約書の提出などの条件に対して、
それではひどすぎる政治には「情」も必要だとする意見と、いや、政治は国民の付託に
対して「筋」を通さなければならないとする意見が対立しました。
『情に棹さしゃ流される、理に働けば角が立つ、とかくこの世は住みにくい』のではあ
りますが、まあまあ、なあなあの仲間内の妥協の積み重ねで全員一致を取りまとめてい
る、日本の古くからの集団意志決定方式の根深さを考えさせられます。人ごとではあり
ません、ほとんどの日本人は幼少の時期からこの習慣の中で生きて来ています。
しかしながら、小泉内閣の推進した改革を圧倒的多数で支持した国民の願いは、行政
の腐敗と無駄を正すための改革です。小泉内閣は改革の大きな突破口を開きましたが、
既得権を守ろうとする勢力は依然として強大です。様々な改革法案が成立しても、何と
か骨抜きをしようと頑張っています。この執念は個々人としてよりも集団の利害として
働いているので、正に「情」と「利」の固まりです。
顔の見える範囲、帰属する集団に対して感じるのが人と人との「情」であり、利害が
密接に絡んでおり、それに対して、個性をお互いに意識することが出来ない数の人間集
団を動かすのが「筋」です。
大義名分を明らかにし、大勢の人たちの支持を得なければ、あの戦国時代であっても
大軍を動かすことは出来ませんでした。
政治は「筋」で動かすべきであり、そこに「情」を持ち出して来たことに、情けなさ
を感じます。この意見を唱える人には主張するべき「筋」がないのではと疑われます。
政治の分野から東大出の公務員経験者の数は減少を続けています。天下りとは言いま
せんが、公務員から政治家へ進んだ人たちが戦後の政治をリードしてきました。しかし、
総理大臣は宮沢喜一さんを最後に、以後8人目の安部さんまで私学出身が続いています。
国会議員の数も同様の傾向にあります。自治省出身者の多い県知事も各県で噴出する不
正事件から、次第に少なくなると思われます。
慶應義塾の塾員で国政の場で活躍する人の数が、次第に増えているのは結構至極では
ありますが、今回の「情と筋」の主役はいずれも塾員です。
自民党幹事長/中川秀直さん(昭41政)、自民党政調会長/中川昭一さん(昭53東大
ー昭61特選塾員)、平沼赳夫さん(昭37法)。それぞれのご意見と行動は皆様ご存知
の通りです。結局、造反議員の復党は認められ、平沼さんは無所属に留まり、安倍内閣
への支持率は低下しました。
麻布高校から東大法学部政治学科を経て、日本興業銀行に就職し、昭和58年に衆議院
議員に初当選した中川昭一さんが、昭和61年に特選塾員になられた経緯は判りませんが、
福沢精神の理解度が違うのではないかと気になります。
小泉さんは復党諒承論で安部さんを激励したとのことです。マスコミの論調と彼らの
行った世論調査は、復党に批判的です。政治の世界では偏狭な学閥などは無い方が良い
のですが、さて、この問題を皆様はどうお考えでしょうか?
やはり、塾員議員には党派を越えて、福沢精神を基本とした行動をと願っています。
「軍事音痴から抜け出そう!」 2006.11.21 小野 喜也 (昭33経)
日本の常識、世界の非常識と言われることは様々にありますが、軍事についての
基礎知識が日本人には不足している状態が続いています。
近年ようやく国の存在の基本要件である、安全保障について議論が出来るように
なりましたが、国民の身体・生命・財産の安全を守るためには、国内の治安の維持
と同時に周辺諸国と世界の軍事情勢への考察と議論に基づく、施策が必要です。
外交と防衛も、他の諸問題と同様に国家公務員に任せているのではなく、国民の
一人一人が世界の常識に沿った、正しい知識を持って議論に参加し、投票へ反映さ
せなければならない問題です。
インターネットはもとよりのこと、科学の最先端技術は世界各国では、まず軍事
利用の中から生まれます。このことは銅や鉄の使用の始まった太古の昔から変わり
ません。最先端技術の動向は資本主義社会ではただちに、株価の上下する材料とな
りますから、投資に関わる人には極めて重要な知識です。
日本の新聞では読めない軍事情報も、ネットの上には日本語でも数多く出現し誰
でも読めます。限られた時間で多くのサイトを見ることは難しいでしょうから、こ
こでは一つだけご紹介します。
Technobahn
発信者 株式会社テクノバーン (英文表記:Technobahn )
投資の世界を通じた、科学とテクノロジーと軍事情報にお目通しされるよう
お勧めします。
世界を騒然とさせた北朝鮮の核爆発実験は、国連での非難決議がなされま
したが、この「北朝鮮問題」のページも上記のサイトの中にあります。
アメリカの金融封鎖や日本の経済制裁の進行で、北朝鮮の中国への依存度
はますます高くなりましたが、鴨緑江に沿って北朝鮮と長い国境線を持ち、
自国内に大勢の朝鮮民族を抱えている中国にとっては、北朝鮮での混乱を避
け現状を維持しながら、次第に支配下に組み込むことが上策であり、その基
本線に沿って行動しているように見えます。
国境沿いの軍隊を増強して、体制崩壊の混乱に備えながら、工業施設に対
しては援助し技術者を送り込んで、支配の強化に努めています。延命に必死
の金体制に対してアメリカ・カードを使っているとも見えます。
日本の核武装論議は検討すら口にしてはならないという、タブー体質がま
だあることを案じて、「非核三原則」堅持を安部首相がAPEC会議の合間に
中国にまで明言しましたが、これは来年の選挙を意識しての言動でしょう。
アメリカは中国に対しては、北朝鮮が核武装をすれば日本も核武装へ進む
ことになると、ジャパン・カードを使ったと見るのが常識で、その流れによ
って主要閣僚と党幹部の「核論議」必要論のアドバルーンが上げられたと読
めます。
アメリカは日本に対しては、ライス長官が来日して安全保障の堅持を確約
して、第7艦隊の洋上訓練を行うデモンストレーションを行いながら、迎撃
ミサイルの実戦配備のスケジュールを繰り上げて、日本の防衛力強化のため
のミサイル輸出の規定路線を推進しています。日本に対する北朝鮮カードで
す。
この第7艦隊の洋上訓練中に空母キティ・ホークに中国海軍の原子力潜水
艦が接近したことから、米国議会で騒ぎとなっています。中国は航空母艦の
中古を香港のダミー経由でロシアから輸入し、大連で磨き上げ更に同型艦の
建造もしていて、搭載用の戦闘爆撃機をロシアから購入します。
インドも航空母艦をすでに保有してさらに増やそうとしています。これが世
界の現実です。軍縮どころか軍拡に熱心な国々とも貿易をしなければ、国が
成り立たないのが日本の置かれている現実です。
国益を追求して虚々実々の駆け引きの行われているのが世界なのです。
財政破綻に直面している日本が、軍事力強化に当てられる予算は限界があ
ります。であればこそ、限られた国力の中での最善の安全保障の確保に努力
する必要があり、そのためには国民の「軍事音痴」からの脱却と、政治への
反映を目指す必要があると考えています。
以上
「地方自治体の腐敗を正せ 」 2006.11.05 小野 喜也 (昭33経)
地方自治体の不祥事が奈良市と和歌山県とで立て続けに明らかになりました。
この内の一つ奈良市の環境整備部の職員が過去5年の間、様々な病気の診断書を
提出して、病気休暇を繰り返し出勤は8日しかせず、約2,700万円もの給料を受
け取っていた事件です。
ところが、10月23日付の朝日新聞(朝刊)の報道した記事では、奈良市役
所がどうしてこのような職員の存在を認めていたのかは判りませんでした。
そして、10月26日の社説で、初めてその職員が部落解放同盟奈良県連の役員で
あったことが明らかにされました。
一方、週刊新潮(10月26日発売)11月20日号では、この職員が部落解
放同盟の幹部であり、休暇中に妻が社長を務めている建設会社に市の工事を受注
させるべく市役所へ圧力をかけていたことを詳細に報じています。
これまでにも繰り返されて来た、新聞が書かない事実を週刊誌が先に書き、そ
れに追従して新聞が報道するというパターンです。
奈良市は報道後の市民からの苦情と抗議の殺到もあり、当該職員の解雇と市役
所幹部、市長の減給を含む処分を発表しましたが、次の市長選挙まで目が離せま
せん。
民主党議員が辞職に追い込まれ前原党首の辞任にまで及んだ「偽メール事件」
は、個人のブログによる報道が端緒となり、さらにテレビのバラィティ番組が引
き継いで先行して新聞が従った事例となりました。
一度、誰かから公表されれば、新聞も書かなかったことを書くようになるとい
う例です。ブログの急速な普及で同様な事例が続く可能性が出てきました。
なぜ、新聞は真実を報道しないのか、日本の新聞の問題点はこれまでにも様々
な人から指摘がありますが、記者クラブ制度に安住して独自の調査取材が少なく、
広告を通じて取材源への配慮があり、行政の主導する審議会へ委員を送ったり等
々の長年の護送船団的な体質があります。
また、現場を調べ記事を書くのは入社後一定期間の若い時期だけで、記者もま
た新聞社の会社員として、管理職から役員への出世を目指す社内人事構造に問題
があるのかも知れません。アメリカなどでは記者は記者、編集は編集と部門によ
る専門家として、年齢に関わらずそれぞれの職務を続けていて、そして何よりも
報道の使命は、行政の独走に対して歯止めをかけることが原則となっています。
国家公務員の権限を縮小するべく「官主から民主へ」と、これまで唱え続けて
来ましたが、地方分権の議論は高まったものの、地方公務員と地方首長のあり方
は、小泉政権の「改革活動」の中でも無風状態だったようです。
和歌山県のトンネル工事に関する談合事件で、県庁幹部の逮捕に起因する知事
の辞職にも、世間はもう驚かなくなりました。福島県知事の談合関与事件が先行
していることもありますが、国も地方もどこもかしこも談合が蔓延していると国
民は感じてているのではないでしょうか。官公需に関わる仕事をした人は、多分
大部分は談合に関わった経験があるのではないかと観察しています。
かって重厚長大企業が君臨していた時期は「鉄は国家なり」と言われ、鉄鋼価
格は最大需要者である自動車産業との、チャンピオン方式の交渉で決められてい
ました。市場の多数意志で価格が決められる自由主義経済とは異質な経済です。
民間相互においてすらこの状態ですから、国であれ地方であれ官需に対する業
界の談合は、あらゆる分野で主流をしめていて不思議はありません。国でも地方
でも事なかれ主義で問題を先送りする公務員体質に自浄能力はありません。むし
ろ労働組合も含めての既得権益の擁護に努めているように見受けられます。
「天は自ら助ける者を助ける」という言葉は重要です。国民主体の政治・行政
を築くためには、個々の国民の自治意識の高まりと、ネットを利用した発言の増
加が不可欠です。
来年の統一地方選挙そして参議院選挙を通じて、安部内閣の信認を問われる選
挙では、どのような結果が出るのでしょうか? 安部内閣はメールマガジンを
一新して、動画の配信に力を入れています。
改革の進まない新聞と、国民の政治参加、インターネットの場における闘いは
ますます重要になります。
「地方自治体の腐敗を正せ」は新聞の社説のような誰かへの要求ではなく、私
たち個々人の意識と投票行動によって、実現しなければならないテーマなのだと
考えています。
皇室典範改正の論議 2006.9.12 小野 喜也 (昭33経)
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悠仁さまご誕生を国民の一人として心からお祝い申し上げます。
天皇家の男系男子のご誕生により、先に国会提出を見送られた皇室典範 改正に
ついての論議は鎮静化することでしょう。
しかし、皇室のあり方については審議会のような学識経験者の短期間 の議論
だけではなく、国民の広範な議論に基づく慎重な検討が依然として必要である
と考えます。
政治家、公務員の方々はもちろんのこと、慶應義塾社中の皆様には特に、皇室
についての福澤先生と小泉信三元塾長の古今東西への広い視野から のお考えに、
是非、目を通して頂きたいと思います。
福澤先生の『帝室論』は、故富田 正文さんの福沢諭吉選集 (第6巻)に掲載
されていますが、現在は絶版となっています。そこで小泉信三元塾長の書かれた
『ジョオジ五世伝と帝室論』のご購読をお勧めします。
平成天皇の青年時代のご教育係として、小泉元塾長が帝王学として説かれた
英国王の伝記と福澤先生のお考えをご進講された内容を伝えるご本で、この中
に福澤先生の『帝室論』の全文が収録されています。
『ジョオジ五世伝と帝室論』
目次
この頃の皇太子殿下
立憲君主制
或る国王の生涯について思う—ジョオジ5世伝を読む
福沢諭吉の帝室論
帝室論抄
附録 福沢諭吉「帝室論」
平和と理解の使節 抄
(ヴァイニング夫人を送る
わが同僚ヴァイニング夫人
ヴァイニング夫人著『皇太子の窓』序)
これからの皇太子殿下
皇太子殿下の御帰朝
読者への手紙
皇太子殿下の御婚約
正田美智子嬢
お二人だけの時間を 抄
4月10日前後—エリザベス・ヴァイニング来往
旅中の小閑—皇太子ご夫妻にお伴して
旅行談
アマゾンのURLは下記の通り。やはり絶版のようですが新古本が 買えます。
長過ぎるのでクリックでは出ないでしょう。アマゾンその他の書店サイト
で検索をお願いします。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163430601/sr=1-1/qid=1158105733/
ref=sr_1_1/503-4578516-6592729?ie=UTF8&s=books
国の祝日 2006.9.1 小野 喜也 (昭33経)
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「国のかたち」を表すものの一つに、「国の祝日」があります。
国中の人たちが仕事を休んで、その日を祝う日ですから、世界中のどの国にもあり
夫々の「国のかたち」示しています。
現在の日本の「国の祝日」を、敗戦直後からの休日とその後の変化の経緯を見ま
すと、一体全体、何を議論して決めて来たのか、報道機関はいかなる観点からこの
問題を報道して来たのか、これもまた「国のかたち」を示しています。
昭和23年(1948)に占領下の国会で決めた「国の祝日」は、9日でした。
元日1/1、成人の日1/15、春分の日、天皇誕生日 4/29、憲法記念日5/3、
子供の日5/5、秋分の日、文化の日11/3、勤労感謝の日 11/23。
9日の内の6日は敗戦前の祝日です。
敗戦前は、大日本帝国という立憲君主国家として、国の祝日と大祭日として
12日を決めていました。
祝日 四方拝1/1、紀元節2/11、天長節4/29、明治節11/3(以上四大節)
新年宴会1/5。
大祭日 元始祭1/3、春季皇霊祭(春分日)、神武天皇祭 4/3、
秋季皇霊祭(秋分日)、神嘗祭10/17、新嘗祭11/23、
大正天皇祭 11/25。
敗勢後の憲法改正を経て、1/15は薮入り、5/5は端午の 節句という二つの
古くからの民間行事と、新憲法を加え9日と決めたのです。天皇制度護持の強
い意志を当時の国会が持っていて、祝日の名前を変えそれなりの理屈を付けて、
占領軍の承認を得たものと推察されます。
問題はこの時の名称変更により、本来の祝日の意味は断絶して、新しい
意味付けは60年経っても国民の意識に定着しないことにあります。
そして経済成長と共に、次第に休日は政治家から国民へ与えられる労働時間の
短縮のような取扱いが行われている点にあります。
この傾向は昭和60年以降から平成に入って顕著となりました。
例外的に建国記念の日は、戦前の「紀元節」神武天皇即位の日復活の是非を
巡って、与野党の長い期間の争いがありました。
4/29の昭和天皇誕生日を、ご崩御の後は「みどりの日」とし、「自然に親
しむとともにその恩恵に感謝し豊かな心をはぐくむ」と訳の分からない理屈が
付けられましたが、来年2007年からは「昭和の日」に 変わり、「激動の日々
を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」とタイト
ルを付け、「みどりの日」は5/4に移ります。
これも天皇制を巡る国会内の妥協の産物なのでしょうか? 姑息に見えます。
現在では祝日は15日(年によって16日)世界最多へと増えました。
おおかたの国民は政府からの休日配布を、喜んで受取り続けて来たのですが、
連休を増やすために年によって日付が変わったりして、混乱と戸惑いが生ま
れています。キリスト教の行事に合わせた祝日は西欧に多く、日付が移動し
ますが、これは宗教と文化の伝統に基づくものでご都合主義ではありません。
国の祝日はそれぞれの国柄を表しているものですが、日本の現状は正に
敗戦、占領、東西冷戦、左右思想対立、政治利用と、只で貰えるものは何
でもという乞食根性が蔓延する中での、妥協の連続と言葉の誤摩化しが積
み重ねられている様に感じられます。
いずれ憲法を改正する機会には、この「祝日」の見直しも議論されるこ
とでしょう。それとも、増税の替わりに休日を増やそうなんていう発想が
出てくるのでしょうか?
この国は明治維新よりもずっ〜と古くからの長い歴史の上に成り立って
います。この先、国民が胸を張って自国の伝統文化を世界へ伝えられるよ
うな「祝日」への見直しが必要だと考えております。
ご参考サイト
●内閣府 国民の祝日について
http://www8.cao.go.jp/chosei/shukujitsu/gaiyou.html
●ウィキペディア 国民の祝日
http://ja.wikipedia.org/wiki/祝日法
●世界の祝祭日 ジェトロ情報
http://www.jetro.go.jp/biz/kouhou/holiday/
『ワールド・カップ・サッカーに見る報道の歪み』 2006.6.24 小野 喜也 (昭33経)
日本代表の予選リーグ敗退で、ワールド・カップ騒ぎは一山越えて、後半の
決勝トーナメントからは、世界最高のサッカー・ゲームを楽しめるようになり
ました。
世界規模の競技会で自分の国を応援するのは結構なことですが、冬季オリンピ
ックでも、テレビが大騒ぎをしてメダルを期待した選手たちが期待外れの成績で、
結局メダル獲得は金メダルの荒川静香選手たった一人でした。
ワールド・カップでまた性懲りも無く同じ姿勢での報道が繰り返されました。
各国の代表選手たちとの実力の比較分析もろくろくせずに、我らが代表への感情
的な期待を煽り立てた姿勢は、まったく変わりませんでした。
冷静に観察をすれば、サッカーについては日本代表チームの実力は、さして高
くはないのではありませんか。今、世界のトップクラスの選手のほとんどは、ヨ
ーロッパのクラブチームに所属しています。日本代表も海外組を中心に編成され
ましたが、海外組はそのヨーロッパの各リーグのクラブチームで、夫々に活躍は
していてもトップクラスの実績は挙げている人は一人もいません。
つまりメジャーリーグのイチローや松井秀喜のような、抜群の成績を挙げてい
る人は見あたらないのです。そのことは選手たち自身が良く認識していることで
しょう。日頃から激しいポジション争いを通じて、プロ選手として自他を比較し
ながら能力を高めるために、彼らは努力しているのですから、当然のことです。
ワールド・カップで勝つためには、走力、持久力、当たり負けしない基礎体力
から、ボール・コントロール力、シュート力など、個々の選手の更に高い能力が
必要であり、更にパス・ワークなど連携プレーの技術も水準を引き上げなければ
ならないのでしょう。プロ化が成功してからまだ僅かな期間です。海外で活躍出
来る選手が増えていても、MVPを獲得するような水準にはまだ到達していないの
が現状だと思われます。
ところが、報道側の取材姿勢は「勝てますか?」「決意は?」と、まるで日本
中が全員一致で勝つことを期待しているかのように、情緒から迫るインタビュー
を繰り返し伝えるものに溢れていました。代表チームの一挙手一投足が追われ、
過去の記録を再編集して報道し、情報量が極端に広げられます。
特に、NHKの番組編成はワールドカップに偏り、地上波、BS、ハイビジョン
と複数チャネルを、同じものや似た様な放映で埋め尽くしています。これは煽動
行為ではないでしょうか。自国の代表を応援するにしても、応援が過剰期待へ繋
がるようなやり方には、公営放送としての資質に疑問を抱かせるものがあります。
過去に優勝経験のある国でも、スーパー・スター選手がいても、予選敗退があ
り得るワールド・カップの厳しさを知っている監督も選手も、インタビューに対
して一様の答えを期待されて、パターン化した答えを繰り返していました。
本音を言えば袋叩きされかねない雰囲気を、取材側が作り出しているように感じ
られます。
小生自身はサッカーは素人で詳しいことは判りませんが、普通の大衆の中の一
人として受けた印象は上記のものでした。サッカーに詳しい人は皆さん結果につ
いての幻想は持っていなかったのではないかと考えています。しかし、それらは
報道されません。過剰な期待を撒き散らし、期待外れに終わると、ほんの少し反
省してまた繰り返しているのが日本のマスコミの内包する病癖です。
サッカー連盟にとっては、ワールド・カップによる人気の盛上げは観客動員の
上でも重要です。薄型大画面テレビを売りたいメーカーにとっても人気の高まり
は好環境です。連盟と周辺にもたらす経済効果は大きなものです。しかし、新聞
の活字になればすべてが事実だと思い、テレビで報道されればこれまた事実だと
考える人たちを、煽り立てる姿勢は報道機関として問題があります。
ほとんどの事柄については、賛成と反対の両論を並べて自らは真ん中に立って、
自論を述べずに、公正を装う報道機関が、こぞって一方向へ流れる時には、受け
手は注意をしなければなりません。
報道には古来「デフォルメ」歪みというものが付き物です。事実を正確に報道
せずに、報道側の都合や事情により歪められることが多々あります。また、この
様な事情を利用しようとする外部からの働きかけも、間断なく行われています。
古くは大陸へ侵攻した日本軍を賛美し、勝った勝ったと祝賀行列を先導し、敗
戦後は一転して占領政策にひれ伏して、民主主義を讃えながら、戦争責任の追求
は占領者に任せて、自らの反省を棚上げしました。権力への抵抗よりは迎合と自
己保身の歴史に満ちみちていることを思い起こさせられます。
ことは、オリンピックやサッカーというスポーツ報道に限らず、国全体を一色
に染めようとするような情緒的で感情的な報道の例は数多く、一時的な成功をも
って日本型経営への過剰な自信を煽り、世界情勢の冷静な観察に基づく報道を怠
り、バブル形成を尻押ししたとも言えます。
報道の偏りや歪みを知り、正しい判断をするためには、第一に海外報道機関の
報道にも目を通すこと、第二には小規模な報道機関の報道にも目配りをする必要
があります。この二つはインターネットの利用によって、可能となりました。
国内のマスコミの報道の歪みに対して、付和雷同をしない人がどれだけ増える
か、そのことに日本の将来が掛かっているのではないかと、考えさせられます。
インターネットの更なる活用を心掛けましょう。