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 インターネット演説館  

三田山上の「演説館」は、明治8年5月1日に開館されました

福澤先生が日本語訳を考案された『スピーチとディベート』は、
慶應義塾が広く国内への普及を目指さなければならない、事柄の一つです。

インターネットを通じて、自らの意見を明らかにして、
異なる意見と意見を交わす機会を作ることは、先生のお考えに沿ったものと考えます。
国際化の進む中で、異論と競う経験は、日本人に不足しているものの一つです。

インターネットの双方向性を活用するぺく、
ネット上の「演説館」を1999年9月8日に開設いたしました。
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ご登壇は随時ご自由です。塾員・塾生の皆様のご参加をお待ちします。
反論は並べて掲載するなど、ネット上でのディベートも可能な運営をしたいと思います。
テーマはご自由です。三田の「演説館」の壇上に立つおつもりでどうぞ!!

演説にも持ち時間があるように、字数にして2千字以内を目安として、
卒年/学部とご署名入にて、「演説」をお送り下さい。

インターネット三田会事務局 

演説目録

2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年
2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年

*掲載演説への反対、賛成いずれの演説も歓迎します。新たな立論もお待ちしています。


登壇日   演題

2011年

11.15 『TPP談義に見える日本人の国際感覚レベル』

11.15 『人間の本質は保守である』

10.15 『野田内閣スタート一ヶ月の評判』

05.15 『日本は世界5位の農業大国』 大嘘だらけの食料自給率

03.30 『新日本再生計画:この国難を平成維新に活かして再び輝く日本に再生しよう!』 斉田 秀実(昭44/法律)

2010年

12.15 『菅政権の断末魔』

10.15 『英才教育と平等教育

09.27 経済活性化を目指す福岡空港第二滑走路増設を実現しよう」 空野 太郎

07.15 東京大学では国民の役に立つ国家公務員を育てられない

06.08 『持続可能な森林経営』   速水 亨さん(昭51政) 日本林業経営者協会 会長 

04.15  『「友愛」三代目の誤算

02.15  『人間の生き方は容易に変わらない

01.06  『ディ・レギュレーションこそが成長戦略の鍵

01.04  民主党政権への膨らむ不安

01.02  『テレビドラマ「坂の上の雲」から感じ考えたこと

2009年

11.15  民主党政権、立上がり局面での不安

09.17  航空行政の改革』 前原誠司 新国土交通大臣へ送信

09.05  新政権は官の支配打破から経済成長を生み出せ

07.15 投票率が上がれば日本は変わる

06.16 『崩壊した財政規律と公的モラル

06.03 農民意識から匠の意識への転換が必要

02.06 『渡りをなくすための公務員人事制度

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2008年

12.03  アンコールを無差別にするな!

12.03  専門家への敬意の欠如を正そう

08.07  歴史は繰り返す

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2007年

08.25   『亀の甲より年の功

06.02  『「呉善花 ヨンソンファ」さんの著作を読みましょう

05.31  『適齢期とは?  

04.10  『パリよりボンジュール』  パリ日本文化館 館長 中川正輝さん(昭39経)

01.24  『マイクロソフト-終わりの始まり

01.24  『統一地方選挙で棄権してはいけない

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2006年

12.03 『情と筋 政治のあり方

11.21 『軍事音痴から抜け出そう!』 

11.05  『地方自治体の腐敗を正せ』  

09.12  『皇室典範改正の論議

09.01  『国の祝日

06.24  『ワールド・カップ・サッカーに見る報道の歪み』 

06.12  『村上流資本主義の限界』   

05.14  『小泉内閣の歴史的評価』   

01.29  『改革の本丸は人である』  

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2005年

12.20 『改革はまだこれからです』  

10.10 『改革への大合唱が始った』    

07.24 『郵貯消滅』     慶應義塾大学商学部教授 跡田直澄さん

06.10 『二子山親方の語った 我慢と辛抱』  

05.03 『多数決をしない民主主義 パート2』  

03.18 『団塊世代マルクス主義者の晩年』 

03.13 『郵政事業を何故民営化しなければならいのか?

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2004年

12.30 『「ああ言えばこう言う」べき日本の外交』 

12.09 『軍隊の安全とは? 』 

11.03 『巨大な構造変化』   

06.14 『父が子に教える「日露戦争」からの想い』  

05.15  『増え続けるフリーター』   

05.05 『日本の治安は本当に悪化しているのか?』  

03.19  『イラク復興援助に関する提案』  坂倉 一郎さん(昭33政)

03.07 『伝統の継承と創造』      

02.21 『和魂萬才と北朝鮮問題』    中野 有さん ジョージワシントン大学客員研究員 

02.12 『異文化国家との勝てない戦い』 浜地 道雄さん (昭40経)

01.15 『在米柔道指導者の「功績」』  古森 義久さん (昭38経) 在ワシントン編集委員

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2003年

12.24 『自衛隊のイラク派遣』     久米 直さん (昭40経)

12.01 『匿名性の変容』       

11.21 『憲法問題と福祉問題』     

10.23  『日本を支配しているのは誰なのか?』   

08.23 『インターネット選挙自由化と電波規制撤廃』  

08.10 『民主主義と官主主義』     

06.20 『柔道は"肉体言語のODA"』  古森 義久さん (昭38経)産経新聞社 ワシントン総局長

06.09 『サダム・フセインの消えた後』 

03.21 『國と国民との関係』      

03.21 『「おしん 少女編」再放送に思う』 

03.12 『経済大国の次に何を創るか』  木内 孝さん (昭33経)NPO法人・フューチャー500理事長

03.09 『安全保障は広い視野で』    

03.01 『安全保障の意味』       

01.25 『明治天皇とその時代に学ぶ』  浜地 道雄さん(昭40経)ビジネスコンサルタント

01.20 『北朝鮮とイラクとロシア』   

01.04 『それでも、貴方はまだ棄権を続けますか?』 

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2002年

11.23 『キリスト教原理主義』     

09.15 『子育てのゆくえ』       松居 和さん(昭48塾高)音楽プロデューサー/演奏家

08.30 『小泉改革匍匐前進中』     

08.20 『マンハッタンのダイアモンド通り』 浜地 道雄さん(昭40経)ビジネスコンサルタント

06.08 『民営化が不況克服の極め手』  

05.21 『固定資産税を正しく減額せよ』 

04.26 『日米関係の新たな課題−ネットワークと地方』  高久 裕さん(昭47政) 国際交流コンサルタント 

04.19 『空港と管制の民営化を』    

02.04 『国家公務員の目線は何処へ』  

01.30 『失業の改善を阻む規制の温存』 

01.25 『知力育み武力一辺倒を凌駕』  浜地道雄さん(昭40経)

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2001年

12.10 『慶應義塾と皇室』       慶應キャンパス/雑感」(O)さん

11.28 『構造改革の砂時計』      

10.06 『個人別・対国家収支表』    

09.02 『切開手術と対症療法』     

08.01  『政治の慶應義塾』       塩川正十郎さん(昭19経) 財務大臣

07.27  『自己責任社会への道』     

07.25  『環境変化・変革・生存』    

06.18 『政治家へのリトマス試験紙』    

06.02 『田中真紀子大臣を応援しよう!』    

05.27 『プライド』            

04.15 『新聞の病理』--見失った独立性-- 前澤猛さん(昭29経 昭31経修) 東経大教授     

03.01 『心をこめた仕事』       小野桂之介さん 慶應義塾大学経営管理研究所委員長 

02.19 『恐ろしき後遺症』       

02.11 『権力は腐敗する......』     

02.01 『教育は誰が変えるのか』    伊藤良典さん(経済学部2年生) 

01.21 『構造改革と社会通念のズレ/新世紀に何を継承していくか』 対馬好一さん(昭51政)

01.19 『独立自尊 導新世紀』     

01.06 『貴方の耳は何度ですか?』   

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2000年

12.08 『戦後の再検討』        故江藤淳さん(昭32文)

11.19 『孤立するか? 日本』     

10.12 『植物化する子供たち』     遠山高史さん 精神科医

09.11 『スポーツのもたらす三つの宝』 

08.05 『一票の格差を無くせるか』   

08.05 『納税者は羊の群れか』     

06.10  『慶應義塾の看板の恩恵と責任』 「慶應キャンパス/雑感」(O)さん

05.09 『恐るべき子供たち』      

03.26 『忘れられた「手」の働き』   

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1999年

12.20  『言葉で誤摩化す』       

12.10  『新世紀へ向って』      「慶應キャンパス/雑感」(O)さん

11.25  『リストラの意味』       

11.19  『温故知新』          

11.07  『投資クラブ』         望月純夫さん(昭46政) 

10.31  『自動車・カード・携帯電話』  

10.30  『カルテルの功罪』       

10.22  『言葉と画像』         

10.21  『スーツの裏地』        

10.16  『耐用30年の不思議』     

10.08  『運動会の徒競争』       

10.07  『成田の一坪地主』       

09.27  『DNA と教育』         

09.15  『公務員は異星人』       

09.09  『多数決をしない民主主義』   

09.08  『北方領土返還不要の論』    

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『孤立するか? 日本』  2000.11.19 昭33経 小野 喜也

 1989年にベルリンの壁が崩れ、ソヴィエト連邦の崩壊へと繋がって、世界は
大きく転回しました。アメリカをはじめ自由主義と民主主義を柱とする諸国は、共
産主義と社会主義を指導原理とした諸国に対する優位性を獲得しました。
 その結果として、自由主義陣営の側に立って来た我が日本が、国外では自由貿易
の恩恵を満喫しながら、国内においては官庁主導のカルテルによる国家社会主義の
ごとき体制によって、繁栄していることへの批判と改善要求の動きが強まりました。

 1989年12月に最高値を付けた東証ダウ平均株価は、1990年2月から崩
れ始めました。殆どの会社の決算を集めてしまった3月末には、最早大きな暴落の
様相を呈しました。後にバブルと名付けられた土地と株価の高騰を梃子にして膨張
を続けて来た、日本の運営方法を変えなければならないという最初のシグナルでし
た。3月には銀行を潰すか否かの大激論が、大蔵省の内部で闘わされたと洩れ聞こ
えて来ました。

 結論は潰せないです。政・官・財の鉄のトライアングルと言われたカルテル体制
を、その中核であった銀行から崩すことは、その時点では出来なかったのです。
しかしながら、BIS規制で日本の銀行の力を削ぎ、自由化で日本の証券・保険への
参入を求める国際的な圧力は、その後も強められ日本は防戦一方の時間稼ぎで、そ
の場を凌ぎながらの長期不況へと追い込まれています。

 株価を支えようとして行われたPKO(Price Keeping Operation)と名付けられ
た、市場原理を無視した国家による株価操縦も当然ながら一時的な効果しかなく、
継続されなくなりました。外からの自由化要求には原則なき後退が続き、遂には
国策銀行も外資に渡すことになりました。
 
 財政の赤字への対応も景気回復を求める声に押し流されて、目先に追われた政府
支出の膨大な積み増しをして行った公共投資も、様変わりした国際環境の中では効
果を挙げることが出来ずに、批判の声が高まりました。財源の手当ての無いままの
支出増加が国債残高として積み上げられ続けて来ています。

 この国難ともいうべき20世紀最後の10年の間に、従来の体制維持に追われて
将来に目の向かない日本の運営を尻目に、世界の貿易体制はどんどん変化をして
来ました。ガットからWTO へと衣替えをした包括的貿易協定が足踏みを続ける間
に、ユーロの発足をはじめとして、北米NAFTAによる自由貿易協定は広がり、ア
ジアにおいても、アセアン諸国とオーストラリアとニュージーランドの自由貿易
協定が成立して、二国間の自由貿易協定すらない國として、日本、韓国は際立った
存在となっています。自由化も出来ずにWTOにこだわった政策の失敗です。

 昨年、シンガポールのゴー首相に声を掛けられて、ようやく二国間の自由貿易協
定への協議が始まり先頃、共同宣言に漕ぎ着けました。協定の成立にはまだあと一
年ほどは掛かる見通しです。これはシンガポールの輸出品目には農産物や二次産業
産品が少ないために可能となったもので、他国との協定が続くことではありません。
ブロック的な排他性を持つ自由貿易協定を結ぶ國の増える中で、日本の孤立化は進
展しているのです。

 潰さないと決めた銀行も、長期信用銀行、日本債権信用銀行と政府のお膝元から
崩れました。生命保険会社の破綻も続いています。業界代表の一角を占めていた山
一証券の倒産した証券界は、すでに外国からの投資による取引高が日常的に半数を
占めています。

 省庁統合などの行政改革の速度はあまりにも遅く、政界の多党化と連立の動きも
未だに21世紀への展望を開くことが出来ません。
 日本が世界の中で孤立化して、さらに追い込まれることのないようにするには、
「この國のかたち」を替えなければならないことについての、国民の自覚が必要で
す。決して安楽な道ではありませんが、切り開くことの出来ない道ではありません。

 内閣不信任案の裁決を明日に控えて、ここからの選挙権の行使には私達だけでは
なく、子供や孫にいたる「この國のかたち」を決めることに繋がることを十二分に
考慮しなければならないでしょう。

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『植物化する子供たち』 2000.10.12 

   精神科医 遠山高史さん 「選択/不養生のすすめ」10月号より転載

 人間は植物化しつつあるのかもしれない。身体の一部を移し替える臓器移植は
接木と似ているし、長寿というのも動物的とはいえない。
 昨今、スポーツはなかなか盛んである。人間は運動が嫌いでないように見える
が、スポーツとは本来複雑な運動の中から単純な動きを取り出し、一定のベクト
ル上での優劣を競うものである。戦闘にはかなり役立つと思われるが、日常の生
活において、それほど実用的な能力を育むものではない。
 走ったり跳んだりという能力は動物の方が勝ることがあり、大脳皮質の関与が
濃厚である必要はさほどなさそうである。

 しかし、脳神経系は、葉緑体を持たない細胞の塊に、太陽からエネルギーを得
られないため、動いて餌(エネルギー源)を探す必要から生じたものである。つ
まり運動により発達したものであり、動く必要のない植物にはない。さらに、高
等な人間の脳は、木から降りたサルが遊んでいる手を使い自然に働きかけること
で進化してきたとされている。精神の座である脳は、手を中心とする全身運動に
よって培われたものであることは間違いない。
 すなわち、運動には複雑さの程度に応じて脳の関与に差があるのである。

 脳の関与の濃厚な運動とは、スポーツではなく日常の生活の中で行われる。食
事を作ったり、物を工作したり、農耕したり、介護をしたり、というような生活
運動のことである。ただ、なぜか、人間はこういったマメな身体の動きを要する
運動を低級と思うらしく、このような仕事人の身分を低くおさえてきた。
 たいてい観念的で、実態とは掛け離れた知識を、うまく加工してもっともらし
くみせることにたけた人間が、社会の上部構造に君臨してきた。そういった連中
は生活運動をほとんど自ら行うことがないため、そのような運動が軽視され続け
てきたと私は考えている。
 そのおかげで、日本の母親たちも、子供らにトイレを掃除させたり、廊下を手
を使ってみがかせることが、子供の脳にはいいのだということに思いいたらない。
電車の中で、自分は立って子供らを座席にすわらせることが、子供への思いやり
だと信じている母親のもとで、日本の子供はひたすら横着となったのである。

 手足となってくれる母、電化製品、車、携帯電話、インターネット、これらは
ことごとく生活運動を減少させる結果を招く。動かなくても生活できるのである
から、骨の折れる作業をわざわざしてまで生活運動体力を鍛える必要はない。ど
こか、座して食をはむ植物に似てきている。たぶん、頭も悪くなっているのでは
ないか。
 知的なことをすれば運動をしなくても脳は鍛えられるとする主張もあるが、私
は動物としての人間の身体は、植物化を納得しないと思っている。何万年も動く
ことを前提に脳を支えてきた身体は、「動かないということは食物を得られなく
なり、補食動物から狙われる危険がある」というアラームを自動的に出している。
 無意識な徘徊も、このアラームによって引き起こされることが多いし、理由の
はっきりしない苛立ちもこういった身体的理由によることがよくあるのだ。運動
と脳は相互に密接な関係にあるから、情緒的不安定さが運動体力の低いことから
もたらされることは、大いにありうることである。

 私は日々キレやすい若者に遭遇している。彼らのほとんどに共通する特徴が生
活運動体力の低いことであるのは偶然ではないのである。

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『スポーツのもたらす三つの宝』 2000.09.11 昭33経 小野 喜也  

 「練習ハ不可能ヲ可能ニス」という、故小泉信三元塾長の残された言葉は慶應
義塾社中とりわけスポーツ体験者には良く知られています。オリンピックをはじ
め世界一の栄冠を目指すには、人並外れた努力と精進の積み重ねが必要です。
しかし、小泉先生の説かれたのは、そのような高度の練習ではありません。
 初心者にとっては、昨日まで出来なかったことが、今日は出来るようになり、
何ヶ月かの後には更に上手に出来るようになるという、練習の積み重ねによって
自分にとっての不可能が可能に変わることのスポーツ体験の重要さを説かれたの
です。
 
 この他に小泉先生は「フェアプレイの精神」を身につけることと、「フレンド
シップ」の養われることを加えて、『スポーツのもたらす三つの宝』と説明をさ
れています。練習と戦いを繰返すスポーツを行う中で、自然と体得するこの三つ
が人生の宝であると説かれています。三田山上で福沢先生が早くから体育の必要
であることを説かれ、様々なスポーツにおいて慶應義塾が日本で始めて取組んで
いることも、このような体育の重要性を慶應義塾が認識していた結果ではないか
と思われます。

 本来、人間教育には「知育、体育、徳育」が必要であるとされていますが、日
本では敗戦後50余年を経て、進学のための「知育」に偏った教育が行われて来
たことの弊害が表面化して来ています。
 今年、世間を騒がせた17歳の犯罪には、心身共に伸びる盛りの年齢の少年・
少女達が、青春のエネルギーを明るく昇華させる機会を持つ事が出来なかった
ことに、大きな原因があるように思えてなりません。

 もちろん第一義的には親が子供に与える教育の退廃に原因がありますが、進学、
受験のための座学に追いやるのみの、学校教育の在り方にも原因はあります。
たとえ、人間教育に無知な親の下に育ったとしても、学校教育の中によりスポー
ツを重視する方針があれば、「キレル」「ムカツク」という対人不適応症かつ自
己中心的な思考と行動では、何ごとも成就することが出来ないことは、小学生段
階でもスポーツを体験することにより、実感し身に付けることが可能です。

 犯罪の低年齢化を「少年法」の改正によって罰則規定年齢を引き下げることに
よって防止しようとしている現在の政治・行政の動きは、果たして正しいのでし
ょうか? 修身や道徳の時間を学校の座学で増やすことよりも、体育の時間を
増やし幅広いスポーツの課外活動を奨励することが、より優れた迂回戦略である
と考えられます。国家百年の大計を立て後代により良い社会を残すためには、目
先の症状に膏薬を貼るような対策ではなく、一見迂遠なようにも見えてもより根
本的な施策を立てる必要があります。

 よしんば、國がその方向に気付くのが遅くても、私学である慶應義塾は先鞭を
示し実行をするべきではないでしょうか。 幸い義務教育期間を担う幼稚舎では
卒業までに全員が1,000m泳げることを、早くから義務付けています。また最近
では普通部でも歩くことで全員の運動参加を盛り立てているようです。 このよ
うなスポーツを取り入れた教育を、高等学校からさらに大学へと展開して、慶應
義塾の育てる人材が、知育と共にバランスの良い体力と人徳をも備えることを目
標とすることが期待されます。

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『一票の格差を無くせるか』 2000.08.04 昭33経 小野 喜也

 日本の人口は平成12年3月31日現在、126,071,305人と発表されました。
同時にこの人口に基づく国会議員選挙における選挙区毎の議員定数に対する「一
票の格差」が一斉に報道されました。

 この「一票の格差」問題は長く存在していますので、またかと関心を持たない
方も多いのではないかと懸念されます。しかし、国会に送る自分たちの代表を選
ぶ権利が地域によって格差があり等しく無いという、民主主義政治の運営に基本
的な欠陥があるという問題ですから、見逃すわけにはいきません。

 衆議院議員選挙区における最大の格差は、島根3区と神奈川7区の間の2.49倍
です。このように2倍以上の格差のある選挙区は全国で89区が存在すると報道
されています。小選挙区は全国で300区ですから全体の3割近くの選挙区が、
2倍以上の格差のある基準で議員を選出していることになります。

 国民の国に対する義務は納税をはじめ色々ありますが、国に対する権利の第一
は政治に参加出来るという代表選出への投票権です。この権利がこのような大き
な地域による格差の下に行われているは、民主主義政治を根本から歪めているも
のです。

 もし、この格差が1.5倍程度に押さえられていたならば、去る6月の選挙の結果
は全く異なる議席配分になっていたことは明らかです。国民の政治への意志を問う
選挙制度に根本的な部分で歪みがあることは広く認識されていると思います。
しかし、この「一票の格差」を憲法違反であるとした訴訟は最高裁判所により、
却下された実績があります。

 現在の選挙区割りで選出されている議員に、この格差を是正する審議を任せて
いたのでは、正しい解決は難しいことは判りますが、司法の頂点に立つ最高裁判
所のこの姿勢は理解し難いものがあります。裁判官の信任投票に国民が×印を増
やす方法しか国民の意志を表す術はないのでしょうか。

 来年7月に行われる参議院議員選挙においては、この「一票の格差」はさらに
大きなものがありあす。なんと最高の格差は4.77倍であり4倍以上の格差のある
選挙区は7区あると伝えられています。この格差は放置されたまま参議院選挙は
行われるのでしょうか。

 自らの権利を衆議院では半分以下、参議院では四分の一以下に押さえられてい
る国民は、無関心であることを続けるのでしょうか。現在、与党の議席を持つ政
治家の主導はこれまでは期待できませんでした。参議院選挙を控えて野党はこの
問題を取り上げるでしょうか?

 すべての国会議員に対して「公開質問状」を送って、この問題に対する認識と
対応の方法を尋ねて、回答と未回答の別と回答の内容を公開するというようなこ
とを、マスコミはどこも行わないのでしょうか?

 であるならば、誰かが行ってその回答の内容をホームページに掲載して、投票
の際の参考にすることは、解決への前進に繋がるのではないかと考えられます。
これもまた「インターネット・デモクラシー」の可能性の一つなのでしょう。

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納税者は羊の群れか 2000.08.04   昭33経 小野 喜也 

 6月の衆議院選挙において、都市部において自民党が民主党に敗れました。
都市に住む無党派あるいは政治的無関心層といわれる人たちの一部が、政治の
現状への批判を投票行動に移したものと推察されます。

 自民党内においても、都市部の落選者と議員や若手議員から、党の政策の抜
本的な再検討を求める声が上がって来ています。はたして自己改革は可能なの
でしょうか。昨日、自民党の公共事業検討会が連立与党に提案した「公共事業
見直しガイドライン」の内容により、公共事業の驚くべき実体を国民は知るこ
とになりました。

 ガイドラインは公共事業の内、5年以上未着手のもの、20年以上事業が停
止しているものを、取り止めるというのですが、信じ難いことです。
「親方日の丸」と言われるように、国の資金の出所は税金という国民個々人の
負担であることを意識せず、天からの贈り物であるかのように扱う感覚は、深
く行政と政治に携わる人々に染み付いてしまっているようです。

 建設省、運輸省、農林水産省から検討会へ提出されたガイドラインに該当す
る事業の数は、未着手のもの5年間185件、10年間3件、10年超6件、
事業開始後10年以上停止しているもの5、461件と報道されました。
民間の常識では信じ難い件数です。家計ではもちろんのこと企業においても決
して許されることのない、放慢なお金の使い方には寒気を覚えます。

 公務員と代議士は国民のために働くという「道徳観念」はどこに行ってしま
ったのでしょう。自分たちの利益のためならば他人の払う税金は取れるだけ取
った方が得だという、情けない考え方が国民に広く浸透していることが懸念さ
れます。

 公務員は選挙で選ばれることはありません。政治家が公務員の助けを借りず
に政策の立案が出来る能力を持つ制度を築きあげる必要があります。個々の利
益の誘導を基本とした政治から、国全体の利益と効率へのバランスを取り戻す
政治への転換が必要であることは次第に明らかになりつつあります。

 より明るい未来を築くために、子供たちや孫たちに渡す国をより良い国にす
るためには、健全な思考と判断を持つ人たちの投票行動への参加が是非とも必
要です。

 経済成長の続く期間には、投票へ参加してもしなくても、生活は悪くは変わ
らないと思っていた人が多かったのでしょう。これから経済成長率は一桁も下
の数字を確保することに苦労することが懸念されます。
自らが政治に対する関与を投票行動で表さなければ、生活は悪くなる懸念が大
きくなっていることに気付かなければなりません。

 納税者は、羊飼いに行方を任せる羊の群れであることを止めなければなりま
せん。「独立自尊」を21世紀にさらに広めましょう。

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『慶應義塾の看板の恩恵と責任』 2000.6.10「慶應キャンパス/雑感」(O)さん

  バスジャック、女性監禁、校内暴力...。「アブナイ」「キレル」と十七歳を煙
たがってばかりはいられない。昨今は慶應義塾も「アブナイ」「キレル」人たち
を抱えて困惑している。

 先月、三田の山に突然大きな張り紙が出された。ある塾生がトイレなどに差別
的な落書きを続けていたため、退学処分にしたというのだ。「落書きで退学?」
これだけ見ると意味がよくわからない。

 この元塾生、矢島一起容疑者(二十七)は先月二十三日、警視庁に脅迫の疑い
で逮捕された。調べによると矢島容疑者は、昨年一月に足立区内に住む部落解放
同盟役員方へ「江戸時代における穢多非人の子孫であることを突きとめた。暴露
されたくなかったら五百万円持って来い」など記した脅迫状を郵送していたとい
う。落書きの内容も推して知るべしだが、大学側が調査のため呼び出しても出て
こないため、退学になった。落書きにはご丁寧に「署名」まで入っていたらしい。

 二十七歳にもなった「塾生」が差別的落書きで退学になるのも興ざめだが、同
じ頃にはニューヨーク市郊外にある慶應義塾ニューヨーク学院で、かの十七歳が
大麻の売買で処分を受ける事件も発生している。

 この高校生は七人。課外授業のスキー合宿先で荷物から大麻が発見され、生徒
間で繰り返し売買を行っていた事実が判明したという。生徒の国籍は不明だが、
同校の生徒はほとんどが日本人である。

 受験生総数が減少し、慶應義塾にも、これまで入ってこなかった種類の人たち
が来るようになった。入試の多様化はよくも悪しくも多様な人材を集めている。
最近は早慶の人気の比重がかわり、両校とも合格した人の過半数が慶應に来ると
いう。理工学部などは意外な数の入学者に困惑しているとも聞く。

 大学の使命とは何だろうか。入学式でいつも塾長から聞くのは、「学問の伝統
の相続と発展」である。高等教育は先端の学問を研究し、また教授する。しかし、
これからの大学に期待されるのはそれのみではない。一部の大学はすでに、高校
レベルの基礎教育や、しつけ、マナーといった社会的なルールまで教えている。

 それは慶應義塾とて例外ではない。学部の教育方針は専門教育からリベラル・
アーツへ、また専門教育も学部から大学院へとシフトされ、新しい塾生に「合わ
せた」教育が実施されつつある。今後さらに一貫校のメリットを生かした人間
教育が実施されることとなろう。

 「アブナ」くて「キレ」そうでも、今の学生は未来の教育を受けることは出来
ない。ただ塾生は慶應義塾の伝統と社会的地位を背負った、その意味で「公人」
である「神の国」などと日本のトップが立場を考えずに発言する昨今、せめて
同じ轍はふむまい。
 彼は「日本」の看板を背負い、我々は「慶應義塾」の看板を背負っている。
それは恩恵であり、また責任でもあるのだ。

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『恐るべき子供たち』 2000.5..09  昭33経 小野 喜也 

  新潟の少女長期監禁事件、佐賀のバスジャック事件、名古屋の主婦刺殺事件、
同級生への高金額恐喝事件と重ねて、親の役目を果たせない親による児童虐待の
増加も報道されています。何をどう間違えてこのような人間が増えて来たのか、
すべての国民が考える状況が生まれています。

 メソポタミアの楔型文字を解読すると、「近頃の若い者」に対する大人の慨嘆
が書かれているそうですから、人類は古くから親の世代は自分たちの子供時代と
は異なる環境の中で育った子供との間の、認識ギャップに悩まされていたようで
す。

 敗戦後50年余を経て、それ以前に比べて劇的な変化のあった日本でも、子供
たちや若い親たちが、より年長の大人の理解できない行動をするようになり、社
会の安全をも脅かすようになりました。

 1945年以来の短かな歴史を振り返ってみれば、原因は明らかではないでしょ
うか。建国以来初めての外国との戦いで敗れた、無条件降伏と占領という事態は、
それまでの日本の歴史と文化、社会規範のすべてを否定することに熱心なあまり
に、人間の本質への理解についての伝承も失わせた面があります。

 男女は一気に同等の権利を持つとされました。権利には義務が伴うことの教育
もないままに行われたこの改革は「権利の主張」の横行を招きました。家長を中
心とする家族主義も法的には破壊されました。
 多数の犠牲者を生んだ戦争の反動として、不戦を第一とする絶対平和主義が幻
想的に唱えられ、暴力はいかなるものも否定されるようになりました。

 廃墟となった国土も産業も次第に回復して、やがて高度成長政策が成功を遂げ
るに連れて、人口の都市への大異動が起こりました。より良い生活を求めて農林
・水産業からサラリーマンを目指す人々が、大都市に集中し生活を築き始めまし
た。団地の誕生であり核家族化と小子化の始まりでもありました。

 どこの国でも社会変化は若年層から起ります。高年齢層の死亡によって次第に
移行するのが原則ですが、日本のこの時期の人口の大異動は変化を一気に加速さ
せる効果がありました。テレビの普及により大量の情報を国民の誰もが同じ情報
を共有するという状況も生れました。

 現在報道される一連の事件には、共通した親子関係が見えるようです。
結果は事件となったのですから「子育て」の失敗は誰の目にも明らかです。しか
し、親としては自分の子供の不幸を願って育てたはずはありません。まわりの人
の動きを見ながら、自分を取り巻く小さな世間の常識に従って育てて来たと親は
考えているのではないでしょうか。
 恐ろしいことですが、このことは、まだまだ同じ様に育てられた子供が沢山い
るということに他なりません。

 何を何処で間違えたのかは明らかです。
人間という生き物は長い長い教育期間を経て、ようやく社会生活を出来るように
なります。その教育の基本は親から子に与えるものです。「三つ子の魂、百まで」
と古くから言われたことは大脳生理学からも正しいようです。大脳は胎内から育
ち始めて誕生と共に爆発的に成長します。

 学校で読み書き算盤を習う年齢に達する以前に、基本的な部分は完成してしま
います。言葉の数が少ない間には、言葉による理解などする筈もありません。
人間として生きるための基本行動はすべて、親が躾けるもので、それは態度と接
し方により子供に伝えられるものです。

 子供を危険から守るためには、制止するために叱らなければなりません。やり
たがることを禁止する場面も多々あります。最初は軽い体罰で躾けるのが原則で
す。スキンシップという言語外のコミュニケーションが主体である間に、愛情を
注ぐと同時に、この躾を与えることが大切です。

 子供は自分の生存にとって絶対的に必要な親の愛情を感じ取り、同時に叱責も
受入れるのです。愛情は様々な表現で与えることが必要です。大切にされ自分は
愛されているという感覚はペットでも理解できることです。この期間での親子の
交流が不適切であったり、不足したりした場合には、子供は親の愛情を信じるこ
とが出来ずに叱責も受入れなくなるように思われます。

 可愛がるだけで、様々なことを教えるために冷静に叱り訓練をすることを怠っ
て、ひたすらに子供の機嫌を取って育てた親は、やがて怪物のように膨れ上がっ
た子供の自我に呆然とすることになります。通学を初めとして社会的な関わりが
子供にも増えるころになってから、今度は一転して叱責や規制を加えようとして

も手遅れです。

 兄弟姉妹も居ないか少ない核家族の中で、自分の言い分は何でも通して成長し
た子供が、俄に他人との遊びも付き合いも円滑に出来るはずがありません。それ
でも親が口出しをしなければ、子供は新しい環境に適応することも出来るかも知
れません。ところが、学齢に達しても子離れ出来ずに、学校の教え方や友達との
関わり合い方にいたるまで、細かく口を差し挟む親は増えているようです。

 昔からこのタイプの親はいました。しかし、それは経済的に恵まれたごく一部
の階層の家庭でだけの問題であったと思います。当時の言葉での有閑マダムのよ
うな立場にないと、この様な子育ては出来なかったのではないでしょうか。
資産家特に成金的に富を手にした家庭に多く起きた現象ではなかったでしょうか。

 人口の都市集中と平行して起った一億総中流化の意識は、この成金現象と共通
するものではないかと思われます。自分の出来なかったことを子供にさせたい。
これは自然な感情かも知れませんが、自分のつらかったことは子供にさせたく無
いという方向が、過った子育てに繋がった疑いは多々あります。
自己中心で他人を思い遣る心が皆無のような、哀れな恐ろしい人間が大量に育っ
てしまった可能性があります。

 もちろん、すべての親がそうであったはずはありません。子育ての知識を正し
く身に付け、自分の受けた教育も客観的に把握して、教育を行って来た方々も沢
山おられることと思います。反抗期、思春期と子供は次第に成長します。
 次第に言葉の種類も理屈も覚えて、親を乗り越えようとする頼もしい成長なの
ですが、これを受け止めてしっかりと指導するためには、親も理論武装が必要で
す。もう、黙って言うことを聞く年齢ではないのです。

 親は自分自身の生き方を後ろ姿で示しながら、子供が広い社会で活躍できるだ
けの、人間としての基本的な生き方を教えなければならないのです。
それこそが、子を思う親の気持ちの正しい表し方であることは古今東西を通じて
変わらないことであると思います。

 伝統的育児方法を投げ捨て、教育勅語を廃棄して、信仰を持たず過ごす人にと
って、生活の規範は何にあるのでしょうか。修身教育を否定してしまえば公立学
校への期待は無理というものです。私立学校にはそれぞれに建学の精神が伝えら
れていることが多いと思いますが、どれほど受継がれているかは分かりません。

 慶應義塾に学んだ方は、この子育ての重要な時期には福澤先生が亡くなる直前
に遺された「修身要領」をお使いになられることをお薦めします。
 このサイトのフロントページからのリンクを伝ってご覧になれます。
子供に限らず人に教えるということは、自らもまた共に学ぶことなのです。

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『忘れられた「手」の働き』2000.3..26  昭33経 小野 喜也 

 二本の手と十本の指。人類の進化をもたらせた「手」の働きは、最近では機械化
と電化に続くコンピュータの発達によって、重要性を忘れられているように思われ
ます。

 たしかに、機械化によって人間の生産能力は飛躍的に向上しました。蒸気機関の
普及による産業の変革は「産業革命」と呼ばれたほど、人間の社会を大きく変えま
した。そして電気の動力とした機械の発達は産業に止まらず、家庭内の作業をすっ
かりと変えてしまいました。

 家庭電気製品の普及は、それ以前の生活とは大きく異なる利便性を総ての人にも
たらせました。中でも洗濯機、掃除機、冷蔵庫、冷凍庫、炊飯器、湯沸器、電子レ
ンジ、皿洗い機等々によって、家事労働のほとんどが劇的に軽減されました。

 人間の労力負担を軽くして、作業効率を高め生産性を飛躍的に伸ばしたこの変化
は、総ての変化と同様に、プラスの面と同時にマイナスの側面を持っていたと考え
られます。

 労力負担を軽くすることに熱心なあまりに、「手」を使うことが少なくなりまし
た。効率をよくすることの裏側にある、いわゆる「手抜き」現象です。
 掃除機はゴミを掃く箒の代りであったはずですが、箒で掃く前に埃を払うハタキ
は無くなってしまいました。そして何よりも大切であった「拭き掃除」がすっかり
行われなくなりました。

 「手入れ」をしたり「手塩にかける」ことをすることの大切さを省いて、ひたす
らに効率化を求めたことは、家事に止まらず育児の分野にも大きな影響をもたらせ
ています。いまや「お袋の味」とはチェーン店でのハンバーガーやチキンとなり代
り、お弁当と言えばコンビニエンス・ストアという状況になっています。
 冷凍食品や半加工食品の発達と流通機能の変化と相まって、家庭電気製品の助け
があれば、家事に専業する主婦が必要であった時代はすでに過ぎ去ったようにすら
見えます。
 この家内労働の軽減は、共働きの生活を可能にして、女性の職業参加率を高めま
したが、独身生活も楽にしていて晩婚化や未婚率を高めることにも貢献しています。

 大量生産の思考は、教育の場においても、○×式の採点の容易な試験が増えて、
記述や面接などの採点に手間ひまのかかる方法は、削減されていたと考えられます。
入試の選抜も、その後の教育も「手抜き」とまでは言えずとも、教員の負担を軽く
することに熱心であったように思われます。

 二本の手と十本の指を使って、直接触ることは、人間の五感の一つである触覚を
通じて、触る対象と対話する機能です。生まれて間も無い子供は目の見えない段階
から「手」によって母親を知り、母親もまた触覚を通じてわが子の様子を知ります。
「手塩にかける」という言葉は育児と教育についての親の子に対する愛情を表して
います。「手は愛情」と西欧でも言われています。

 病気には「手当て」をしなければなりません。熱を出せば額に手を当て、痛みが
あれば、撫でたり摩ったりして、苦痛をやわらげようとするのは、基本的な行動で
しょう。
 医者も昔は患者に手を当て、脈を取り聴診器で体内音を聴いて、病状を知りまし
た。目や舌を見たり自分の五感を使って、診察をしています。近頃は五感を使わず
に血液検査や機械検査による数値が診断の基本となり、「医は仁術」から「医は算
術」に変わってしまったように感じられます。

 効率の追求を第一義とする成長指向から、エコロジーを大切にする環境重視へと
世界の潮流は変化して来ています。使い捨てでもリサイクルを考慮した省エネルギー
省資源の方向に添ったものへと変化を求められています。

 人も物も大切にする気持ちがあるときは、自らの「手」で触れることが重要です。
磨き込まれた柱や床の美しさ、炊事道具や食器のはなつ光沢の美しさ、洗剤などの
力を借りるようになっても、人手をかけて磨き込んだ美しさこそ大切なのではない
でしょうか。

 「手」の働きを総てのことに大切にするように、21世紀には回帰して行くこと
を期待し、実行しましょう。

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『言葉で誤摩化す』  1999.12.20  昭33経 小野 喜也 

 「誤摩化す」という言葉を漢字で書くことはワープロで復活しました。
普通は「ごまかす」とかなで書きますが、騙す、欺く、偽る、という意味で使われ
ます。
言葉で誤摩化すということは、もともとある言葉を使わずに別の言葉を使って、受
け手の印象を変えようとする行為を差します。昔から誤摩化すのが上手な人や、誤
摩化す癖のある人は、その場はうまく切り抜けても、次第に信用を失う羽目に陥り
ます。

 近年はまたこの「言葉の誤摩化し」が目にあまるほどの勢いです。自分に都合の
悪い時に誤摩化しは使われますので、バブルの崩壊以降は都合の悪いことになって
いる人が大勢いるためであると思われます。ニューズに現れる最たるものは国家の
大事についての誤摩化しです。

 よく見かける「公的資金」これは「税金」と言うものです。破綻した金融機関を
救済して日本の金融システムを守るという理由により、盛んに使われています。何
やら自分達の負担している「税金」ではなく、公の資金が別にあるように思わせる
ところがこの言替えの味噌です。

 この事態に関連して「不良債権」という言葉も使われていますが、これは「こげ
つき融資」という言葉が前からあります。銀行のもっとも恐れる回収不能の貸金の
ことです。利息も元金も回収出来ない債権の額があまりにも多いことから考えられ
た新しい言葉です。何やら債務者が不良っぽく見えるところに工夫の跡が見られま
す。

 「昔陸軍、今大蔵省」と権力の頂点にあって権勢を誇った組織も「言葉の誤摩化
し」が見られるようでは、間もなく大蔵省の名前は財務省に変わりますが、すでに
その力を失いつつあるのかも知れません。
国民大衆は一時は騙せても、次第にその真相を知るようになります。「一人の人を
長い間騙すことは出来る。大勢の人を一時は騙すことも出来る。しかし大勢の人を
長く騙し続けることは出来ない。」という言葉があります。

 昭和一桁生れ以前に生まれた日本人は、この前の戦争の時に旗色が悪くなってか
ら、言葉の誤摩化しが沢山使われたことを、今でも良く覚えています。
ガダルカナル「転進」とは「退却」のことでした。アッツ島「玉砕」は「全滅」を
言替えたものです。
この戦争の最後は「終戦」でした。ポツダム条約を突き付けられ、原子爆弾を落と
され、ソ連軍が平和条約を無視して押し寄せてきて、無条件降伏をした状態として
は、「敗戦」と言うのが正しい日本語です。でも、いまだにマスコミは「終戦」の
方がお好きなようです。

 いくら言葉を変えて使ってみたところで、実態が変わる訳ではありません。
事実は厳然として存在します。進学率が上昇して高校は全入に近く、大学教育を受
けた人も50年前とは比べ物にならないほど増えているのです。国民は次第に問題
の真相に気付きつつあります。次の総選挙にそれは反映されるのでしょうか?

 福澤先生はアメリカから多くを学んで日本人に伝えられました。
その中にはアメリカ産のジョークの紹介もありました。

 The Nation He Loved.
"I would shed my last drop of blood for the nation ! " cried the candidate
for honors.
"You bet you would-for the nomination," was the sarcastic reply.

 愛国か愛身か
 候補者が声高らかに、「拙者はnation(国)の為に最後の血をおとすべし」と叫
びたれば、傍らより、「如何にも貴公はnomination(選任)の為に、」とは口悪
き返詞にこそ。   (明治23年1月25日「時事新報」「開口笑話」)
 
 「景気回復」「内需拡大」と内外の声に押されて、国債の増発が続いています。
来年度の増発により、現在の総ての税収の7年間分もの額に積上げられます。
この巨大な借金を払うのは国民です。

「後代負担の増加」と言い替えられていますが、これは「借金の先送り」を意味し
ています。借金を払うのは後の世代だけで自分ではないという印象を与えますが、
そんなことははありません。生きている間には総ての国民がその影響を受けること
になるでしょう。

 政治に携わる方々は選挙に際しても、「言葉を誤摩化す」ことのないよう、心し
てお話されるようお願い致します。

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『新世紀へ向って』 1999.12.10発行「慶應キャンパス/雑感」(O)さん

 新たなミレニアムを迎えるにあたって、「20世紀はどんな時代だったのか」確認
する作業が盛んになっている。産業化の世紀、民主化の世紀、そして、戦争の世紀...。
角度を変えて見るたびに異なった装いを見せるこの百年は、良きも悪しきも「激動」
の遍歴だった。

 日本の歴史を見るとき、それは1945年を境に大きく二つに分かれる。まず憲法が
変わり、主権者が変わり、領土が変わり、そして政治が、経済が、教育が変わった。
戦争期の反動としての「民主化」は、GHQ(連合軍総司令部)の占領政策によって
もたらされ、人々は未だあずかり知らぬ「自由」と「平和」を手にして、戸惑いなが
らも、新しい半世紀を踏み出していった。

 あれから五十四年。日本における今世紀の問直しは、しばしば「日本の戦後は、本
当に正しかったのか」という戦後評価と二重併せになっている。たしかに民主化は実
現し、経済は発展し、世界がうらやむ社会が、外面的には実現した。しかし、本当に
それが到達点なのか。社会は病み、自殺も売春も、教育や家庭の崩壊も増え続けてい
るではないか、と。
 この「戦後への問いかけ」は、先の戦争で、新しい日本のために死んでいった人々
の遺言に接すると、一層切実なものとなる。

 たとえば大戦末期、沖縄への死の特攻攻撃に向う戦艦大和の艦上。乗組員の若者た
ちは、間のなく訪れる自分達の「死」の意義ーー我々は何のために死ぬのかーー」を
考え、議論した。そこで二十一歳の白淵大尉はこう語ったという。
「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩ト
イウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、真ノ進歩ヲ忘レテキタ 
敗レテ目覚メル ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今目覚メズシテイツ救ワレ
ルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジヤ
ナイカ」(吉田満『戦艦大和の最後』)
 
 犬死ではない、自分たちは「日本ノ新生」のために死ぬのだ、葛藤の中で彼が行き
着いたところは「真ノ進歩」のための死だった。「私的ナ潔癖ヤ徳義」を越えた、
新たな「進歩」と「目覚メ」果たして、遺された者たちが作り上げた日本は、彼らの
メッセージに応えうる国になっただろうか。

 この想いは学徒出陣で約三千名の学生を送り出していった慶應義塾も同じである。
義塾は昨年、三田旧図書館前に戦没学生を弔う碑を建立した。そこに記された「帰ら
ざる友よ/君の志しは/われらが胸に生き/君の足音は/われらが学び舎に/響き続
けている」という碑文には、学問の自由をかなぐり捨てて征き、逝った学生たちへの
鎮魂の念とともに、「我々が彼らの死を無駄にしていないだろうか」という深い反省
の念が込められている。

 慶應義塾が新世紀を迎える指標は、やはり「独立自尊」と「気品の泉源」「知徳の
模範」の、建学の精神である。新しい日本は、気品と知と徳と、独立した確固たる自
我を備えた国でありたい。そのために、我々一人一人は建学の精神を体現する責任が
ある。それこそが塾生としての「鎮魂」、後輩としての使命なのである。(O)

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 『リストラの意味』  1999.11.25   昭33経 小野 喜也

  今年は流行語の一つにリストラが選ばれるかも知れません。リストラクチュアあ
るいはリストラクチュアリングの英語を例によって、短縮した日本語ですがマスコミ
に多数登場し広く使われた言葉となりました。

 手許の小さな辞書には< re・struc・ture [ri:str、ktセ#r] vt. 再構〔編〕成する.>と
あるのですが、関心はもっぱら再編成に伴う人員整理に集中していまいました。
現在進行中の世界の構造変化によって、日本は従来の運営の仕方ではあらゆるレベル
で、立ち行かない状況にあるのですから、本来リストラはより広い範囲について考え、
検討し実施されなければならないと思います。

 国際会計基準の実施は、これまでの簿価会計主義から時価会計主義への転換を求め
られますから、企業は根本的に戦略の組み替えをせざると得ません。コストを引下げ
生産性を高めるための努力は、好景気の続くアメリカでも続けられているのですから
日本の企業はおろそかに出来るはずもありません。

 企業のコスト削減を追求しますと、事務部門における生産性の向上を避けて通るこ
とは出来ません。この分野をよく見ると個別企業の問題ではなく、行政から求められ
ている仕事が如何に企業に大きな負担を与えているかが、見えて来ます。

 企業の規模の大小を問わず、本来は国のやるべき徴税事務をはじめ、納税のために
行う企業の仕事は、事務部門の大きな割合を占めています。また事業のために各種の
許認可を受けたり、期限更新のために行う事務手続もかなりな量があります。一度決
められた規則は廃止されることは極めてまれですから、今では何故必要であるかよく
判らなくなっている規則も含めて、行政は様々な書類の提出を企業に求めています。

 数年前に経済雑誌で、某大手自動車会社が自社の事務合理化を検討した際に、事務
コストの60%が行政関連事務であったと報道したことがあります。

 某デパートは預かり金から買物代金を引き落とす制度を持っていますが、数千円の
預かり金残高で、長年変化の無い口座についても、毎月残高報告書を口座所有者に郵
送しています。これも行政に求められている行為でしょう。

 銀行の預金通帳も各銀行が自由に作っているとは思えません。総合口座と称して使
わない人にも定期預金のページ沢山が付いた通帳を長らく使用していました。今年に
なってようやく普通預金ページだけの通帳が出来ました。このような資源保護にも繋
がる改良は沢山あると思われます。
 
 行政改革とは、省庁の数を減らすことだけではなく、人員を減らすことだけでもな
く、行政の仕事の中身を洗い直すことにあると思われます。企業の負担を軽減して、
利益が出せる状況を作る手助けをして税収を引き上げる、迂回戦略が国家経営として
の急務ではないでしょうか。

 中小企業やベンチャー企業の育成も大切ですが、それらを含む総ての企業の背負っ
ている、行政から求められている仕事を軽減することは、より大きな効果をもたらす
に違いありません。

 さはさりながら、行政の側からこの種のリストラの案が出ることは期待出来ないで
しょう。あらゆる業種に存在する業界団体を通じてでも、企業の改善を求める要望事
項を集めてみてはどうでしょう。現場でなければ判らないような細かな問題が沢山あ
ると思います。
 個別には行政からの報復を恐れて口を開かない企業も、団体が横に繋がり全国的な
規模での動きとなれば、要望事項は多数寄せられると思われます。

 経済界をリードする全国組織は、このような問題提起と実践活動を冷静に正確に行
って頂きたいと考えます。広く事務コストの軽減に繋がる行政の変革を求めるべきこ
とを、幅広い企業を取りまとめて堂々と主張して頂きたいと存じます。

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『温故知新』  1999.11.19  昭33経  小野 喜也

 『論語』は孔子(紀元前552年〜479年)の言行を記録したものです。 
百済を経て日本に伝えられたのは西暦285年ででした。古事記が出来たのが西暦
712年ですから、日本人の手にした最初の書物です。温故知新はその論語の中の
一節で、手許の解説書による説明は次のようになっています。

「ふるきをたずね 新しきを知る」何事にもあれ、過去をたどり、それを十分に
消化して、それから、未来に対する新しい思考、方法を見つけるべきだ。現在は
過去なくしては存在しない。しかし、過去だけにとらわれては新しい世界は展け
ない。過去を無視しさって、ただ新しきにつくのもまた、失敗を招くものである。

 人類の発展は、言葉と言葉を伝える文字を使った知識の伝承によるものです。
一人ひとりの頭脳の働きも、それ以前を生きた人からの知識を基礎としています。
孔子の時代にはまだ存在せず、その後に人類が手にした知識も後代に大量に伝え
られています。

 今では、世界の人類の持つ祖先からの知識情報は膨大なものですが、その情報
を上手に使えているかとなると、必ずしもそうではないと思われます。平成天皇
即位10年のお祝いのイベントのテレビ中継で、芸能人を見たくて集まった若い
人へのインタビューに対して「皇居って天皇陛下が住んでいるんだ。知らなかっ
た〜」という場面があったと友人に聞きました。

 今年7月の国旗と国歌を制定する法律が国会で承認されたという事実は、この
国の内部の敗戦後以来の社会主義と自由主義との思想対立が、いかに根深いもの
であるかを知らせてくれます。教育もその対立に深く影響をされています。

 人類の持つ知識情報を伝える方法は、親から子へが基本であり、社会的には学
校における集合教育が親の届かない所を担い、さらに読書をはじめとする自己学
習へと連なります。

 温故知新のために親が子に伝える情報は、自らの学習と体験から得た知識です。
学校教育ではやはり最新の情報を伝えるよう努められていると考えられます。と
ころが何故か、歴史教育については縄文時代から始まる教科書ばかりで、昭和時
代から書き始められたものはないようです。

 親の生きた時代、祖父母の生きた時代、それ以前の時代への遡って歴史を学べ
ば、現在の時代への理解と将来へ向けての考えは、はるかに纏まりやすいのでは
ないでしょうか。総ての人に役立つのはそのような自分の役に立つ歴史の知識で
あると考えられます。

 歴史から学ぶということは、人物や事象の年表を暗記することではなく、その
時代を生きた人々のことを知ることが大切なのだと思います。学問の発達過程で
産み出された文化人類学はまだ新しい学問ですが、世界の人類について学ぶ技法
は、同様に過去の人類について学ぶことに応用出来るのではないのでしょうか。

 私自身は、小学校、中学校、高等学校と3回の学校歴史教育を受けましたが、
いずれも明治維新のあたりで学期末となり、明治・大正・昭和の時代を学校で学
ぶことはありませんでした。

 明治に入ってからの憲法制定、近代国家を作ろうとした様々な改革と議会の設
立に至るまでにはかなりの年月がかかっています。その成立過程と成立後の運用
は後代に大きな影響を与えました。

 明治の置かれた、西欧が世界を支配した植民地時代から、第一次、第二次の世
界大戦を経て、世界は大きく変わりました。建国後初めて外国に占領された戦争
を行った時代の検証は、現在、歴史から学ぶとすれば、欠かせないものです。
その最も重要な部分を教えない歴史教育は極めて不完全なものです。

 温故知新は手前の時代から、次第に古い時代へと向う方法こそ実際の役に立つ
ものだと思います。自分の将来を知りたいのは人間の基本的な欲望です。占いも
また古くからの知識の伝承で成り立っていますが、自らが考えて判断できるよう
に次世代を指導することが本筋です。   

 子供達は言います。「What will I be.......?」と、親は「Ke Se La Se La」で
良いのでしょうか? 未来を見通すことは不可能であっても、未来を築いていく
のは人間なのです。

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『投資クラブ』 1999.11.07 昭46年法/政 生田ゼミ 望月純夫

 4年程前に、ビアーズタウンのおばーちゃん達の株式投資大作戦と言う本を読み、
株式投資もこのように楽しく出来ればと思いました。
その後、1996年7月に、大蔵省の通達により、日本においても投資クラブの設
立が認められるようになりましたが、投資クラブの株式売却時の課税に関する通達
が決まらず、97年3月に入りようやく実際の投資が可能となりました。

 私達の慶応OBによるロンバート投資クラブも、その時スタートしました。
因みに、クラブの構成員は女性2名を含む15人です。年齢は45歳から74歳ま
での幅広い仲間で、銀座のBRBのメンバーでもあります。多分、日本で最初に投
資をスタートしたクラブです。

 スタート当初の投資方針は、短期投資に傾き、アメリカで盛んな投資クラブの投
資スタイルとは相容れないものがありました。しかし、思考錯誤の末、アメリカ投
資クラブの哲学に行き着きました。
 その哲学とは、1成長企業投資、2分散投資、3再投資、4毎月投資です。
 アメリカでの投資クラブの歴史は古く、1929年の大恐慌後の1940年にデ
トロイトでスタートし、現在全米投資家協会は730000人のメンバーと
38000投資クラブとなり、クラブライフを楽しむだけでなく、確実に投資実績
もあげています。

 401Kが導入される日本も、自己責任による投資が必要とされる時代に入るこ
ともあり、投資クラブ等において、株式投資について真剣に考える時代になったと
思います。
ロンバートクラブの有志で、10月20日から27日までの間、アメリカの投資家
協会、イギリスの投資家協会、フランスの投資家協会、及び各国の投資クラブを訪
問してきました。
 イギリスでは、50歳以上の女性だけのクラブと会食し、投資クラブの楽しみ方
を教えられました。メンバーの最長老は84歳ですが、しっかりとした相場観をも
っているのには感心しました。

 株式投資の話題は、伝統的なティーパーティーにも合うようです。
 アメリカの投資クラブの参加者の70%は女性であることにも驚かされました。
投資家協会の催事の多くは、証券営業経験者のボランタリーでされており、日本
との風土の違いに愕然としました。

 1960年に世界の投資家協会もスタート、現在は16か国が参加,日本は未加入、
金融大国としては恥ずかしい限りと言えます。来年9月にベルリンで開かれる世界
フェアーには、参加の道が開かれたので、是非参加したいと思っています。
 私達のクラブだけでなく、多くのクラブの参加も望むところです。又私達の投資
クラブと意見交換できる仲間も求めています。

 慶応ラグビーが、創立100年を迎えるこの年に、世界の投資クラブの仲間入り
できうれしい限りです。こだわりの応援指導部の出身者としては。
日本の資本主義の再生は、個人投資家の再生でもあります。個人投資家の株式保有
比率50%が当面の目標と考えます。
これで今回の演説を終わらせていただきます。

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『自動車・カード・携帯電話』 1999.10.31  昭33経  小野 喜也

 日本で自動車を運転することが特技では無くなったのは1960年代の終り頃か
らでした。一部のお金持ちしか乗れなかった自動車も今では、学生のアルバイトの
稼ぎでも中古車は買えます。
 自動車の運転が出来ない人は地方に行くほど少なくなりました。地方ではバスに
乗るのは病院通いのお年寄りと、通学の中高生です。生活のためには自動車を運転
しなければならないのです。

 クレジット・カードも最初は持てるのはお金持ちだけという状態から始まりまし
た。何処でも現金を持たずに支払のできるカードは、その後いろいろな機能が加わ
り、今では学生でも持てますし、家族カードであれば未成年者も持てるようになり
ました。外国での支払もカードで出来ますので便利さは増しています。
しかし、カードを毛嫌いして持たない人は今でもいます。理由は様々あるのでしょ
うが、慣れ親しんだ現金を使うことを好む人はお年寄りに多いのは確かです。

 最後に登場した携帯電話は、最初はとても高価でカバンに入れるような大きな物
から、どんどん小さく軽く安くなり、遂に一般電話を上回る台数が使われるように
なりました。使われなくなった公衆電話は次々と取り外されていますので、外で電
話をするには益々携帯電話が必要になりました。

 昨年は携帯電話はさらに大幅に伸び、一般電話の契約者数は減っています。
でもまだ携帯電話を使っていない中高年の人は沢山います。新しい機能を持った道
具が現れるときには常に同じ現象が起るのですが、若い人達の方が新しい動きには
敏感で、年齢の高い人達ほど新しい物に馴染もうとはしないものです。

 今ではパソコンもそのような典型的は道具でしょう。一部のマニアにものから、
若者へそして中高年へとの流れが進んでいます。間もなく殆どの人達が使う道具に
なるでしょう。アメリカと日本では卓上型からノート型へと普及が進んでいますが、
ヨーロッパでは携帯電話と一体化した電子通信が主流となっています。

 NTTドコモのアイ・モードとは通信方式が違うのですが、機能としては似たよう
携帯電話によるメッセージ交信がユーロの若者達の最新のトレンドです。
 次世代の携帯電話の通信方式は世界共通とするよう話し合いが進めれられていま
す。パソコンとも互いに助け合いながら、世界中で急速に普及することでしょう。

 自動車もカードも携帯電話も使わずに過ごしている人達は、この新しい道具も多
分使わないのでしょう。多分それは贅沢な暮らしになるかも知れません。でもそれ
は各人のご自由です。人間の社会が発展して来たのは、人間には寿命があって何時
までもは生き続けられないためなのです。

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 『カルテルの功罪』1999.10.30   昭33経  小野 喜也

 三田の経済学部で学んだ近代経済学よるとカルテルは悪でした。
一部あるいは主力を占める企業が価格を仲間内で決めて、公正な競争を妨げること
を防ぐために、独占禁止法が必要であり、公正取引委員会が存在するというもので
した。

 ところが、社会に出てみるとカルテルは至る所に存在していました。経済活動の
基本要素である金融がカルテルの中核を占めていました。規模別・機能別に仕切ら
れた枠の中で、お金を預ける人に対する仕入価格である預金金利は一律に定められ、
お金を借りる人に対する販売価格である貸出金利も一定とされていました。

 敗戦後、民間の資金需要を満たすためには資金が不足していた為に行われた、政
府による信用創造の機構と手法は、戦争のための計画と同様に統制経済の思考によ
るものであったのです。

 貸出先は、政府の考える経済復興に対する貢献度により分類されていました。
生産基本財や輸出に貢献する企業には第一優先順位が与えられ、第四順位にはサー
ビス産業など不急不要とされる企業が位置付けられていたのです。

 日本銀行からの貸出に頼る構造の中で、銀行業は配給機能を担当している様に見
えました。表向きの貸出金利の裏には「歩積み・両建て」と言われた、貸出金に対
する一定金額の強制預金の要請があり、その部分や周辺の細かな条件での競合はあ
りましたが、基本は統制であり政府主導のカルテルです。

 経済活動の基本がカルテルとして運営されているのですから、あらゆる業界は右
に習えです。鉄鋼は国家の中枢産業としてカルテルを旗印として経団連を主導して
来ました。

 この統制経済の運営が戦後の奇跡と言われた、日本の復興と経済成長を産み出し、
一時は「日本株式会社」と称される官民一体の経済運営の成功と思われました。
しかし、第二次世界大戦後の東西冷戦構造は、1989年のベルリンの壁の崩壊に
始まる社会主義国の自壊により一変してしまいました。

 自由主義諸国の、日本の統制的手法に対しての批判は厳しさを増して来ました。
共産主義的社会主義ではない日本の国家社会主義に対しても、自由主義への転換を
求めるようになったとも考えられます。

 自由主義経済においては、三田で習った通りにカルテルは悪です。
防衛庁への石油販売におけるカルテルは司法の追求を受けています。日産自動車の
鋼材仕入方法の変更は、鉄鋼業界と自動車業界のチャンピオン方式と呼ばれた一律
値決め方式を終わらせるでしょう。

 外資系企業の進出もあり預金金利の自由化は進みます。株式の売買委託手数料は
自由化されました。これからは総ての業界であらゆる価格の統制や談合は悪とされ
ます。公正取引委員会はお飾ものから、ようやく本来の役割を期待されるようにな
るでしょう。

 この変化はあらゆるものを覆い尽すと思われます。学校教育についても例外では
ありません。国立大学は消滅します。学校間の競合は根本から起ります。
 自由主義が流れの中心を占める変革が始まっているのです。 
「迎 新世紀 独立自尊 万歳!」

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『言葉と画像』  1999.10.22   昭33経  小野 喜也

 テレビの無かった時代、そしてまだ、テレビゲームの無かった時代に育った人が
夫々に、今育ちつつある人とは違う環境の下で育ったことは間違いありません。

 今では、テレビゲームに親しんで育った人達によって開発されたテレビゲームは、
国境を超えて販売される巨大な産業となりました。 画像をコンピュータ処理する
映像技術はハリウッド映画においても重要な地位を占めています。

 音と動く映像による情報は、受け手に強い印象を与えます。動かない線画、文字、
音声、動くが音のない画像と発展して来た、コミニュケーション手段は次第に高度
の技術により洗練されものとなりました。

 難しい専門的な事柄も、動く画像と音声を組み合わせた、判りやすい説明がされ
ると多くの人々に理解されることになります。 しかし、このような情報を発信す
る能力は、まだ誰もが持つことは出来ません。

 人間は、情報を受けるだけではなく、発信する必要があります。
テレビをただ眺めるだけでは、情報を創り出すことは出来ません。

 人類の歴史的遺産である多くの情報や、同時代に生きる人達からの多くの情報を
受け入れ、自分の頭の中に納めて整理し消化をして、自分の頭で考えることから、
自分の独自の情報として発信をすることが出来るようになります。

 人間だけが持つ「考える」ということは、言葉で行われます。使える言葉の数は
考えの広がりと深さを左右します。そして、その考えを誰かに伝えるためには、ま
た沢山の言葉の中から選んだ組合わせで表現をしなければなりません。

 一方、画像でイメージを持つことは出来ますが、それを描き現すには特別の才能
と訓練が必要です。動く画像ともなるとそれなりの機械の力を借りる必要もありま
す。

 つまり、受け手に対して強い力を持つ、映像と音響による情報発信は、個人とし
て誰もが簡単に出来ることではないのです。言葉を使って話す、書く、静止画を添
える等が、発信のための依然として有効な方法です。

 沢山の情報を取り入れても、自分の頭で消化して再構築をして発信することが出
来ず、単なる情報の受け手の立場に止まるのは、情報消費者です。
映像と音響にだけ親しむことは、感心できないことになります。

 インターネットの時代を迎えて、日本語による自己表現に対する関心が高まって
来ているという現象も、誰もが大勢に向って自分自身の情報を発信できるようにな
ったことと、密接に関係があるのでしょう。

 大きな資金と権力との結びつきでしか得られなかった、大勢の人に対する自分の
考えを伝えることは、今では少ない費用で、簡単に誰もが出来ることになりました。
 言葉による情報を取り入れて、自分のものとして消化し、情報として再生産する
ことの重要性は、飛躍的に高まったのだと考えられます。

 21世紀には情報発信の出来る人と、情報を受けるだけの人との格差は、更に大
きく拡がることでしょう。

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『スーツの裏地』 1999.10.21   昭33経  小野 喜也

 男のスーツは以前は背広と言っていたのですが、何時しかカタカナに変わりまし
た。写真機はカメラ、百貨店をデパートと言うようになったのと同じ様に、何でも
カタカナに変わるご時世です。

 このスーツの裏地を見ると、両袖の部分だけ材質も色も異なる裏地が使われてい
ます。お気付きでしょうか? 近頃は無地も多いのですが、縞柄の裏地が沢山使わ
れています。これは既製服でもオーダーの服でも同じです。

 毎日着ていてもお気付きで無い方もおられるかと思います。この袖裏の部分だけ
は異なる裏地を使っている理由は何でしょう? もう何十年も前に既製服の品数が
少なくて、背広と言えばオーダーが主流であった頃、町の洋服屋さんに尋ねても知
りませんでした。

 何故そんなことを尋ねたかと言いますと、当時のハリウッド映画の中で俳優が、
スーツの袖のボタンを外して捲る場面があり、その裏地が他の部分と同じような深
紅色でとても印象的であったためです。

 袖のボタンを外せるようにすることは、洋服屋さんも異存はなかったのですが、
袖の裏地を他の部分と同じ色にすることには、猛烈に反対されました。理由は説明
出来ないのに、昔からそう決まっていると言って頑張ります。

 職人として徒弟制度で洋服の作り方を身に付けた人から、納得のいく答えを得る
のは無理というものでした。明治維新の後から始まった日本の洋服作りは、輸入さ
れた洋服をバラバラにして参考にしながら始められたのでしょう。あらゆる外国製
品はそのようにして、国産化されたのでしょう。

 ずっと後で知りましたが、スーツの裏地は、筒状の袖の部分は着たり脱いだりが
楽に出来るよう、滑りの良い材質を選ぶという、機能のためのものでした。
 一着のスーツにも様々な工夫の積み重ねがあり、その工夫を理解しているのと、
見た目だけで真似をしたのでは結果は異なります。

 ロンドンの一流の洋服屋が軒を並べる通り、セビル・ロウの名前から背広という
のが洋服の名前だと思ったり、ブレザーの前のボタンと袖のボタンの数は決まって
いることを知らずに未だに作られていたり、昔も今も西洋から伝わったものは消化
されていないことが沢山あります。

 スーツの裏地の事は知らなくても、笑い話で済ませられます。
でも、これが男女同権、主権在民、民主主義、三権分立、議会制度とことごとく輸
入されたものも、同じような状態だとすると、とても怖ろしい話に変わります。

 輸入されたものは、その機能と積み重ねられた工夫を良く知る必要があるのです。

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『耐用30年の不思議』   1999.10.16  昭33経  小野 喜也

 先頃の新聞報道において、マンション建替えについての住民の対立についての裁判
所の判決が伝えられました。建築後30年を越えたそのマンションの建替えに反対す
る小数派の住人と、推進する多数派の住民の争いに対する裁判所の判断は、30年を
越える場合は老朽とする考えであったようです。
 あまり大きな記事ではありませんでしたし、その後の報道もありませんので、少数
派は破れて世間もそれで納得したかに観察されます。

 この鉄と石で出来た集合住宅というものは、我国ではまだ歴史の新しいものです。
関東大震災の後に東京の一部で始まりましたが、大きな規模として拡がったのは、戦
後の大都市の住宅不足に対処するための施策となってからです。
 政府の主導による住宅公団の建設する賃貸用の個人住宅からはじまり、鍵のある生
活、洋式トイレ、テーブルと椅子での食事などの新しい生活様式が拡がることとなり
ました。2DKを中心とした公団住宅は「団地サイズ」と呼ばれる、縮小型の新しい
家具も生み出しました。

 東京オリンピックの行われた1964年頃には、分譲型のマンションの供給が広がり
ました。都心部の交通の便の良い所から高層の集合住宅が建設されるようになり、
高級な仕様の専用スペースの広いものも供給されるようになりました。我国の個人
住宅は長い間の木造家屋から、コンクリート造りの集合住宅へと、このように次第
に普遍化して来たものであると記憶しています。

 狂乱のバブル景気における億ション騒ぎが通り過ぎて、早い時期に建設されたマ
ンションの老朽化への対応の問題が拡がって来ました。 このような様式の住居に
不馴れなのは国民各層の総ての人々ですから、これまでも、また現在も様々な混乱
があります。立法は当然ながら遅れますが、行政も後追い、司法も手探りのように
思えます。

 確かに、普通に建売りされるような木造家屋の耐用年数は、30年ほどかも知れ
ません。しかし、木造でも基礎工事を含めて、丈夫な造りを追求した予算を組めれ
ば、もっと長く使える住宅が作れることを専門家は知っています。
 コンクリート造りの集合住宅についても、経費の掛け方次第で耐用年数は当然な
がら、相当程度に異なることになります。

 伊勢神宮の定期的な建替えに象徴されるように、木造の建築物を壊しては建替え
る文化に私達は馴染んでいるようです。そしてコンクリートと鉄の建築物にも同じ
ような感覚によって対処しようとしているのではないでしょうか?

 過去30年の間には、個人住宅の設備は電気関係だけを考えても飛躍的に進歩向
上をしました。設備費用は建築費用の半ばを超える場合もあります。この変化は建
物自体はまだ使えても、設備の面で居住者を満足させないという事態は充分考えら
れます。

 しかし、直すよりは、新しい物を買ったほうが安いですよ。というあらゆる商売
に見られる商法が住宅にも用いられていることはないでしょうか?
 欧米の石造住宅の歴史の長い国の、コンクリート製の集合住宅は我国とは異なる
感覚で扱われているように思われます。大都市において整理統合されて新しい建物
に変わることはありますが、はるかに多くの数の古い住宅が修理され使われている
と思います。

 地球の環境保全が重大な問題となる新世紀を迎えるにつけても、資源を無駄に使
わずに子と孫にも残る長もちをする住宅建設と、簡単に廃棄をせずに修理を重ねて
大事に使う方向へ、総ての人が方向を変える必要を強く感じます。

 鉄筋コンクリートの建物の、税法上の償却年限60年という決まりの根拠は知り
ませんが、30年で廃棄せよとの司法の見解は、現在の日本のこの問題の関係者す
べての認識を総合的に判断されたものと思われます。 
それだけに、本当にこれで良いのか、今後はより広い視野から見直して頂きたいも
のです。

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『運動会の徒競争』  1999.10.8   昭33経  小野 喜也

 運動会の徒競争で子供に賞を与えるか否かの議論が、延々と続いています。最近の
NHKの番組にもまた取り上げられたようです。
 足の遅い子供が賞が取れずに可哀相だというのが、賞に反対する人達の考え方です。
このような人達とは、20年以上前に子供の学校で論争をしたことがあります。

 人間は自然界に生きる哺乳類の一種類です。親から子へと素質は受け継がれて行き
ます。読み書きの得意な子もあれば、計算の早い子もあります。歌の上手い子、絵の
上手な子、様々な子供の中には、足の早い子もいます。

 神様の前で、あるいは法律の下では等しいとされるはずの人間も、親から受継ぐ素
質はまちまちであり、決して等しい才能を与えられて生まれてくる訳ではありません。
才能のある人間には楽々と出来ることも、ない人間にはとても出来ないことが沢山あ
ります。努力して越えられる水準を遥かに越えたところに素質の水準があります。

 このことは科学の発達していなかった時代にも、注意深い人間観察によって、既に
理解されていました。「鳶の子に鷹は生まれない」「蛙の子は蛙」などの言葉が伝え
られています。
 自然の法則を理解して、子供の才能がどこにあるのかを見い出すことは、親の重要
な役割です。不得意なことを無理に強いるのではなく、その子の得意な分野を伸ばす
よう導くことが、親のしなければならないことです。

 昔から、子供の才能を見抜けない親はいたようです。偶然の巡り合いから他人に才
能を見い出されて、大きく成長した話も沢山残されています。中国からも「名馬も
名伯楽に巡り会はざれば、名馬たりえず」と、馬に例えて才能発見にもまた才能を持
つ人の働きが必要であると伝えれれています。

 所得水準の向上と共に、教育熱心な親の所得が、子供への教育投資に注がれるのは
結構なのですが、進学率の上昇と不登校児童数の増加は同時に進行しています。学校
での勉強の嫌いな子は、不得意なものを才能を見分けられない親から押し付けられて、
苦しんでいるに違いありません。

 親には自分で出来なかったことを、子供にやらせたいという気持ちがあります。身
分という差別のなくなった社会では、誰もが競争に参加は出来るようになりました。
しかし、参加者が多くなったことによって競争もまた激しくなります。 
 機会の平等は、結果の平等とは逆の方向に力が働くからです。

 友達親子とかで、子供と友達付き合いをして喜んでいる人が沢山いるようです。仲
良く暮すのは大変結構ですが、親には子供を一人前の人間として自活することが出来
ように育てるという重要な責務があります。「他人様にご迷惑をおかけすることのな
い」「人様のお役に立つ」人間に育てることが親の役割であった伝統は、何処に行っ
てしまったのでしょう。

 まだ言葉を理解出来ない幼児に、意見をしたり意見を求めたり、核家族化と共にお
かしな親が増えています。言葉を理解する以前は親の態度と身体で指導するのが自然
の法則です。昔から親になるには免許証は要りませんが、自分達が作った子供を大切
に思うならば、人間の脳の発育について少しは勉強してもらいたいものです。

  ただただ、足の遅い我が子可愛さに、運動会の徒競争での賞の廃止を求めるとい
う親は、運動会の徒競争だけが生きがいのような子供もいることを知らないのでしょ
うか? 

 親の無知とエゴが、学校教育をも歪めてしまう事例は多々あるのではないかと懸念
されます。教職にあられる方も、おかしな親の扱いに辟易される場面も多いのではと
推察いたします。親は一人か二人の自分の子供しか見ていません。多数の子供を見て
いる専門家として、どうか自信を持って親に自然の法則を科学的事実に基づいてお教
え願いたいと希望します。

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『成田の一坪地主』  1999.10.7   昭33経 小野 喜也

 成田に新しい国際空港建設を決めてから20年余、未だに一本の滑走路しかない
欠陥空港として、韓国、中国、香港、マレーシア、シンガポールと続々と誕生した
巨大な空港に国際ハブ空港の地位を狙われています。

 自転車の車輪の中心の様に、多くの路線の中心となる機能を持つハブ空港は、鉄
道で例えれば多数の路線が乗り入れる駅と同じように、交通・流通の中心点を差す
言葉です。

 航空機の航続距離を伸ばす努力はジェット化以降も着々と進展しています。次の
世代の大型ジェット機は航続距離をさらに伸ばして、米国から東京を飛び越すこと
が可能になると伝えられています。神戸港が震災後に近隣諸国の港との競争力を著
しく低下させたように、ハブ機能を他国に奪われた場合の影響は国民全体に及びま
す。

 地権者の空港建設用地からの立ち退き拒否が、何故このように長期にわたり解決
出来ないのか、空港新幹線のトンネルなど巨額の工事が睡眠化して莫大な税金の無
駄使いとなっているのか、ここにも大きな無責任があります。

 個人の権利と公共の利益のバランスが、戦前の私権無視の裏返しとして圧倒的に
私権に傾いていることが、基本的な問題ではあります。このことは公聴会の開催な
ど全体との調和と、適切な補償により解決する方法を確立しなければなりません。

 しかし、同時に政府の施策には対案を示すことなく、何でも反対して来た野党に
ついても、この問題についての責任があります。
 学生、労働組合等の空港建設反対運動と同調して、空港建設予定地に一坪づつに
分割して反対運動のための地主となった人が多数おられました。

 この一坪地主の中には、野党の国会議員も方々も多かったと思います。時は移り
連立内閣に当時の野党が参加した時に、成田空港を所管する運輸大臣に就任された
のは、成田開港時には反対していた野党の方でした。

 その大臣の就任直後の声明の中に、成田空港建設推進が含まれていたことには唖
然とさせられたものです。「貴方は一坪地主なのではありませんか?」と質問した
新聞記者はいなかったようです。

 成田が空港建設の候補地の一つであり、成田と決定した時に自民党副総裁であっ
た川島正次郎さんの選挙区であることを書いた新聞も、同様にありませんでした。
政府の権力といさかいを起こす恐れのある報道は、行われない傾向があると思われ
ることの事例の一つです。

 この一坪地主の問題は、沖縄の米軍に使用している土地にもあります。その後の
売買や移転登記があったという報道もありません。基地問題の続く中で、報道機関
は登記所に行って調べることをしないのでしょうか? 成田と沖縄の一坪地主には
同じ方の名前があると考えないのでしょうか? あるいは既に知っていて書かない
のか、例え書いた記者がいても、デスクかより上の人に沒にされるのでしようか?

 明治時代に福澤諭吉の率いる「時事新報」は、しばしば政府により発行停止処分
を受けています。戦後は報道は自由が建前ですが、強大な権力や勢力に対して、真
実を突きつけたのは大報道機関ではなかった事実を、国民は記憶しています。

 自民党総裁選挙そして、民主党委員長選挙の双方で選挙の論点として憲法問題が
提起されました。来年からは国会の中に憲法調査会が置かれようとしています。

 その審議に当たる人々が、これまでどのような行動をして来たのか、国民は知る
必要があります。そして民主主義が良く機能するためには、報道機関の自由で公正
な機能が必要であることを、国民は強く認識する必要があります。

 報道の仕事に従事する方々は、社業に精励して社内の昇進を目指すことは結構で
すが、社内での評価は如何に正しい報道をしたか否かに、厳しく徹して頂くよう強
く願います。

 国民が外国の報道機関の報道に頼らなければならない事態ともなれば、それは国
の運命が行き詰っていることです。この現象は近世史にも諸外国の事例にも数多く
見られることを、言論人は自覚しておられると信じたいのですが。

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『DNA と教育』  1999.09.27    昭33経  小野 喜也

 近年の医学研究の発展は目覚ましいものがあります。取り分け遺伝子とその働き
についての解明は、人間に関する広範囲の分野に影響をもたらせる21世紀におけ
る重要な問題を提起していると考えられます。

 この遺伝子の操作についての倫理上の諸問題は、人類にとって極めて重要であり、
慎重な議論と取扱いが必要ですが、ここではその問題には直接は触れずに、遺伝子
の働きについてこれまでに解明された事実を元に、人間の教育について考えたいと
思います。

 コンピュータ・グラフィック技術の発展により、遺伝子の働きについても視覚的
に理解しやすいテレビ番組が作られるようになりました。この遺伝子についての専
門知識は急速に一般に浸透つつあると思われます。

 自らが親から受け継いだ遺伝子と、自分が子供に渡した遺伝子について、これま
でのアヤフヤな思考と、正確ではない推定から、より真実に近い事実に基づいた考
察が可能となったことは、誠に喜ばしいことです。

 近年我国で問題となっている、不登校生徒の増加、学級崩壊等の学校教育での問
題は、同時に、親と子の遺伝の問題と、子供の誕生以来学齢に達するまでの間の、
家庭内教育の問題であることを、科学的知識に基づいて考え、対策を建てなければ
なりません。

 現行憲法が制定されてから、我国の国民は与えられた民主主義の下で、自由主義
諸国と歩みを共にしながらも、対立する社会主義諸国からの影響を強く受けて来ま
した。 左右の政治思想的の厳しい対決が長い期間続いて来たのが戦後の歴史です。
そのような政治環境において、教職者は労働者として意識され、日教組とそれに対
峙する文部省による教育の諸問題の角逐が、あたかも教育に関する問題の総てであ
るかのごとくに論争されて来ました。

 この50年以上続いた争いの結果生まれて来たのが、今日の私達が目にしている
子供達が直面し、親も悩んでいる現実です。これから先、21世紀の我国を構成す
る国民をどのように教育すれば良いのか、組織における議論の前に、一人ひとりの
親が考えなければならないと思います。

 自分の子供が可愛くない親はいません。子供の将来のために我身を削っても尽し
ている親はまだまだ多いと思います。ただ遺伝子と教育についての知識が充分でな
いために、親が子に与える教育に、過った教育が多くなってしまっていることも事
実です。

 これも敗戦後遺症の一つでしょう。有史以来いやそれ以前からも、人間は自分が
親から教えられたことを、その通りに子供に教えるという方法が、自然の在り方で
す。このことは世界のどの国にも共通しています。

 戦争に負けて憲法も民法も変わり、それまでの伝統と習慣に従った子供の教育は
出来なくなりました。そして、新しい指導基準が左右の政治的対立により揺れ続け
ていたことによって、教育についての混乱が長く続き、様々な問題が生まれている
原因があります。

 共産主義の壮大な夢と実験は、20世紀の人類に莫大な犠牲をもたらせて終りま
した。これから21世紀を担う子供達には不毛の政治的論争からは無縁に、科学的
に正しい方法を見出すことによって、教育を与えなければなりません。

 しかし今、我国の教育の問題を考え、改善を計るのであれば、まず基本として親
から子への教育、家庭内教育を立て直さなければならないのは明らかであると思い
ます。

 人間は男女両性からの遺伝子を受け継いで生まれて来ます。そして義務教育の受
持つ9年間の前に、7年前後を両親と家庭の中での教育を受けて育ちます。5歳以
前の教育については、本人の意識としては残りませんが、その間に形成される意識
は「潜在意識」として、死ぬまで本人を支配します。

 政治家は、選挙での投票への反応を懸念して、何事についても国民に対して口当
たりの良い甘い言葉のみを語り、真実を語らない傾向を強く持っています。
 厳しい現実から目を背けていては問題は解決出来ません。甘い事ばかりを並べて
も、国民が皆信じているのではないことを、政治家の方々に自覚して頂くべき時期
に既にもう入っているでしょう。

 このDNAの研究の発達も、理性的な教育の建て直しのため、皆で揃ってに大いに
役立てるよう努力したいと考えます。

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『公務員は異星人』  1999.9.15   昭33経  小野 喜也

 石原東京都知事の動きを報ずる新聞記事を見ていると、期待と絶望とが交錯する
思いにかられます。

 絶望は、首都である東京都の行政が、石原都知事の言葉によれば「他の惑星の人
々」によって行われていて、都議会も実際の討議の無い公務員の立案した政策を承
認する儀式化した機関である事実を、再確認させられるために起こされます。

 一方の期待は。野党の立場から選出されながら、何も出来なかった前任者とは違
って、石原都知事に何とか変革の道を切り開いて貰いたいという点にあります。少
なくとも都知事公邸の不使用やバランスシートの作成をはじめ様々な行動は実際に
行われています。

 国も自治体も行政者は行政の結果に責任を取らないという制度運用に、総ての問
題の原因があるではないでしょうか。制度の上では、住民・国民のための行政サー
ビスを担当するべき公務員は、実は統治能力のない皇帝をあやつった取り巻きと同
様に、自らの利益を追求する集団となっているのではないでしょうか。

 巨額の財政赤字を背負い込みながら、その改善と改革に取組もうとしないその姿
勢は、自らには責任の追求は無いという前提に支えられているに違いありません。

 制度上は予算も決算も議会が議決し、政治家と首長がその責任を負い、実際の企
画・立案のお膳立てから執行までの実務は、総て公務員が取り仕切っているようで
す。実行者の責任を明確にしなければ、この姿勢が改められることはないのでしょ
う。民間企業では結果についての責任は追求を受ける制度が機能しています。

 立法と政策の決定から、行政機関を排除することが出来ないのであれば、行政に
も結果に対する責任を追求する仕組みがないことには、この状況は解決出来ません。
 立法・行政・司法の三権分立が民主制度の根幹でありながら、このグー・チョキ
・パーのじゃん拳のルールが、一向に機能しない状況が続いています。

 自治体の公共事業、公共建造物、外郭団体、天下り、総ては国のレベルの実態と
同様の、公務員による自己増殖の欲望に添った行為があるようです。
 国と自治体に対する直接の納税と、間接税、諸手続に必要とされる印紙税等の歳
入については明らかです。しかし、その歳出については、間接的に公務員の手に渡
る金額の統計は存在しません。
この実態についての積み上げた総合計の金額を、国民と市民は知る権利があります。

 戦後50年余の間に積上げられ続けてきた膨大な公務員と退職公務員のための優
遇互助を目的とする制度の監査に、会計監査院をはじめ公務員の内部監査は頼れな
いのでしょう。
 公務員が公務員を監視する仕組みでは実際の効果がないことは、容易に想像出来
ることです。国と地方を担う公職にあるというう誇りが、トップから最前線まで充
満していて欲しいというのが国民であり市民の願望です。

 消費税の廃止を唱える野党からも、この公務員関連費用の削減で5%消費税相当
の金額に見合う合理化が可能であるとする論は聞こえてきません。公務員は組合の
力でも守られているのです。
 さらに、言論を率いる報道機関にもこの問題を調査する姿勢がないのであれば、
公務員の行為を監視するための民間の調査機関を造り出さなければならないのでし
ょうか。

 石原都知事による、都の職員の給与引下げは世論調査によれば、都民の80%の
支持を受けていると報道されています。 住民は日常の接触を通じて公務員の勤務
内容と待遇が民間に比べて恵まれていることを感じています。
 長引く深刻な不況の中で、住民が公務員にも相応の減俸を求める感情が存在する
ことは間違いないでしょう。
 しかし、問題の本質は好不況とは関わりはありません。税負担による歳入の中で、
不当な比率での歳出が様々な形で公務員のために行われていることにあり、その事
が明らかにされていないことにあります。

 石原都知事は都の職員を「他の惑星に住んでいるような」と表現しましたが、こ
れは表現を変えれば、他の惑星から、この日本に来た侵入者であるとも取れます。
私達は、他の惑星から来た人達である公務員によって、実は支配され、税金とい
う生き血を吸われているとも考えられるのです。

 「公務員はインベーダーなのだ。」と言えるのではないでしょうか?

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『多数決をしない民主主義』 1999.9.9 昭33経 小野 喜也

 当面の政局は自・自連立の運営から、自・自・公への変更と決まりました。
参議院議会での過半数の維持が目的であることは、誰にも判りますが、この動きに
対する野党側の批判には可笑しいものがありました。

 社民党の返り咲き党首は「これは単なる数合わせに過ぎない」と批判されました。
この方の率いる政党は、古くから一貫して、国会内での多数決を認めようのとしな
い行動を繰り返して来た歴史を持っています。
「与党側の多数の横暴」というのがその決まり文句ですが、ご自分の党の分裂や主
導権の争いは、多数決以外の方法で決めて来たといわれるのでしょうか。

 民意を反映する民主主義の制度は、多数決によってのみ総体の意志を決定するこ
とがその第一義的な機能です。 これを否定しては民主制度は存立し得ないはずな
のですが。衆議院議長まで勤めた方から、依然として多数決への疑念を捨てきれな
いような発言が報じられることは、子供と外国人には理解が出来ないものがありま
す。

 考えてみますと、明治維新の後20年ほどを経て、欧米諸国の制度を様々に検討
した結果として、始められた日本の議会制度はまだ僅かに100年と少ししか歴史
を刻んでいません。その前半の50年ほどは、最高位に位置する天皇を中心として、
男性にのみ政治への参加が許された期間であり、それも総ての成年男性ではありま
せんでした。

 後半の50年あまりは、戦争に敗れて、占領した外国軍によって原案の作られた
現在の憲法に基づく諸制度によって、現在の政治制度は初めて成立したことは衆知
の事実です。

 中世の王の支配した制度から、その支配を脱する為の長い年月と、激しい争いと
戦いをくぐり抜けて成立した歴史を持つ民主主義。その政治制度は日本においては、
まるで、戦争での敗北という国民の多くの犠牲に対する報賞であかのように、勝者
により与えられたのです。

 自ら生み出すこと無く、与えられた制度が即座に人々の思考を変えることは極め
て難しいのでしょう。与えられた民主主義と多数決原理は、極めて緩やかに日本人
に取り入れられつつある過程にあり、現在もまだ進行中であるに違いありません。

 日本人が複数の人数で物事を決める方法の原型は、明治維新よりもさらに遡り、
封建時代、戦国時代どころか平安の時代にあるのではないでしょうか? あるいは、
さらに時代を遡らねばならないのかも知れません。

 日本では古くから、構成員全体の合意形成、全員一致こそが、集団としての意志
決定の基本型であることは、ほとんど疑いを差し挟むことが出来ません。これが、
我々日本人の伝統的な習慣なのでしょう。

 多数決で物事を決める習慣が日本人にとって馴染まない例証は、至る所に存在し
ています。最たるものは閣議での決定方式でしょう。全員一致が不文律であり、異
論を持つ閣僚は辞任をする決まりになっています。国の最高の方針を討議する機関
がこの状態ですから、他は押して知るべしかも知れません。

 政治の場だけではありません。およそ日本の株式会社の取締役会で、多数決で方
針を定めている会社が存在するのでしょうか? 総ての会社の議事録を調べてみて
も、否決された小数意見が記載された議事録を見い出すことは不可能であると思わ
れます。常に全員一致の賛成の記録のみが膨大に存在するに違いありません。

 大方の取締役会の運営なるものは、代表者の事前に承認した原案の全員での追認
の儀式として運営されていると思います。会議の席で反論を唱えて継続審議とする
ことは代表者の他の者にとっては、それこそ閣議なみに辞任を覚悟でなければ不可
能でしょう。異論のある場合には、会議以前での根回し、交渉、駆け引きを行うこ
とが、広く行われている日本人の意志決定の方法なのです。

 この関係者による事前調整が、当事者以外からは全く見えない形で行われること
に問題があるのです。仲間内として済まして貰っては困るのが議会であり、上場企
業です。国民と株主は常につんぼ桟敷に置かれていたのでは、民主主義の制度は機
能し難いのではないでしょうか。

 また、全員で決めたことは、全員で責任を取ることが建前となっています。
現実には組織防衛の名分によって、とかげのしっぽ切りや、最高責任者以外が責任
を負わされた場合は無数に存在しています。
 さらに、近年の金融機関の経営者および関係社員に対する、法的責任の追求の経
緯を見ていますと、追求をする側は法律の字義通りの解釈のみで、日本人社会の実
態にはほとんど眼をつぶっている様に思えます。持ち合い株主の委任状を持つ代表
権者には、内部牽制機能は存在しない実態を司法関係者には正確に理解して頂きた
いものです。このことは報道関係者もまた同様です。

 明治維新以来、西欧の技術と制度の獲得には目覚ましい成果を挙げた日本も、こ
と制度の運用については、未だに伝統的習慣から抜けられずにいると考えられます。
多数決で決めるのは可笑しいという意識の中には、皆と同じにしておくという同一
化を無難とする思考が、根強く存在しています。また事を荒立てずにまあまあ主義
で穏便に済まそうという思考も相当の勢力を保有しています。

 誰かが「ビールにしよう」と言えば皆でビールを飲み、カレーライスと言えば全
員がカレーライスを食べる場合が多い日本人には、この伝統から抜け出すことは不
可能なのでしょうか。
 それならば小・中学生にも外国に対しても、我国の社会制度を建前ではなく、本
音の実態として教えなければ、誤解と混乱が続くことでしょう。

 少なくとも多数決を行う習慣をもっと積極的に、様々な合議の場に明確に適用す
る努力を、国民全体がしなければならないのでしょう。少なくとも多数決で国会議
員を選んでいるのは国民なのです。

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『北方領土返還不要の論』 1999.9.8 昭33経  小野 喜也
 
  ソヴィエト連邦の強大であった時から、混迷するロシア共和国の今日にいたるまで、
北方四島が我国固有の領土であるとし、返還を求める我国の政府の主張は変わりません。

 領土帰属の歴史的事実がその主張の基本となっていて、そのこと自体は正しいと思
います。しかし、ロシア系住民だけが居住するこの四島の返還をただちに受けること
の実現のみが、果たして国益に添うものでしょうか。いまや外交の方針を見直す時期
にあると考えます。

 冷戦終結後の世界は激しく変化を続けています。
しかし、国際政治の現実からは、ロシア共和国が無条件返還に応ずることはあり得な
いでしょう。ロシアの悲劇的な財政状況からすると、もはや四島の管理・保全すらま
まならぬ事態となっている様ですが、それでも軍隊は駐留を続けています。

 現実を直視しましょう。
我々日本人が珍重して食べているタラバ蟹の漁は誰が行っているのでしょうか。稚内
の漁港への水揚げの過半はロシア漁船によりもたらされています。領海および専管漁
業水域による漁業規制の問題は以前からありますが、それとは無関係に日本漁船の数
は減少を続けています。

 最も高値で売れる市場に漁獲物が集まる現象は、国境を超えて既に北の海でも実現
しています。このことは、漁業者にとっては、コストの競争が国際化したことを意味
します。日本の漁業者の置かれている環境も変化しています。
 鮭鱒類の母川帰属の主張など、漁業専管水域の国家間主張の相違は依然として他国
との間にも存在していますが、漁獲物の売り渡し先は経済合理性に従って行われる環
境にロシアも変化したのです。

 根室半島からは指呼の間の北方四島の周辺海域での漁獲物を、日本以外に売る理由
はロシア側からは消滅したと考えるのが自然ではないでしょうか。現在四島に住むロ
シア人にとっては日本への輸出が最適の経済行為であり、周辺海域での日本漁船の安
全操業が確保されるならば、日露の漁業者に生産性とコスト競争のみが残ります。

 漁業資源と並ぶ領土主張の争いの根源は地下資源にあります。
アジアでも、先閣諸島から南沙諸島と争いの種は諸方に存在します。しかし、こと四
島に関しては周辺海域を含めて資源探査の対象にもまだなっていません。 より遠く
のサハリンの天然ガスでさえも日本に売らなければ採算の乗らない事情からして、四
島の地下資源も買い手は我国抜きには考えられないでしょう。開発のための資金もま
た日本を置いて負担をする国はないと思われます。

 さらに、戦前に四島に永住していた日本人の方々の問題があります。墓参をはじめ
として、父祖の地への居住を希望する方もおられるかも知れません。しかし、サハリ
ンからの引揚げ者もおられます。そのサハリンの返還は求めるべくもないのが現実で
す。
 四島に限らずサハリンも含めてのビザなしの訪問と、長期滞在が可能になれば、か
なりの状況改善となるのではないでないでしょうか。電気・水道はじめ現在の四島の
社会設備状況は、現在の日本人にとっては永住のための快適な環境には程遠いと思わ
れます。

 つまり、北方四島を返還して貰わなくても日本国にとっての不都合は少なく、逆に
返還に伴う負担は巨大であることを思案したからこその「返還不要の論」です。

 もし返還となった場合の直接・間接の国の負担は大きなものになるでしょう。それ
らは、当然ながら国民全体の税負担により賄われることになります。

 ロシアの求める返還条件には当然ながら経済援助が含まれるでしょう。四島住民の
移転費用の請求もありえます。当初費用だけでも相当の額になり、その上に本土なみ
の社会設備を建設しようとすればまたまた莫大な費用が掛かることになります。
 北海道開発、沖縄開発と長年に亘って投入した国家資金の成果を見て、これを北方
四島で繰り返すことに賛同する国民はもはや少ないのではないでしょうか。

 公共投資の非効率性と後年負担の重さは、昨年以来、広く国民が意識する状況とな
りました。日本の国家財政自体が安泰には程遠い方向へ驀進している状況の下で、従
来の北方四島返還の外交方針を再検討しなければならないと思われます。

 領土返還があれば居住を希望する人は何人いるのかは調べれば判ります。
北方四島の返還を受ければ、沖縄諸島を遥かに上回る総面積と、沖縄とは比べること
も出来ない厳しい自然環境の下に巨大な過疎地帯が誕生するのではないでしょうか。
苫小牧東部の第3セクターの巨大な赤字をさらに何倍も上回る結末となる恐れは十ニ
分に起こりうるのです。 
そして四島返還を実現したリーダーは、名誉ではなく不名誉を、長く歴史に名を止め
る怖れがあります。

 北方四島が我国に帰属すべきであるとの主張を変更する必要はありません。外交交
渉の基本として、領土主張は筋を貫く必要があります。しかしながら、現実の外交政
策としては、漁業資源と地下資源の獲得に、より現実的な互恵の方法を確実に積み上
げる政策に移行するべき環境に、もはや世界と日露両国の事態は変化していると考え
られます。

 前例に従い大過なくを信条とする公務員からは、方針変更は生れません。政治家の
ポリティシャンとしてではなく、ステーツマンとしての判断が求められます。

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 追加の論  2000,09,30

 上掲の論に軍事面からの考察を追加します。
 領土問題には安全保障の問題があります。日本のロシアに対する前線は現在、北海
道にあります。防衛迎撃を主任務とする陸上兵力は国内最大の規模を保有しています。
領空防衛の航空兵力と海上・海中の兵力は米軍と密接な連携の下に、ロシアと対峙し
ています。レーダーや無線傍受などの軍事的監視も当然ながら大きな役割を担ってい
ます。大韓航空機撃墜事件のおりのソ連パイロットと基地の交信を傍受もしています。

 本州と北海道の間のトンネルまで掘った津軽海峡でも、ロシアや中国の艦船は通過
することがあります。北海道とサハリンの約50㎞の宗谷海峡は日本海から大平洋へ
の重要な水路です。北方四島はカムチャッカから千島列島の繋らなりによってオホー
ツク海と大平洋を隔てる地政学としての重要な位置にあります。ロシア海軍にとって
は海上・海中ともに重要な防衛ラインと考えられているに違いありません。

 軍事的には核弾頭ミサイルを装備した原子力潜水艦が重要な役割を担っています。
ミサイルの攻撃可能な射程距離からして、アメリカのミサイル潜水艦はオホーツクや
日本海に侵入する必要はありません。しかし、ロシアは逆に大平洋に自由に出入りし
て存在位置を捕捉されないことは重要な意味を持ちます。海上自衛隊の装備と兵力の
配分を観察すると、アメリカとの役割分担における主たる任務が、対潜水艦作戦にあ
ることが推察されます。

 現在でもロシアにとっては、北方四島もまた重要な軍事的価値があります。
四島を返還して日本の軍事的支配地域が拡大することは、アメリカの支配地域の拡大
でもあります。沖縄のような軍事基地が出現などすれば、それこそ悪夢でしょう。
ロシアが大陸間ミサイルなどの軍事力を保持し続ける限り、四島の返還をする状況は
生まれないことは論理的に明らかです。

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